第65話・2年D組のトップ

 兄に聞いてくるようにと言われて口にした問いだったのだが、透の表情と言葉に、夜之助はホッと一息つけた。実際は、長谷寺が現れてから、彼の生活は一変した。見も聞きもしてこなかった事柄に巻き込まれ、高位クラスの魔物にしょっちゅう出くわし、目まぐるしく変わる状況に対応してきたせいで、スッカリ感覚が麻痺していた。夜之助が派遣されて来る原因となった昨日の出来事など、迷惑もはなはだしいと言えるのに、それすら賑やかで済ますとは、彼の順応性にも恐ろしいものがある。


「そうですか、良かったです。あのかた兎角とかく…面倒事を生み出してはき回すのが得意なので」


 その通りである、長谷寺はその為に存在している様なモノなのだから。苦笑しか浮かべられない透は、自分用に珈琲をれ始めた。丁度ちょうどその頃、嵐堂学園の職員室から教室へ向かっていた長谷寺、彼は今日の授業をどんなモノにしようかと悩んでいた。長谷寺は、昨日ライフル銃のデッサンを止められてしまった事で、特に面白いと思える要素が無くなったデッサン自体が頭に思い浮かんで、即刻却下という判断をしてしまった。そういえば、と、今日が晴天である事に気づいて、空の下での授業をしてみようと思い付いたのだ。彼はスキップをしながら3Dの教室へ入っていった。


 昨日の事件で面白いことが沢山あった為、その気分は天をも貫く程の勢いで上がっていく一方だった。今日は、2Dの美術の授業をする事になっている。嵐堂学園のD組スリートップの中で、最も実力がある2Dの番長が仕切るクラスだ、どの学年よりも多い曲者くせものたちが集まっているのだが、それは、長谷寺にとって大した問題ではない。[BillyBlack]の一員たちも多くいるが、現時点でそこにも問題はない。何故なら、いま曲者とされる彼等にとっての脅威きょういが、長谷寺自身だからだ。彼等の中には親がいなかったり、ヤサグレたり、家庭環境が悪かったりという様々な経緯で此処ここにやって来た者たちも多くいるが、やはりまだまだ子どもなのだ。授業中に何の悪びれもなくライフル銃をぶっぱなしたり、躊躇ちゅうちょなく人の首を切り落としたり、そういった情報は、昨日のうちに彼等の耳にも入ってきている。長谷寺が魔物であることは伏せられてあるが、今まで見聞きした事も無いような、未知の存在と出くわす事に怯えている者も多数いた。


 倫理も道徳も正義も持っておらず、この世界ページでの常識もほぼ持ち合わせていない。そもそも、それ等を教えられたとして、長谷寺が自身の行動に反映させる事など無いだろうが。この治安の悪い場所で育った少年たちの目から見ても、彼は異質のさらに上をゆく存在だった。せめてもの救いは、非常に珍しい事に、2Dのトップがこんな朝っぱらから授業に間に合うように登校していた事だろうか。このクラスのトップこそ、優秀な側近たちの存在によって暗黒街を牛耳っている[BillyBlack]のボスであり、広域指定暴力団相川組若中・斎賀組組長の兄を持ち、以前抗争が起こった時に巻き込まれて、左眼を失明する大怪我をった隻眼せきがんの死神、斎賀さいか しのぶだ。昨日の一件で、流石さすがに長谷寺を自分の目でも見張る必要がある事を実感して、彼は今日、慣れない早起きをしたのだった。そんな彼と同じ理由で、欠伸あくびをしながら登校してきた複数の生徒たち、彼等もまた、[BillyBlack]の一員だ。それぞれ、自分たちの上に位置する幹部たちから情報を得て、登校してきた。このクラスに於いては、これもまた非常に珍しい光景であると言えよう。恐れるものなど無いと思っていた、色々なものを見て聞いて体験してきて、それがセカイなのだと知っているつもりでいた。そうでは無いことを、今この時に実感している生徒たち、そして、なる様になるだろうと、最早もはや諦めに近い感情で朝のホームルームを終えた担任である吉川は、自分と入れ替わるようにやって来た長谷寺に対して、一言だけ言葉をかけた。





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