第三章 熱情のルビー

第二十一話 Ayaの恋心

 ドラゴンを倒した途端に柏がドラゴンを継ぐとほざいた。

 しかし、朝比奈竜は、左手で柏の足をつかみにかかる。


「いつ、私がドラゴンを辞めると言ったのだ。この椅子は誰にも譲らない」

「ひ、ひいい」


 やはり頭と小者では違う。


「素敵な根性は認めるわ。リュウ・アサヒナ。日本の麻子様はどうするおつもりなの? 彼女、多分具合が悪そうよ。双極性の疑いがあるわ。躁になったり鬱になったり。どうして、ああなったのかしら?」


「あの子は、徳川学園中等部の生徒会長だった。高等部へ進学して、急変してしまった。私にも分からん。手を焼いている」


 朝比奈竜は、親として、ため息をついた。


「女の子は初恋で変わるわ。きっとそんな感じよ」


 Ayaは、朝比奈竜の親心をくすぐる。


「李雪は、リュウ・アサヒナと親子なのにどうして売るようなことをしたの?」

「李建には妾がいなかったのだ。ならばと後妻をすすめた」


 正直な理由だろうとAyaは納得した。


「凛様のお父様はお堅いのね」

「ああ、李建はな。だが経済界の王の側面では、李雪に子をもうけないようだ。私の失敗だったかな」


 朝比奈竜は、再びため息をつく。


「それで、凛に毒を盛ったの?」

「私は関与していないが」


「では、李雪の個人的な行動かしらね」

「雪ももう大人だ。私の言葉でいちいち動かない」


 一応は親なのだと、ふと見せた表情に、ドラゴンと呼ばれる朝比奈竜の意外な面があった。


「母親は、麻子様と同じなのかしら」

「そんな危険な質問には答えられないな」


 Ayaは、甘い質問だと唇を噛んだ。


「ところで、さっきの光は、何だったのだろうか」

「それは、相棒のKouに聞かないと分からないわ。分かってもリュウ・アサヒナにはどうにもならないでしょう」


 Ayaは、がっつりと朝比奈竜をつかむ。

 柏はKouが担当した。


「さあ、財務警察へ行って貰うわ。リュウ・アサヒナは脱税その他の疑惑が高いものね」

「警察ごときに尻尾はつかませないからな。いい気になるなよ」


 無事、朝比奈竜と柏を警察へ突き出した。


「こんなに甘くていいのか? Aya」

「今回は、取り敢えずの処置よ」



 ――これで、ドラゴンの件は、一旦落ち着いたと思っていいだろう。


 ◇◇◇


「はい、はい。そうです。よろしくお願いいたします」


 スマートフォンクラッシャーAyaの自分の赤いスマートフォンは電話として機能した。


「五ツ星ホテル『アマレamare』にディナーを予約したの。ねえ、ご一緒よろしいかしら?」


 Ayaが弾んでいる。


「そうか、ドレスコードがあるだろうな」


 Kouは、高級レストランに客としては殆ど縁がない。


「あっ、私もこれではいけないわね。着替えないと」


 自分の普段の姿を急に恥じて、服をぱたぱたとはたき、サングラスに困った。

 頬を染めて、これからのディナーに少女のようにひらひらと舞う。

 Ayaの幸せオーラを振りまいている。


「俺も着替える。では」


 Kouは急に踵を返した。


「今から? Kou」


 Ayaは、焦りを隠せないでいる。

 行って欲しくないと、手をKouに伸ばす。


「寂しいことを言わないで。一緒にお買い物しましょうよ」


 顔の前でぱちっと手を合わせ、頭を下げた。


「俺は、後から合流する」


 Kouは、背を向けたまま、手を挙げて人混みに溶けて行った。

 Ayaは、佇む。


「つれないわ……」



 シュヴァルツ・ドラッヘのグリップをふるふると触った。


 ◇◇◇


「予約した水木みずき亜弥あやと申します」


 偽名は、しれっとして使うのが主義だ。

 だからか、レストランの誰もが、Ayaのどこか東洋の香りもする風貌にすんなりと納得した。

 くれない色にドレスアップしているAyaは、誰からも目を引かれる存在だ。


「水木様、二名様で伺っておりますが、お連れ様はホテルにおいででしょうか」


 給仕長Capo Cameriereが奥から迎えた。


「いいえ、私しか今はおりません。申し訳ございません。後程参ります」


 日本式にお辞儀をする。


「では、こちらでお待ちください。お席へご案内いたします」


 最高級の案内をAyaに感じさせる仕草だった。


「ありがとうございます」


 隅にある赤いクロスの席はAyaの好みに合う。

 窓に向かって斜め四十五度にテーブルがあり、ローマの眺めは最高だ。

 しかし、Kouは直ぐに現れない。


「どうしたのかしら」


 Ayaは楽しみにしていただけに、そわそわする。


「遅いわ」


 スカートをぎゅっと絞るようにして気持ちを落ち着かせる。

 その時、後ろから知っている足音が聞こえた。


「お待たせいたしました。お連れ様がおいでです」


 Ayaは、くいっと振り向き、見上げる。


「やあ。綺麗だね、亜弥Ayaさん」


 Kouは、照れ屋だから率直な感想が難しかった。


「Kou、謝らないのね。でも文句はなしにしますわ」


 嬉しい笑みを隠せない乙女らしさが眩しい。


「着替えていらしたの?」


 ちょっと意地悪かとAya自身思った。


「いや、色々と……」


 Kouは困ってしまう。


「お仕事?」


 Ayaもそんな訊き方はいやみになると分かっているのだが、やきもきしていた。


「まあ、着替えていただけだよ」

「さ、さあ。その匂い立つ立ち姿も素敵ですけれども、お掛けになっては? 椅子を引いて貰っていますわよ」


 つんとしたら良いのか、でれでれとしたら良いのか、正直分からなかった。

 少しほてっている。


「ありがとう、自分で座りますから」


 側に居た給仕長に挨拶をした。


「くっくっくっ。大丈夫だわ。怒っておりませんよ。いらしてくださって、感謝しかないわ」


 笑ってしまって失礼だったと思い、心配し、続けた。


「Kou?」


「大丈夫。座るよ」


 安心させるようにし気を配る。

 間もなくして、料理とワインを頼んだ。


「ふふふ、ふふふ」


 Ayaは、嬉しさを隠さないで、久し振りの歓談をした。


「お元気そうで何よりだわ。さっきも助けてくれてありがとう」


 再び、Ayaはワインに口をつけた。


「亜弥さんもね。本当に、危ない橋を渡るから。いつも、いつもだよ」


 一方、Kouはノンガスの水を含む。


「それでね、ローマのコロッセオで、ドラゴンのコンサートが終わるまで、観光したしらべする所だったの」


 箸が転げても楽しいようである。

 普段のAyaにしては、不用心過ぎる内容であった。


「そうだろうね。しかし、昼日中に会うとはね。驚かないようにはしているけれども」


「ああ、美味しかった。もう少し飲んでいたいな」

「俺は、亜弥さんが飲み終わったら帰るよ」


 一六四センチあるAyaだが、一七八センチのKouを下からちろりと見上げる。


「いつまで、私は待っていたらいいの?」

「少しも酔っていないのだろう? 亜弥さん。だったら、冗句はやめてくれ」

 

「心酔していますわ」

「また……」


 Ayaは、しっとりとしていた。

 瞳を潤ませ、視線で絡まる。


「何にだい?」


 Kouは、Ayaから視線を外した。


「……それは」


 もじもじしていたAyaは、バッグから取り出した。


「これ。……カードキーです」


 Kouは、無言のまま、カードキーに触れもしない。


「ここの部屋か?」


 氷のような眼差しが返事になった。


「そうだと言ったら?」


 強気のAyaの欠片もない。


「独りで泊まったらいい。俺は、他にホテルがあるから」


 Kouが、椅子を引いて席を立ち、素早く消えた。


「あ、待っ……」


 Ayaはユーロで支払おうとしたが、Kouが予め済ませていた。


「待って!」


 追いかける紅色のハイヒールの音が焦りを匂わせた。

 Kouは、これまで、Ayaに対して断るなどなかったのに。

 Ayaに冷たくするようになったのには訳がある。


 Kouだけが知っていた。

 AyaへのKouの秘匿がある。



 明かせない秘匿が……。

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