エンドロールを最後まで
カゲトモ
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「現実は小説よりも奇なり、なんて良く言うじゃないですか」
「そうですね。小説よりも不思議なことが現実では良く起こったりするものですから」
「マスターにもそんな経験が?」
「それなりにこの世界に身を置いていますからね」
にっこりと微笑みを返すと、男性は不安そうな顔を少し綻ばせて口角を上げた。
「マスターだったらきっと凄い経験をされているんでしょうね」
タイトなスーツ姿のサワムラさんは緩くパーマのかかった髪を揺らして小首を傾げる。見上げるようにしてぶつかる視線は、男性なのに色香が漂っているようにも思えた。色香、というよりは虚しさや寂しさ、だろうか。少し赤い瞳がそう思わせるのかもしれない。まさか花粉症なんてオチ、ないでしょう?
「私の話は大して面白い話ではありませんよ。せいぜい直木賞というところでしょうか」
「それって十分凄いお話ってことですよね?」
「ふふふ。いいえ、この世界の誰かが思いつくようなお話だってことですよ。ありふれてはいませんが、誰かの想像の範囲内、ということです」
「ふふ、それでも直木賞は凄いですよ。マスターは面白いですね」
「ありがとうございます」
伏し目がちに笑うのがサワムラさんの癖だ。長く通ってもらっているけれど、この癖は前から変わらない。服装や容姿は変わったけれど。
彼が初めて店に来た時はもっと普通の、どこにでもいるような若手のサラリーマンで、服装なんてただスーツを着ているだってだけだったのに。髪形だって普通の、おしゃれよりも機能性重視って感じだったのに、いつの間にか素敵な男性に変わっていた。一体誰がそうさせたのか。きっとその裏には女性がいるに違いない。一度もここへ連れて来たことはないけれど。
「サワムラさんはどうです? 小説よりも不思議なこと、なにかありますか?」
「僕ですか? そうですね・・・不思議なことなんて、ありきたりで普通なことしかありませんよ」
「おや、てっきりノーベル文学賞くらいはゆうに超えるかと思いましたけれど」
「ふふふ」
サワムラさんは微笑みながらショートグラスに手を伸ばす。ゴールドのカクテルは甘いスイートメモリー。サワムラさんは甘いカクテルが好きらしい。
「本当に」
半分くらいを一気に流し込むとそう呟いて続けた。
「本当にどこにでもあるような話なんです」
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