第71話・怯える子羊
高山より少し低い位置に頭がある少年は、あの長谷寺の、蹴りの風圧でフェンスや校舎を切り取り崩れ落ちていくような攻撃を、腕だけで防いだ隣の人物もきっと人間ではないのだと震えていた。しかし結果的に彼等は自分を救ってくれたのだ、A組から一気にD組へ移される不安は当然あるが、礼を伝えねばと、少年は久しぶりに自らの意思で前を向いて口を開く。
「あのっ…」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「あぁ、どういたしまして。あとで紫陽花にも、その言葉伝えてくれる?紫陽花ってゆーのは、あの先生のことね」
あの様な状況の中に身をおかれていて、パニックになっているだろうに、少年はきちんと自分の目を見て感謝の言葉を口にした。そして長谷寺にも同じく伝えるように言えば、一瞬だけ瞳を揺らしたが、少年はしっかりと頷く。そこで初めて、これはいつもの事だが長谷寺のために、今回は目の前の少年の為にも動いてやろうと決めた。そういえば、彼の名前を聞いていなかったと思い出して
「君、名前は?」
「ぁ、
「一稀くんだね、了解ー。僕は高山 晃一だよ、これから1Dに行くわけだけどー、取り敢えずキミに説明してあげるよ」
階段を降りて行きながら、高山はC組・D組について説明をし始めた。通すべき筋がある事、守るべきルールがたった一つだけある事、それらを無視したときに何が起こるかを。今井に暴行を加えた結果C組に落とされた少年たちにも、これ等のことが当てはまる、無法地帯のC組であっても同じルールがあるのだ、無事では済まないだろうというのも伝えた。どんどん不安になっていく今井が、また視線を下げて床を見つめてしまった。彼は、焦げ茶色のショートヘアに、大きな薄茶色の眼の可愛らしい少年なのだが、あまりに引っ込み思案で顔を知られていなかった。
先程、今井の顔を見た高山は想定し始める、この少年には特筆すべき能力は無く、頑丈な身体を持っている訳でもないが、見目は良い。今回D組に所属する事で、様々な組織と繋がっている親兄弟を持つ生徒たちの集団の中に身を置くことになるなのだ、もしも昨日のような事が起きたとして、そんな時に人質として真っ先に狙われるのは彼のような人間だ。礼儀知らずの新参者集団でなければ、昨日の様なことにはならないだろうが、万に一つでもそういう可能性があるのなら潰しておくべきだと高山は思った。
(─…番犬が必要だな)
長谷寺がいる
「一稀くん、そんなに不安がらなくても大丈夫だよー。信用できる子を紹介してあげる」
彼の言葉に、今井がパッと顔を上げたのと同時に、ドアがスライドする。高山が、開いたドアの向こうにいる1Dの生徒たちに向かって片手をプラプラ振りながら微笑みを浮かべていた。彼の化け物っぷりもよく知られてしまった今、D組の彼等には高山の笑顔が恐ろしいモノにしか見えない。そんな中、一人だけ瞳を輝かせて、ゆっくりと立ち上がる少年がいた。彼を見つけた高山も、嬉しそうに笑みを深める。
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