第55話・BillyBlack

 人型に戻った長谷寺を見た瞬間、九埜が彼より一歩前に出る、もう長谷寺は何をする気も無くなっていた。高山が右に、黒腕は左に出て数十人ずつ腕を振り上げた時に発生した風圧で人間たちを潰した。ぶちけられる鮮血の雨は、たちまち血の海を作り、それを目にした九埜とセラフィーノは溜息を吐いた。そして[まぁ血ならば問題ない]と考え、生き残っている者たちが銃のトリガーを引く前に両腕を広げると、またたきの間に、黄金に輝く大きな魔法陣が展開された。


 男たちは、目の前で何が起こったのか理解出来ぬまま、勢いに任せてトリガーを引いたが、黄金の盾はビクともしない。その事に驚いたのは彼等だけではない、セラフィーノと長谷寺以外の全員だ。此方こちらを向いている者たちの視線を無視して、九埜はまだ盾を展開したまま黙っている。今度は、黒猫姿のセラフィーノが口を開いた。


「おい、そこの亜型あがた、合図してやれ」


 猫が、しゃべった。吉川と幸嶋、黒服の男たちが驚愕の表情を浮べて、セラフィーノを注視している。彼は車で移動している途中に感じた気配がずいぶん近いことを思い出し、こういう時にとるべき彼等の流儀のような行動があるのだろうと、言葉を発したのだ。セラフィーノに話しかけられた[亜型]とは幸嶋のことだ、彼は、いま自分たちがいる廃ビルの外から、風に乗って漂ってくる匂いが幸嶋の纏っている匂いと同じである事を確認した。あまりに予想できない事態が続いて頭から抜けていたが、彼には、力を持たぬ余所者よそものが暗黒街を仕切る[BillyBlack]に喧嘩を売ってきたとき幹部が取るべき行動を実行する。何も持たず、常にON状態の無線機に拾われる声量で、たった一言。


れ」


 男たちは、九埜が作っている盾を何とかできないかと只管ひたすら銃撃していたが、黄金の魔法陣の美しい模様を変化させることはできない。彼等の中で、自分たちには人質がいるという事を思い出した男が一人、透に銃口を向けて怒鳴ろうとしたが、それは叶わなかった。ずっと長谷寺の宝箱を持たされていた男が、透に銃口を向けられた瞬間に自分の銃を腰から引き抜いて、仲間である筈の男の頭部を後ろから一発で撃ち抜いた。


 それを目の当たりにした長谷寺以外の全員が、どういう事なのかと思ったが、次の瞬間には、男が透を守るように椅子ごと床に倒しておおかぶさる。そうなるのを待っていたと言わんばかりのタイミングで、[BillyBlack]の者たちが背後から縄を使い、突入して来ながら背を向けている男たちに向かって銃弾を発射していく。顔の上部を覆う仮面を付けた集団、彼等の狙いは外れない、身軽で、強く、美しく、舞うように、新参者への容赦ない攻撃が続く。


 彼等は、全員が殺されている訳ではない。殺す者、生かす者をり分けているのだ。新参者だから、余所者だからと全員を殺していては、暗黒街の風景は何も変わらない。規格外である魔物たちの事はさて置いて、この世界ページの、暗黒街にすまう人間達のセカイには、其処そこに組織として存在する事を許されるだけの、通すべきすじがあり、流儀がある。彼等は初手を間違えた、コレは、それを思い知らせるための制裁せいさいだった。


 彼等が突入してきた瞬間に、人質であるハズの透をかばっていた男は、瞬時に敵ではないと判断されて見逃されているが、銃声が鳴り続けている間はそこを動くまいとして態勢を変えない。目の前で繰り広げられている光景をただ見ながら、九埜は考えていた。今回のことに関しては、人間のセカイのことを、自分たちで解決させてやるのも構わないかも知れないと。彼等人間たちが自ら捨てたこの縄張り内に、ドカドカとやかましく踏み込んできた事は、なにか詫びの一つでも貰いたいものだとは思ったが。





.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る