珍妙にして滑稽な部活動





個人差、という言い訳に実に便利な言葉があって、一度使ってしまうと麻薬のように何度も手を出してしまう。


努力にも個人差、気力にも個人差、能力にも個人差。


しまい人と比較できるすべての事が個人差という言葉で片付けられるようになると、人間、知らずのうちに怠惰になり、最後にはその物事に関して歩むことをやめてしまう。


俺の場合『部活動』はその限りだった。


ケガ、という一度の挫折の後、その治り具合と復帰までの道のりに『個人差』といういいわけを用いてしまった俺は、その甘美にして楽な言葉の味を知ってしまい、溺れ、そして最終的にそんな自分に幻滅し、情熱を失った。


燃え尽きるまでもなく、消火してしまった、という言い方もできる。



故に、中学から高校に上がったとき、その学校が新入生に対して『部活動』に入ることを強制していると知ったとき、


希望する部活に真っ先に『帰宅部』と書いた。通るはずもないのはわかっていたし、入学早々めちゃくちゃなことをやっている自覚もあったが、とかくざっと目を通した部活動のリストに心牽かれるものが見当たらず、加えて未だ体の隅々にまで染み付いた『個人差』という言葉の毒が抜けきっていない自覚もあり。


さてもそんな状態の俺を受け入れる部活動が気の毒に思えた。前の部活より情熱を燃やして本気になれるようなものがあると思えなかったし、それを中途半端に諦めてしまった自分が他の事でそれ以上のやる気を出せる道理などありはしないという、気力の計算式に基づいた確信もあった。



俺に部活で全力を出しきることは不可能。



大好きだった前の部活までたった一度のケガで諦めてしまった自分には、到底。


それを再確認する意味合いで、再提出を求められた『部活希望表』にもう一度、『帰宅部』と書いた。



見方を変えればただ拗ねているだけと取られかねない、良くて「喧嘩売っとんのかこの生徒は」と受け取られる程度の悪あがき。カスミのような自分の尊厳を守ろうとした結果の幼稚極まりない行動。



……まさかそれを、面白がる先生がいるとは、さすがに想像つかなかった。




ーーー*ーーー



「さてここであたしから残念なお知らせだ。


希望する部活の欄、君は帰宅部と書いてあるがこの学校にそんな部活動は存在しない。」



「はぁ。」



「そして例によって、わが校は新入生に対し、最低ひとつの部活動への入部を義務付けている。


言いたいことはわかるね?」



怒られるべき場面で、にこやかに接される時ほど、相手の意図が読めず、不気味なこともそうそうありはしない。


もしかしなくても、眼前の女教師はその質問を楽しんでいた。嬉々として問い、期待して答えを待っている。


はてさて何を期待されているのか………おそらくヒネた答えだろう。そうとしか思えない。この質の悪いジョークに面白味を感じているとすれば、次に求められているのも同じような内容のものだろう。


年齢にして30手前になろうかというこの女教師は、なぜか、拗ねてひん曲がった俺の根性を面白がっているようだ。意味はとんとわからないが。



「帰宅部を創部しろと?」



うーむ70点。今一つキレがないな、と思いつつ、期待に応えるべく俺はそう答える。誰かに何かを求められること自体は、全く気分の悪いものではない。故に、もう少しエッジの利いた、誰もが唸るような屁理屈を返したいところだった。


が、女教師には70点でも十分だったらしい。まるでクリスマス、プレゼントに手紙で希望した通りの品が届いた子供のように、表情をぱあっと華やかせる。どうやら、期待には応えられたらしい。



「それはそれで構わない。が、出屋敷よ。


わが校のルールでは、部には最低三人の部員の存在が不可欠となる。なおかつ、実が無いと認められた場合はとり潰しとなるので、明確な目標とそれに準じた活動内容が必要だ。


もし君に、その『帰宅部』とやらに入部を希望する者を二人以上勧誘してくるだけのコミュニケーション能力があって、


なおかつ帰宅部として帰宅することを究極まで突き詰め、我々教師にその有意を証明して見せるだけの器量と気力があるのなら創部申請を受け取らなくもないが、


果たしてどうだろう?」



倍返しとばかりに持って回った皮肉を叩きつけてくる女教師。だがその表情には嫌味は全く感じられない。論破するのが面白い、という風でもなく、むしろ、この掛け合い自体が楽しくて仕方ないといった感じ。



「…………。」



「わかったなら、さあ。


さっさとこのリストの中から入りたい部活を選びなさい。


君は見たところ、細身ではあるが体はしっかり鍛えられてある印象だ。肩幅の広さがそれを物語っている。中学では何かスポーツでもやっていたんじゃないのか?」



「ええ、まぁ」



「何を?」



「野球を、多少」



「だったらそのまま野球を続けてはどうか?うちは全国には僅かに及ばないが、地区大会レベルで言えば準決勝まではゆうに進む私立の強豪だぞ。


幸いと言うのか、スポーツ推薦以外の生徒も入部を認めているから君でも入れる。


甲子園、目指してみてはどうか?」



「どうせスタンドにいるなら応援団にいた方がまだいくらかマシだと思います。」



考えた答えではなく、思わずポロっと出た本音。だが、そういうものほど切れ味は鋭い。女教師が歓喜に打ち震えるのがよくわかった。確かに自分でも上手いこと言ったな、とは思ったが、それにしてもこの喜びかたはどうだ。というか、何を求めて面談をやっているんだ、この人は。



「…………。


清々しいまでに無気力だな君は………却って感心してしまうよ。


まあいい。体を動かしたくないと言うのなら、文化部に入ればいい。運動部と違って少人数多種多様といった感じだ。多少マニアックな内容のものも見受けられるが………これがリストだ。


興味あるものはないか?」



B4サイズのコピー用紙を一枚手渡してくる女教師。米粒ほどの文字で、数十行に渡って部活の名称がずらりと並んでいる。



「…………。」



「絵が好きなら漫研とか、美術部とか。音楽なら吹奏楽、軽音、ヘヴィメタ研。料理なら創菓部や中華料理研、和食愛好会、シシケバブ同好会。


とにかく何でもある。メジャーからマイナー、3Aまで、何でも。」



なかなか上手いことを言う。素直に俺は感心した。こちらが野球をやっていた人間だと知るなり、メジャーに絡めて3Aとは。


博識な上に頭がキレる。なんだ、俺もちょっと楽しくなっちゃうじゃないか。



「ヘヴィメタ研というのは一体なんです」


「読んで字のごとく激しいロックバンド……と言いたいところだが得てしてそうではない。ヘヴィメタルについての知識と理解を深める、まぁデスクワーク色の強い部活と言えるかな。


何だ、音楽に興味があるのか?」



「いや……どっちかと言うと字面に惹かれまして。正直、あんまり興味はありません。やかましいの、好きじゃないんで。」



「静かなところがいいと言うなら、茶道部や華道部はどうだ?女子比率が高いから、モテるかもしれないぞ?君は顔もソコソコ整っているのだし」



「そういう目的なら運動部に入りますよ。俺、動く気さえあれば相当動くので。それこそモテると思います。」



「ほほう、大した自信だな。そうまで徹底していれば自意識過剰も聞いていて心地いい。」



「嘘じゃありません。自慢ですけどラブレターは四通/日でしたから。」



「さっき野球をやっていた、と言ったな?その影響もあるのかな?」



「まぁ、多少は。」



「上手かったと。ますます野球部でいいのではと思わなくもないが……」



「ダメですよ。肘が壊れてるんです。俺の右腕はもう使い物になりません。」



「左で投げればいいじゃないか」



「某メジャー野球漫画の読みすぎですよ、先生」



「そのツッコミには好感が持てるな。どうだ、漫研などは」



「本当どこでもいいんですね………絵が下手だし野球マンガ以外読めないんで遠慮しときます。


まあ、ちょっと待っててください。今適当に探しますから………」



たちの悪い訪問販売のように、手当たり次第ギャンギャン部活を勧めてくる女教師。運動部に文化部、野球から漫研など、まるで節操がない。そして、尽く填まらない。


おそらく決めるまで逃げられないのだろう。なら、自分で目処をたてる他ない。



運動部はもう疲れた。中学でお腹いっぱい、これ以上やるつもりはない。野球は好きだが、ポンコツ肘を抱えている上はどうしようもない。


選ぶとすれば文化部だ。だが、楽器を持てばカスタネットが限界、ペンを持てばスコアブックぐらいしか書けない、非文化的とも言えるこの自分に、


果たして、この活動内容に厳格な学校の部活のなかで、ぴったりとはいかずともそれなりにしっくり来るものがあるのだろうか………。



「どうだね?めぼしいものがあるかね?」



「待ってください。まだ半分しか見れていません」



「だろうな。何せ、数だけなら日本で1番多いんだ、ここの学校は。


どれ、覚えるのも骨だろう。ひとつ、あたしがサーチエンジンになってやる。


自分の特徴を、単語で二三並べてみなさい。」



前のめりで、目を輝かせて迫ってくる女教師。なんなの、この人俺のこと好きなの、と思ってしまうほどの急接近。



「何でもいいんですか?単語ってのは」



「占いっぽく言えば、君を構成してきた三つの言葉を言いなさい、と言ったところか。


あ、占い研究会に興味はないか?」



「ありません。えーと、それは中学頃の自分と言うことで……」



「構わない。おおよそ二月前まで君は中学生だ。」



「………だったら。


野球、療養、観戦………ってところでしょうか」



「全て野球がらみと見ていいのかな?」



「まぁ、そうです。野球は好きなので……でも、怪我で一年間ボールを持つことすら許されませんでしたから、療養。そうなればあとは……観るくらいしかできませんからね。」



「観る、というとやはりプロ野球かね?あたしは特にどこのファンというわけではないのだが………」



「いやまぁ、俺も特別どこかのファンって訳ではないです。だから、地上波でやってる試合を、適当に録画して、適当に眺めて………」



「ふむ………熱心なことだ。ますます野球部を推したくなるが……」



「………。」



「ひょっとしてあたしは今、酷なことを言っているのかな?」



「いや別に。俺も同じように思いますからね」



「ならよかった。まぁでも、どうしようもないことを言うのはこれでやめにするとしよう。


それでだ。今君の並べたワードを吟味した結果だが………」



吟味って、四五秒しか経ってないじゃないか。適当なことを言う人だな。


俺は内心そう思ってすこし顔をしかめた。


どうせけったいな理由付けで映画研とか小説研とか、脈略のない部活を勧めてくるんだろう。才能の欠片も感じない分野で三年間を終えるくらいなら、何も言わず帰宅させて欲しいものだが…………



「ひとつ、良いところがある。


野球観戦部というのはどうだろう?」




「………………。」



「………………。」



「……………は?」



「野球観戦部。」



「…………何ですかその珍妙にして滑稽な部活は」



「君のキーワードにクリティカルヒットだ。これっきゃないってくらいにな。」



「………活動内容は?」



「さぁ?」



「さぁって、ちょっと」



「データが無いんだから仕方ないだろう。


今年創部予定の新しい部活だよ。部長は一年生、部員も未だに一名だ。ソースはあたし、顧問もあたし。」



「ええ……」



「その引きはなんだね、あたしが顧問というのがそんなに嫌かね?」



「いや、顧問だったら最初から普通勧めませんか、その部活。


部員一名って、俺が入っても二名で、来年には自動的に廃部じゃないですか」



「まあそうなるな。だが、そんな事情を抱えているのはどこも同じことだ。野球観戦部だけ優遇しているようでは、均衡がとれないし淘汰のシステムもちゃんと作動しない」



「何なんですかその自然界の厳しい掟みたいな学校方針………」



「年間二十前後の部活がこの学校からは消滅する。そして新たな部活が二十生まれる。時代のニーズに合った部活動が展開できるように、という方針のもとでだ。


それで、どう思う?興味はないか?」



「いや………正直ありますけど……っていうか、活動内容云々の前に、そんな部活を立ち上げた奴の顔が拝んでみたい……」



「そうかね?では、今から見に行ってみるか?」



立ち上がり、白衣を翻す女教師。意外な高身長が、その佇まいによって明らかになる。



「えっ、今からですか」



「善は熱いうちに急げというだろう」



「混ぜたって効果二倍とかにはならないんですよ」



「人間思いきりが大切だと言うことさ。正直、顧問ではあるがあたしもあの子がどんな活動をしているのかよく知らん。


七月に部活審査会というのがあって、その時点で実を証明できなかった部活はカットされていくのだが………その頃にならないと、どこもその全容を掴むのは難しいのだよ。」



「…………。


ちなみに今年生まれた部活というのは、野球観戦部の他には………」



「無数にあるからな。今全部は言えないが、活動内容が全く想像できないのは……トリニダードトバゴ友好親善会、とか、バームクーヘンを食えへん部とかかな。」



「………謎過ぎますね。」



「ああ、謎だ。野球観戦部などは、まだ部の名前で想像つくからましな方だ。


………よし、ではいくか。」



100均で売ってそうな安っぽいハードクリアファイルを右脇に抱えた女教師。


ついてこいとばかりにつかつかと職員室を出ていく。無駄な抵抗はせず、俺もそれにおとなしくついていく。


もし、読んで字のごとくの活動内容であるなら、こんなに自分に合った部活はない。


まがりなりにも小学一年生から九年間、野球をやって来た身。愛着はあるし、多少見る目もある。投げさえしなければ技術はあるからプレーもできる。


何をするのか知らんが、俺の特性は生きるはずだ。少なくとも、バームクーヘンを食えへん部よりは、確実にーーー



「ああ、そうだ。顔を見合わせた瞬間どぎまぎすることがないように先にいっておくがね。」



教室前の廊下を一直線に突っ切っていくなか、女教師は横顔だけを見せてそう言った。



「はぁ。何でしょう?」



「その部員一名は非常に美人だ。クールで綺麗だ。あたしが手放しで誉めるくらいにな。」



「先生の美的感覚の信用度は知りませんが………」



「国鉄スワンズ降矢の盗塁阻止率くらいかな。」



「………先生も野球お好きでしょう?」



「バカな質問だな。でなければこんな部活の顧問など引き受けるものか。」



さいで。俺は心のなかで妙に納得をする。



「わかりました。覚悟してればいいんですね。」



「ああそうだ。あたしとしては、君のように見ていて話していて面白い子が、誰かの所有物になってしまう状況は、いただけない。できればあたしの手元に置いておきたいのでな。」



「………おっしゃっている意味がよくわかりません」



「それだけ君を買っていると言うことさ。」



にっ、と口許だけを笑みに歪めた女教師。



俺は軽く首を傾げる。まだ入学して一ヶ月なのに。話したのも日本史の授業中、二三度しかないはずなのに、何でそんなに俺に思い入れがあるんだ、この教師は。



「買われる理由がイマイチわかりません。


いくら安いからって好んで腐ったモヤシを買う主婦がいますか?」



「君のそういう物言いが好きなのさ。」



あっさりと女教師はそう言った。


さいで。と、俺は心のなかで呟く。何となくわかった。この人はたぶん、変わり者で代わりもの好きなのだ。


と来れば、おそらくその一人きりの部員というやつも必然的に変わり者でということになるのだろう。まぁ、でなきゃ野球観戦部なんてけったいな部活は作らないか。デフォルトのない部活を作る人間なんて、大概相当な変人だ。



「その変………部長の超絶美人さん、名前は何ていうんですか?」



「ん?ああ、興味があるかね?」



「いや、興味とかじゃないです。先生は、初対面の相手から名前を聞かれて『この人私に興味がある』とか思ってときめくような自意識過剰な人ですか?」



「やっぱりあたしの目に狂いはなかった。君は面白い。」



「若干考え方に狂いはあるように思いますよ、失礼を承知で……」



「承知して失礼を言うような奴にろくなのはいない。あたしはそういうろくでなしが大好きさ。


いいだろう、教えてやる。


西九条 真訪(にしくじょう まこと)。」



「にしくじょう………まこと。


貴族みたいな名前ですね。」



「魚屋の娘だ」



「いいですよ言わなくて………。」



普通……いや普通かどうか知らんが、そういう名前でクールな超絶美人って良家のお姫様ってパターンが多いんじゃないのか。それが世の摂理じゃないのか?


アニメの見すぎか?だとしても、早速期待を打ち砕くようなことは………



「ちなみに」



「ブルゾンですか?」



「それはちえみだ。あたしは君の下の名前を知らない。先方に紹介するのに不便だ、教えてくれないか。」



「……進次郎です。出屋敷 進次郎(でやしき しんじろう)。」



「テスト時間中親を恨むことはないか?」



「ありますとも。ええ、よくお分かりで。」



「だろうな。」



くっくっ、と噛み締めるように笑う女教師。


突き当たりに差し掛かったところ、彼女は急にその歩みを止めて、今度は体ごとこちらに振り返った。



そして、底が破けるのではないかと思うほど激しくポケットに手を突っ込み、仁王立ちになってこちらを見下ろ………目線の高さは同じだが、まあ、そのようにし。



そして、快活に笑ってこう言った。





「あたしの名前は香櫨園克実(こうろうえんかつみ)。名前のせいで1問答えることができず、大学一浪する羽目になった伝説の女だ。


まあ、これからよろしくな。出屋敷。」



ズバッとつき出された右手。


俺は何となくそれを握り返しながら、こう返した。




「自分を伝説の女とか、やっぱり自意識過剰なんじゃないですか。」


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