第57話・空は黄昏時

 彼等の様子を見て、九埜は苦笑を浮かべた。長谷寺は他の者たちと違い、遥か昔から魔女と呼ばれる魔物達と触れ合うことが多かった、そこに魔力の大小は関係ない。彼が知っている魔女達は、誰もが同じたぐいの雰囲気を持っている。だから今回も、長谷寺だけは九埜やカミーユが力を解放しても驚かなかったのだ。彼女が[黄昏の魔女]である事までは想像してもいなかったが、あの黄金に輝く魔法陣からして、大物の魔女であったとしても想定外という程の事ではない。黒猫セラフィーノに関しても同じだ、人型もあるだろうし、魔物としての本来の姿もあるはずだと、当たりをつけていた。こういう所に関してだけは、長谷寺は異様に鼻が利く。黒猫姿のセラフィーノが、九埜の肩から飛び降りた、着地した瞬間にその姿が変わる。


「対面では初めましてだなクリミーネ、文喰いも。俺はセラフィーノ・チネッリ、アズミラの出身だ」


 全身真っ黒なスーツ、長い黒髪、アーモンド型の黒眼を持つ四十代ほどに見える偉丈夫いじょうふが、其処そこにいた。暗黒街に行けば、誰もが彼の力を見てみたくなるようなで立ちである。セラフィーノは、故郷の犯罪都市アズミラでよく問題を起こしていた長谷寺の、姿を見たことはあった。その直ぐ後ろを駆け回り、[クリミーネ]の回収をしていた文喰い高山の事もだ。神域級の魔物も混じっている彼等のほうを向いて、優雅な一礼で挨拶を終えると、口元でだけ笑う。


「あ、僕と同じなんだね~。あらためて!お酒飲みにいこーっ」


 細かい事を気にしないにも程があるが、普段通りの調子を取り戻した長谷寺の一言に、彼等はゲンナリとしつつも、彼の能天気さに乗っかってしまおうと決めた。此処ここはもう何十年も前に人間が捨て去った場所で、辺り一帯に何があって、どの道が何処どこに通じているのか、亜型あがたでも人間でも知らない。この地域を誰より把握している九埜とセラフィーノを先頭に、八人は学園都市へ向かっていく。


「そういえば長谷寺先生、カミーユさんが先生に渡した箱、何が入ってるんッスか?」


 首をボキボキと鳴らしながら、夕陽を反射させて輝く金色の髪を揺らして、九埜はほんの少し振り返り、長谷寺が持っている木箱を指差した。初めて学園内で顔を合わせた時よりも、随分と柔らかな雰囲気を纏っている九埜との距離が縮まっているように感じて、長谷寺は嬉々ききとして覚えている限りの中身を列挙し始める。大好きな服、絵本、美しい武器、ヌイグルミ、その辺りまでならまだ良かった。しかし、防腐処理をほどこしているお気に入りの人間の遺体、殺した魔物のかく、ここまで来れば、その中にだけは入りたくないと、思わずにいられなかった…─高山以外の話だが。まだまだ紹介し足りないと言いそうな様子の長谷寺を、吉川が必死に止めた。


「長谷寺先生っ、長谷寺先生っ!」


「どしたの?吉川くん」


「えー…オススメの酒とかありますか?」


 突然名前を呼ばれて、キョトンとした顔で振り返る長谷寺に、一瞬何を言えば彼の興味が宝箱の事から逸れるかと考え、咄嗟とっさに酒の話題なら食いつくかも知れないと思ったのだ。吉川の予想通り長谷寺は空を見上げ、人差し指を桜色の唇に押し当てて考えながら、ポロポロと思い付くまま甘口のカクテルの名前を挙げていく。空は黄昏時たそがれどき、立ち止まってしまわない様に高山が長谷寺の手を引き、反対側には黒腕が頭の後ろで自分の手を組み合わせてのんびり歩き、その後ろに幸嶋と吉川と透がいる。ここで吉川は、気づかなければ良かったと多少の後悔をともなう事実を知ってしまった。


(…もしかして、この中で人間、俺と透だけなんじゃ…─)


 そう、こんな組み合わせは非常に珍しい、魔物が五人、亜型が一人、人間が二人。亜型はどちらかと言うと人間に近いとも言えるが、人間が遥かに多いはずのセカイで、魔物が多数。だからといって何がどうなる訳でもないが、若干の心細さというものを吉川は感じたのだった。





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