ケース 四

 高さ六百四十五メートル。花径八十六メートル。葉っぱが一枚もついていなくて不格好な、ピオニー咲きの黄色いダリア。花芯には女性のものと思わしき顔が張り付いている。

 日本時間、午後一時。

 それは日本の首都に突如として出現した。

 巨大ダリアは言葉とも歌唱とも分からない音を発しており、これを聞いたものは発狂したようになって逃げ出し森の中へ入って行ったり、あるいは恐怖に支配されて動けなくなり心臓麻痺を誘発したりした。

 しかし、巨大ダリアはそれ以上のことを何もしなかった。ただ、人間をおかしくしたのである。

 少しだけでも理性を保てた者は、日常が呆気なく壊れていく様を目にして、それが“変死”の原因なのだと理解することができた。日本だけでも、その日までに三百五十万を超える人間が既に変死していた。世界中で数えれば、その数は二億に達していた。

 日本時間、午後五時。

 巨大ダリアの出現は東京に留まらず、この頃には世界中で存在が確認されていた。

 そしてとうとう、巨大ダリアは次の段階へと移行した。

 花弁の間から、人間サイズの、人の姿をした“何か”を無数に散布したのである。

 これらは花弁の羽を生やし、自由に飛行した。服は着ておらず、十四、五歳の少女のような風体であった。貌は全て同じで、ダリアの花芯にあるそれであった。

 皆が理解のできない音を発し、空と街とを埋め尽くした。声に中てられて動けなくなった者を見つけると、その羽の生えた人のようなモノは群がって、生きているなら生きたまま、死んでいるなら死んだまま、むしゃむしゃと食べた。

 同じことが世界中で起こっていた。銃があろうと戦車があろうと核があろうと、それを使う人間が一様におかしくなってしまうので、結局はまともに抗戦した例は一つもなかった。

 狂って核ミサイルの発射ボタンを押した者はいた。核を浴びて死ぬのは無辜の民だけであった。その残骸にもまた、羽の生えた人のようなモノは群がった。

 社会を支えるインフラもすぐ様に機能停止に陥ったが、人類が絶滅するまでには二日とかからなかったので、そのことには何の意味もなかった。

 最後に生き残ったのは、新興ながら三大宗教に迫る勢いで信者を獲得していた、タンタ教と呼ばれる宗教の祖であった。

 巨大ダリアを神と崇める彼女は、彼女以外の全ての人間が絶え、地球を埋め尽くした巨大ダリアと羽の生えた人のようなモノに五日も声を浴びせられて、ようやく恐怖に屈し、その餌食となった。

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