第61話・黄金の契約

 九埜は、忍に立ち上がるよう指示すると、その立ち位置を示した。彼女は、自分の胸の高さで手の平を上に向ける。すると、手の上で黄金の炎が燃え上がり、とても分厚い本が一冊現れた。九埜がその本を手にして、あるページを開く、そこに記されているのは、様々な地名と誰のモノかは分からない名前のような文字。店内の全員が注目している中で、彼女が口を開いた。


「─…この地に於いて我は誓う、契約のぬしである斎賀 忍の指示のもと


 忍の足元に、彼の肩幅ほどの大きさをした、黄金に輝く円が浮かび上がる。九埜が言葉をつむぐごとに、その円の中に小さな円が幾つも現れ、象形文字のような細かな模様が描かれていく、彼女の言葉はまだ先へと続いていった。


「外敵を、獅子身中の虫を、我が領域にて[処刑人]としての裁きを下さん事を。九埜 真日留の名の元に…─」


 まるでレースのような美しい魔法陣は、花が咲き誇り散る如く、上に向かって光を放ちながら消えた。九埜が持っている本のページに、一つ地名が増え、名前らしき文字が足される。彼女が言葉を発している最中、その長い髪はより深い黄金に輝きながら宙に浮き、仄暗い黒眼は黄金に揺れていた。幻想的で、れこそ神の御業みわざと言うしかない現象だった。忍の視界にもシッカリとその様子が映っていたが更に、自らの身体中の神経が、細かな金色の糸と結びついてゆくような感覚を味わった。魔法陣が消えて九埜が本を消すと、長谷寺がうるさいほどの拍手をし始める、忍は彼女をジッと見つめて口を開いた。


「これが、[契約の儀式]なんだな…」


「そうッスよ、あたしの契約のやり方はあんな感じ、今回は土地と契約主である忍くんの魂を、あたしと繋げたッス」


 なるほどと、忍や幹部、店内にいる全員が頷く。長谷寺は感激のあまり、思いっきり九埜の華奢な身体を抱き締めた。[凄い]を繰り返し言いつつブンブンと彼女を揺さぶる彼に対して、されるがままだった九埜の口から小さくうめく声が漏れたのを聞き逃さなかった宗士が、力ずくでその動きを止めた。振り向いた長谷寺を見て、宗士は呆れたようにクイッとテーブル席のほうへ顎を動かす。そこには額に青筋を立てて、オールドグラスを粉砕した状態のまま止まっている、セラフィーノの姿があった。


 長谷寺の目から見ても、セラフィーノは九埜の事をとても大切にしている様に映っていた。常に彼女と共にいて、彼女が幸せである事を望み、九埜の自由を願い、いつでもその身に寄り添っている、それを九埜も許している。言葉は見つからなかったが、まるで文喰いの高山が、自分に対していつもそうしてくれているのと同じような、そんな感覚におちいった。とすればセラフィーノは今、大事なものを乱暴に扱われて、とても怒っているのではないかと珍しく察する事ができて、腕の中にいる九埜の身体をそっと解放して少し離れた。そして彼女とセラフィーノを交互に見ると、両手をパチッと合わせて頭を下げる。


「乱暴にしちゃってゴメンね?すごくキレーだったからついー…」


「……そりゃ良かったッス、許すッスよ」


 やはり少々上から目線な物言いの九埜だが、優しく長谷寺の肩を叩いて、自分の肩を回しながらセラフィーノの隣へと戻っていく。しばし歓談ののちに、ゾロゾロと[BillyBlack]の幹部連が勘定かんじょうを済ませて店から出て行き始めた。宗士は幸嶋と共に夜の街へと消えてゆき、忍は側近数名と黒腕、そして吉川を従えて[またな]と言い置いて行った。残った店内の客はセラフィーノと九埜、高山と長谷寺だけだ。九埜は長谷寺が好きな殺し方についての話を聞きつつ、高山はセラフィーノから二人の出会いを聞いている。状況は違えど、それぞれの今の関係性は似たものがあると感じた彼等は、何か困った時には、互いに手を貸そうという口約を交わした。





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