第三十六話 神友と明日は

 むくが自己を確立している頃、AyaとKouは、『J』に拘っていた。

 話をするのに借りたのは、夢の城ホテルの一室、『パンダちゃんのお部屋』だった。

 皮肉にも、Kouが白いシャツに黒いジーンズだったので、パンダみたいだとAyaがうけることしきりだ。


「いい加減、笑うのはよしてくれ」


 Kouが頭を押さえる。

 ひとしきり笑い終わると、Ayaは口火を切った。


「むく様のお父様を襲った暴漢も突き止めないとね」


「うむ。リューゲン島のオレンジ色のコテージに『J』がいた。その後、『アデーレ=アルベルトの日記』を求めて、夢の城ホテルのムッティにまで女が執拗に攻撃しただろう。あれが決定打になった」


 短く息を吸う。


「コテージの『J』とは『組織J』とは無関係だ!」

「コテージの『J』とは『組織J』とは無関係だわ!」


 KouとAyaの声が揃った。

 Ayaは、考えがまとまって、一つの説がひらめく。


「これなら、ドラゴンがヘッドの『J』が『組織J』で、台湾の李家に関わる力を蝕むように求めていた。そして、『未来への手紙Jの刻印撲滅機構』が、絵画に隠された『アデーレ=アルベルトの日記』を探していたのだと分かったわ」


 Kouは、首肯した。


「どうやら、このリューゲン島のコテージ辺りは、たまたま、あの『未来への手紙Jの刻印撲滅機構』が俺をつかまえるアジトとしたようだな。もう一度洗ってみよう」


 ホテルからコテージまでは遠くないので、シュヴァルツ・ドラッヘだけで十分とAyaはホンダでかっ飛ばした。

 Kouは、俺が後ろは嫌だからと、別のバイクにまたがる。



 潮の香りが近付くと、どこか懐かしい気がした。


 ◇◇◇


 いくつかコテージを当たっていた折、白い小さなコテージに異様なオーラを感じた。


「匂うな、ここ」

「そうね。正面から行きましょう」


「相変わらず、人の話をきかないな。Aya、お先にどうぞ」

「なーにそれ! ええ、先に行くわよ、援護しなさいよ」


「むく様のお父様は、女性だったと思うと仰っていたわ。ピンポイントに行く?」

「ああ、扉の近くに女が一人、奥の椅子に男が一人だな」


 私の敵は、入り口の女だわ。


 ターゲット、ロック・オン!


 ダブルアクションだ……!


 一発目の弾丸が扉を開き、その直後の弾が女の構える拳銃をはじく。

 Kouは、扉が開いたと同時に放つ……!


『Aya……。愛しい、Aya……』


 念じれば念じる程に懐かしく思う。


『Ayaさん、初めまして。僕はKouです』


 初めて出会ったときの小さなAyaを。


「六芒星よ、我が手に宿らん! いざゆけ……!」


 Kouの六芒星の光球は真っ直ぐに男をとらえた。


「俺達にできないことはないな」

「そうね、六芒星のKou。今度から名前を変えなさいよ」


 二人は白いコテージに一歩、二歩と行く。


「さあ、白状して貰おうかしらね」 


 六芒星のKou、相棒がまた一つ大きくなった。

 Ayaは、自分が成長していないのではと反省している。



 潮の香りは、又、遠のく。


 ◇◇◇


 むくがジュリエットを舞った九月二十日の深夜〇時丁度、病院の仮眠室をAyaとKouが訪れた。


「むく様のお父様、いらっしゃるかしら?」


 Ayaがノックの代わりに声を掛ける。

 仮眠室の内側からドアが開いた。

 Kouは、Ayaより一歩さがっている。


「こんばんは。お久し振りですね。まだ起きてましたよ。来客の予感もありまして」


 歓待の表情で、玲は仮眠室から出て来た。


「私達は、お客様らしいわよ」


 玲は、二人を促して、近くに腰掛けた。


「土方さんを殴った犯人をリューゲン島の白いコテージで見つけたのだが」


 Kouは、小さな声で用件を伝える。


「その話ですか」


 玲は、軽く笑っていた。


「土方むくさんを狙っていた『未来への手紙Jの刻印撲滅機構』のボスが割れた。ローマで俺をゆすった男だったよ。慰謝料でもどうだ?」


「慰謝料は、要らないな」


 玲は、頭を振る。


「俺としては、謝罪もいいよ。お陰で、病識のなかったむくちゃんが病院に来てくれた。あの水島先生にも診ていただけた。災い転じてかな」


 親として、何よりだ。


「それに、行けば、話し合いは厳しそうだし、力と力の叩き合いになるだろうしな」


 玲は、弱い訳ではないから強がらない。


「望まないことを無理強いはしない。土方さんがそれでいいのなら、『J』ももう目的を失った。何も干渉されないと思う」


 Kouの情報は確かだ。


「厄介事は、ごめんしてくれ」


 玲は微笑し、二人にさよならの手を振った。


「では、これで。失礼」


 Kouが、手を上げて踵を返す。

 後を小走りにAyaが追う。

 ふと、去り際に大切なメッセージを忘れていたと気付いた。


「お大事にね」

「そうだったな。お大事に」


 AyaとKouの優しさを奏でている。


「ありがとう」


 玲は、深夜の来訪者に、これまで以上に恙無つつがなくむくを育てようと心に決めた。



 Ayaは、何となくKouと玲が似ていると思った。


 ◇◇◇


 病院の五〇九号室は、もう蒸し暑さもなく、秋の面差しも濃くなっている。

 美舞はむくにずっと付き添っており、今日もウルフとマリアがお見舞いに来ていた。

 玲は、受け持ちの患者である前に、可愛い娘として、回診した。

 土方家の面々が揃っている。

 美舞が、むくの髪を撫でた。


「むくちゃん、髪が少し伸びたかな」

「美舞まーま。女の子らしいですか?」


「そうね。似合っているわよ」


 むくは、周りを見た。


「こんなに、皆がいてくれて嬉しいです」


 このところ関わりの多かった彼女がいない。


「Aya様は……?」


 ジグソーパズルのピースが欠けたような気持ちだ。


「神友と言ってくれた大切な方です」


 美舞にすがるような瞳で、むくの新しい側面を引き出してくれたAyaを想った。


「むくちゃん宛てに、お手紙が届いていたわ。後で、ゆっくり読むといいわよ。お友達ですものね」


 むくの気持ちは、美舞には全ては分からないようだ。

 お友達とは何だろうか。

 楽しく、昨日や今日の話をするだけでいいのだろうか。


「明日の話ができるお友達が、神友です……」


 玲の回診が終わると、美舞らは食事をしに席を外した。


「Aya様からのお手紙、ヴェローナからと書かれています。絵葉書が入っているようです」


 封を切る前に、あの晩に踊ったジュリエットを思い出した。

 むくは、しんみりとして呟く。


「明日の話はいつできますか」


 ここの皆と帰郷するのをやめようと重い決断をした。


 もう、夏休みも終わった。

 家の周りのセミも鳴くのを止めただろう。

 しかし、望郷の念は心に沈めることにした。


「むく」

「むくさん」

「むっくん」


 その日のうたた寝で、むくは久し振りに美術部の皆の顔と会う。

 皆、笑ってくれていた。

 今まで、自分を着飾っていたようだ。

 もう少し、伸びやかにしよう。

 むくは、新しい自分を探しに旅立とうと誓った。



 十五歳の初秋、旅情の果てに。

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