第70話・D組

 暴行されていた少年は、この場での当たりにしていなければ、とても信じられないだろう出来事を思い出しつつ、あんな力を持つ存在が現実にいるのだという事を生まれて初めて実感した。あんな事を人間ができるハズがない、彼は教師陣が屋上へ乗り込んで来たとき、反射的に校内へ逃げようとしたのだが、2Dの生徒たち数名がドアの前をふさいでいて、逃げられなかった。恐る恐る視線を上げた先には、魔物や亜型がセカイのあちこちに存在している事を知っている、暗黒街で生まれ育った少年たちがいた。


 その内の一人が彼の前でかがみ込み、優しげな印象を与えるタレ目で涼しげな黒眼を細めて笑みを浮かべる。両耳には大量のピアス、着崩された制服、寒気のする穏やかそうな瞳の奥には闇が見えた気がした。彼は嵐堂学園の法の番人、風紀委員長だ。そして、広域指定暴力団相川組若頭・柳生やぎゅう組組長であり、柳生組傘下二十組織・総構成員数約三千名を束ねる豪竜会ごうりゅうかい会長・柳生 隆盛りゅうせいの一人息子・柳生 政紀まさのりだ。当然、暗黒街の事情についても、闇のさらに奥に存在するものについても知識がある。彼はゆっくり口を開いた、つむがれる言葉は少年の為ではなく、魔物であろう長谷寺のことを他言させないようにする為の、現在D組に在籍していない彼への処遇しょぐうを言い渡すものだった。


「ここで今日見たことを忘れるな、それから、今日をもって、お前をD組在籍者とする。通達は私が出しておく」


「─…えっ、僕は、僕はなにも悪いことはしてな─」


「そうだ、お前は悪くない。が、残念なことに、此処ここには善も悪も関係ない物事がいくらでも転がってる。お前に殴る蹴るの行為をしたアイツらは、C組に格下げだな」


 この学園のD組が、特別な意義を持っているクラスである事は少年たちにも伝わっているだろうが、統率が取れているこのクラスとC組には、大きな違いがあった。九埜が担任をつとめるC組以外は無法地帯のようなものだ、そういう意味では、少年に暴行していた彼等に救いはないだろう。教師陣は、[BillyBlack]のメンバーを除く全員から話を聞いて、溜息を吐きながら屋上を後にした。因みに、風紀委員長の柳生も[BillyBlack]の一員である。長谷寺、初出勤から三日目にして三度目のやらかし案件、始業を告げる鐘の音が鳴って、まだ二十分も経っていないというのにこのザマだ、ここまで人間を模倣もほうする事に向いていない神域級の魔物はそう居ない。暴行していた生徒たちは教師陣が連れていった、暴行を受けていた少年を目に留めた長谷寺は、あっけらかんとした様子で高山を見て言葉を発した。


「晃ちゃん、あの子、教室まで送ってあげてー」


「良いよ~、ほらおいで〜」


 ゆったりとした歩調でドアに向かってくる高山、2Dのメンバーは波が割れていくかのように道をあけてゆく。まとめられている銀髪が風になびき、アーモンド型の灰色の眼が少年をとらえた。ゾッとするような綺麗な笑みを浮かべた彼は、少年に手を差しだすと、震えながらも握られた手にほんの少しの力を入れて、彼を立ち上がらせた。そして、長谷寺を振り返った高山は[行ってくるね]と告げて、ブンブンと手を振る彼の姿を見ると微笑みながら屋上をあとにした。この展開の早さと思ってもみなかった出来事に、少年は未だ頭が追い付いて行けないでいる。手を引かれて階段を降りてゆきつつ、何か話すべき事はないかと必死で頭を働かせる彼に、高山が先に声をかけた。


「紫陽花、凄かったでしょ?それにしてもキミ、不運というか幸運というか、まぁ一年生だとしてもD組に居たほうが安全だろうから、友達の一人でも出来るといいね〜」


 高山の言う[安全]は、日々穏やかに生きていけるという意味での安全ではない。この地域一帯で生きてゆく為に必要なスキルを身につけられる、結果、自分の身を守れる可能性が高くなる。だから安全である、という言葉に繋がるのだった。





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