第11話「早くて悪し大事なし、遅くて悪し猶悪し。」

「起きろ~?おーい。」


山中はよだれを垂らして寝ている古場の頬をぺちぺちと叩いている。


「全然起きないな、おい、、。」


「んお⁉なんだ、敵か?うごっ!」


半目を開けて急に起き上がった古場の額と山中の額が鈍い音をたててぶつかった。


「いってぇな、、。お前なぁ、急に体起こすなよ、、。」


「え?あぁ、あ、そうか。今日行くのか。」


寝ぼけ眼をこすりながら古場は言う。


「お前らなぁ、、。早くしろよ。時間があるわけじゃないんだぞ。」


金田はリボルバーのシリンダーに弾を入れながらうんざりした顔でいた。


太陽は既に地平線を越え締め切ったカーテンの隙間から光がこぼれている。


山中は鞄の中身を確認し、古場は顔を洗い、下田は周りをきょろきょろと見まわしている。


植草翔太と合流する場所、茨城空港は山中の自宅から約60㎞。


車でなら早くて1時間半程度ではあるが山中の家の車がどこまで使えるかが不明だった。


そもそも感染者達は目ではなく音で物事に反応する傾向があった。現時点では古場達の街には多くの感染者が存在している訳ではないが、町を出たときどれほどの感染者がいるかは検討もついていない。


そこを考慮して古場は植草に「2日」と言ったのだ。


途中で車を降りなければいけないかもしれない、道を回らなければならないかもしれない。


現在道路に車が走ってる様子はないことから問題が無ければ今日中に着き、空港内で待機することになる。


古場は慎重を期しながらも不安がぬぐい切れず眠りに落ちる事が出来たのは朝方のことであった。




「という訳だ。このルートを南下していく。運転は俺がする。上手くいけば早く着くがそうでない場合は覚悟してくれ。亮がその植草とかいうやつと約束はしたが必ずしもこれるとも限らない。もし空港で2日待ってこなかったらここへ戻る。いいな?」


その言葉に全員が金田の顔を見ながら頷く。


「じゃあ、行くか。地獄のドライブ。」


「マックにでも寄りますか?」


「悠介。これは旅行じゃねぇんだぞ?行くならドライブインだろ。」


「亮、お前も旅行気分じゃねぇかおい。」


くだらない冗談を交えながら彼らは旧式のセダン車のトランクに水と食料を積んでいく。


「おい悠介、このオンボロ本当に動くのかよ?荷物積んで俺ら乗ったら動かないんじゃねぇのか?」


古場は目を細めて車を見つめる。


「親父が趣味で買ったやつだからまともに乗ってるとこは見たことないが、そんなに長い距離ってわけでもないし大丈夫だろう。多分、きっと、、恐らく、、、。」


「ストレスで俺の体重が増えそうだ。」


小さくため息をついてドアを開け少し埃っぽい車内へと身を滑らせた。


「うぇ、、。なんだよ変な臭いするし、触ったところ全てから埃が取れるんだけど、、。」


「まぁそう言うなって。親父も悪気があったわけじゃないんだ、、。」


古場の肩を優しく叩いた山中の顔はなんとも穏やかであった。


「あのなぁ、、、。」


と続きの文句を言おうとした古場だったが小さくため息をつくだけにしておいた。


助手席には下田が乗り、運転席には金田が乗りエンジンをかけた。


長い間放置されてたがために中々エンジンがかからず、かかったと思ったら牛の唸り声のようにも聞こえる音を不規則に出していた。


「こんどお前の親父に文句言っておいてくれ。もっと頻繁に掃除をしてくれってな。」


「そうだね、こんどエンジンルームに顔面を突っ込ませておくさ。」


さすがの山中でもこのエンジン音に顔を引きつらせていた。


「とりあえず行くぞ。」


山中家のガレージを出て、町内を走り出した。


普段車には乗らない古場に山中は窓の流れる景色を何とはなしに見つめている。


下田と言えば下を向いて手の爪をいじっていた。


エンジンの音と走行音が下劣なまでの不協和音を奏で、なんとも言えない空気が充満していく。


そんな空気に耐え切れず古場は窓を開けるボタンを押した。


砂がこすれるのかガリガリと嫌な音を立てて窓は下がり外気が車内に流れ込む。


しかし今日の外気は湿気で酷く生温く古場は思わず窓を閉めた。


「俺、もう帰りたくなってきたぞ、悠介。」


「奇遇だな。俺も全く同じことを考えていた所だ。」


山中の顔色さえ悪くなっているように見えるのはきっと古場の気のせいではあるまい。


「金田さん、ラジオとか、つきませんよね?」


「どうなんだろうか、最近の車にはラジオついてないけどこんなビンテージ車ならあるかも、下田さん。ちょっと見てもらっていいかい?」


下田は迷うことなしにいくつかのボタンの内の一つを押し、ダイヤルを回した。


「慣れてるね?こんな年式の車なのに、、?」


「私の父が古い車を持ってて小さいころによく乗ったのでなんとなく分かるんです、あ、聞けるみたいですよ?ほら、、。」


埃っぽいスピーカーの奥からジリジリという途切れ途切れの砂嵐が少し消えたかと思うと焦りの混じった声が聞こえてきた。ラジオ局にテレビの人々が協力しているのだろうか、音質が悪いにもかかわらず、何人もの声が後ろで飛び交っているのが聞こえた。


「という現状な訳で、、危険であ、ことに、わりはありません。市民のみな、んは指示があ、で決して外にはでないでくだ、さい、。繰り返します。総理が本日未明、非常事態宣言を、ました。そして、厳令も発令し、RSへ、権が移動します。全力で解決に、たると、元城長官は、発、してま、、。」


音がとび完全には聞き取れないがおおまかな内容は車内全員が理解した。しかし。


「非常事態宣言って、なに?しかもその後に厳令?とかなんとか?」


山中が首をかしげて尋ねる。


「俺もなんとなくしか知らないな。。。」


「非常事態宣言というのは文字通り、戦争や災害などで国が危険にさらされるときに発令されるもので普段とは違う法令を行使することが出来ます。そして厳令、これは恐らく戒厳令です。自衛隊の新組織として設立されたR.S.に全権を委任することです。つまりこの現時点における問題対処はR.S.が担うことになったってことです。政府がマヒして動けないのか、R.S.が揺さぶりをかけたのかは分かりませんが、、。」


下田の説明にその場の全員が驚いていた。


「く、詳しいんだね、未歩ちゃん。」


「あ、えっと、こないだ授業でやったものですから、、。」


「内にそんな授業あったっけ?」


「悠介が寝てただけだろ、、。多分。」


2420年、第三次世界大戦が勃発。その時から8年後、自衛隊の一部の組織としてR.S.(Red Stone)が設立された。基本的には戦時中の特殊部隊として運用されていたが37年の終戦後、新たな法案が可決され自衛隊を廃止し、その後任組織として R.S.が正式に運用開始された。自衛隊と運用方法は余り変わらないように見えたがその実、火星への派遣部隊を作るのが目的ではないかと囁かれ、自衛隊より政治的性格の強い軍組織として国民から認識されるようになってしまった。現代表は元城剛士。 名前通り190㎝を超えようかという巨体によく通る声。筋骨隆々で殴られたら一般人なら死ぬだろうなと古場は感じていたものだ。


「政府から委任されると何か変わる?」


「大違いです。そもそも野党だけでなく与党内にも現在ではR.S.の存在自体を疑問視する声が上がっています。ご存知のように火星への軍隊派遣や、政治献金、やり方は穏健とは言えませんし、このような事態になってしまえば元城長官は恐らく実力行使で国内を鎮圧しようとするでしょう。政府の人たちはそんな大仰なことに賛成するはずないですから、R.S.がやりたい放題。釈放された死刑囚のようなものです。」


下田は後ろの席に顔を向けて熱心に話す。


「それはまずい、、けど、、。どうしようもないもんな、、。早めに何とかしないと、、。」


「恐らく当たり前の措置ですが空港は全てストップするでしょうね。この国が完全に閉鎖された空間になります。」


「ということはますます翔太たちと合流しないといけないってことか、、。」


古場はそう呟いて窓の向こうに見える鈍色の空を不安そうに見つめた。

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