第17話「あなたは誰ですか?」

「・・・・あぅぁ、、。」


吹き抜け部分を挟んだ北側通路から聞こえるのは微かなうめき声のような物だけであった。


古場はラーメン屋のカウンターから感染者達の様子をうかがう金田と目が合った。


目覚まし時計のアラーム設定は12時20分。


12時15分を指す腕時計を一瞥した古場は深呼吸をする。


感染者の足取りはおぼつかなく、金田の予想通り棚を引きずった時の油で滑り転ぶものが大半であった。


転んで地面にたたきつけられるとき、なんとも気味の悪い、不快な音が辺りに響く。


そうして12時18分、ようやく先頭の感染者は北側一軒目のお土産屋の前を通る。


歩いては転び、そうでありながらも一心不乱に前に進む様子は運動会を彷彿とさせる。


「それにしちゃ静かだな。BGMも無ければ応援もない。」


古場にあるのも恐らく金田にあるのも"祈り"であろう。


感染者の軍団の先頭は比較的転ぶ回数が少ないが真ん中、後列に行くにつれてもうまともに進んでもいなくなっていた。前のものが転びそれに引っかかり、それが再び転倒を呼ぶ。


どうして死の危険がある可能性がある場所でシュールな場面を見せられるんだと古場がうんざりする頃。


12時20分。古場の腕時計の秒針が12を指したとき先刻の発砲音にも負けず劣らずな目覚まし音が鳴り響いた。


最もクラシックな音。「ジリリリ」というタイプの音は火災報知器のような音にも聞こえる。


磁石のように感染者はその時計に寄って行った。


時計が鳴り始めて数十秒。


大音量で響く時計にたどり着いているのはまだ3人ほど、金田も苦い表情をして再びカウンターに隠れる。


「後ろの感染者がたどり着く前に時計が壊されたらやばいよな、、、。」


と古場が緊張の面向きで感染者達を見ていた時。


______後ろで金属の擦れる音がした。


「え、、?」


古場は反射的に会議室のドアを見た。


「ま、まさか、、。だって会議室のドアは、、閉まって、、。」


まだ見ぬ扉の向こうの正体不明なものに古場の手は震えた。


しかし。


「誰なのよ、、。お昼に目覚まし時計鳴らしてるのは、、、、。」


扉を開けて立っていたのは目をこすっている白いシャツを着た小柄な長い黒髪の女性だった。


古場は唖然として尻もちをついていたが、金田はまだ気づいておらずしきりに感染者の様子を数秒ごとに伺ってはカウンターの下に隠れることを繰り返していた。


「うわ、、五月蠅いわね、、。って、何よこれ、、。止めないのかしら、、。」


女性は驚いてるというよりは呆れたような声を出していた。


「というか、、あなた、誰?」


「だ、誰って、、。あなたこそ誰ですか!?」


古場は未だに驚いた表情で女性を見上げている。


「あのねぇ、私が名前を聞いたのよ?質問を質問で返さないで頂戴な。」


やれやれといった様子で彼女はため息をつき、肩をすくめる。


しかしそこで古場は、はっとして感染者達、金田のいるカウンターを勢いよく振り返った。


「か、金田さん、、!」


その時既に感染者達は10数人ほど時計に集まり残りの者は滑って立ち上がることさえできなくなっていた。


金田は少し大き目の鍋に水を半分ほど入れてカウンターから4メートルほど離れた自然発火を始めた油の鍋に向かって振りかぶった。


咄嗟に古場はその女性を扉の向こうに押しやり自分が扉の外側に立って抑えた。


「な、あなた何を______」


その女性が何か言おうとした瞬間、発砲音より大きい爆発音とともに大きな炎が鍋の周りにはじけた。


「うぉわ!!!」


既に自然発火していた油を何倍にも大きくし近くの感染者を容易に飲み込んでしまった。


爆発に加え、炎に飲み込まれた感染者達は酷くうめき声をあげのたうち回り始めた。


金田の作戦通りうまく引火はしたようだった。


そして感染者の内の一人がよろけた拍子に鍋をお土産屋側に倒した。


運のいいことにのたうち回る感染者の方へ引火している油が更に飛ぶ。


これを見た金田は再び鍋に水を入れカウンターから飛び出て感染者達のそばの油へ水をぶちまけた。


もう一度大きな炎が上がりお土産屋の通路のところで立とうとしてた者へも文字通り飛び火した。


「亮!あと何人いる!?」


金田から北側一件目の通路のところは視認できない。


「え、ええと、3人です!!」


油の破裂音に加え未だにしぶとくなり続けてる時計のせいで古場の声はうまく届いていない。


しかし三回目の大きな破裂が起きた途端に時計の音は途絶えた。


「いい、加減になさいなっ!」


力の抜けたときに背中の扉が強く押され古場は前へとつんのめった。


「おわっ!」


女性は古場の背中を見て


「ちょっとあなた一体なんなの、、」


と言いかけてフードコート付近で繰り広げられている戦場に言葉を失った。


「こ、これ、、何したのよ、、。」


「動かないでください!感染者はまだいます!」


古場は半分振り返り女性を大声で制す。


「金田さん!引火してないのは3人です!」


最初の爆発から数分。既に動かなくなったものがフードコート上で倒れている。


金田は古場の言葉に頷いた。


引火した感染者達が動かなくなる頃に、金田は急いで通路へ行き可能な限り近づいて油まみれになりうつぶせになってもがいている感染者の後頭部を次々に撃ち抜いた。


金田自身滑りかけながら古場のもとへ走ってきて言葉を失った。


「あ、あんたは、誰だ!?」


その言葉に女性は再びため息をついた。


「どうして誰もが自分の質問を優先するのかしら、、、。」

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