第54話・暴力という名の秩序

 長谷寺の宝箱を持った状態で硬直している男は、冷や汗を流していた。何故こんな場所で、こんな恐ろしい物を持たされているのかと。そして、手の上の木箱を決して落とさないようにシッカリと握り締めていた。男は確かに街の規範を知らなかった、だが、この木箱を此処ここに持ってきてしまった事だけは、してはいけなかったと痛感している。彼は、この廃ビルの仲にいて、ただ一人の人外だったのだ。


 いま此方こちらに向かって来ている者たちの気配が、徐々に近づいてきている事にも気付いている。さっさと、箱と青年の身柄を返してこんな組織とおさらばしたいと思っている男だったが、そういう訳にもいかない。彼だけは、いざという時に透を守らねばならないと覚悟を決めて、此処ここにいるのだ。[楽勝だったな]等と、まだ何も知らずに笑顔で会話をしている男たちに対して、沸々と殺意が湧いてくるのをこらえている。かなりの人数が、彼等がいる場所に近づくのを感じると同時に、男はゾッとした。慣れているハズのそれより、ずっと生々しくドロドロとした殺意の塊に。どんな場所にも、怒らせてはならない者が存在する、それがココでは彼等だったのだと理解した男は、他の者たちに気付かれぬようジリジリと重心を下げながら、いつでも透を守れる体勢へと移行していく。


 その頃、ちょうど車のドアが閉まる音が響いた。六人と一匹、姿は見えないが[BillyBlack]の幹部連も勢揃いだ。黒腕と高山は、こんな怖い思いをさせている人間たちなど、根絶やしにしてやろうと殺気に満ちている。自分たちの縄張りに踏み込み、好き勝手なことをやり散らかした彼等を、どう殺してくれようかと考えを巡らせている九埜とセラフィーノ。一刻も早くこの場を去りたい吉川と、面倒事は御免だと言わんばかりの表情を浮かべている幸嶋、指先からほんの少しずつ魔物化していく長谷寺。彼等の場慣れしている様子に、今さら不気味さを感じている男たち。廃ビルに踏み入る前から、彼等は怖気おぞけに襲われていた。全員がビルの一階部分に入りきったとき、先頭を歩かされていた長谷寺がニッコリと笑って振り向き、口を開く。


「飛鳥ちゃん、吉川くんと一政くん守ってくれる?」


「了解です」


 言い終わるか否かという瞬間に、黒腕の手に押さえ込まれる形で吉川と幸嶋がしゃがみ、高山は天井に張り付き、九埜は身体を反らして長谷寺の放った攻撃をかわした。しかし、周囲にいた人間たちは、目の前にいる彼等が何者なのか知らなかったがゆえに、その首が一斉に吹き飛ぶ事になったのだ。立ち上がった六人と一匹は、上の階に向かっていく、此処ここは廃ビルだ、防犯カメラなど作動していない。


 数階上で待っている男たちは、いま何が起こったのかなど知る由もない。仲間たちが目的の人物を銃で脅しながら、自分たちがいる場所まで進んで来ていると思い込んだままだ。あの攻撃の時、九埜とセラフィーノは、長谷寺が魔物の姿に戻っていることを視認した。誰が魔物で誰が魔物でないかを確認し、このあとどう動くか、学園内での接点もある事を考慮して彼等にも、この際自分たちが何者であるかを教えておくのも悪くないと結論付けた。取り敢えずは、現状をどうにかしてからの事だが。


 階段に配置されている男たちを、まるで蚊でも潰すように容易たやすひねり潰しまくって上の階へ進む彼等は、さながら地獄絵図を描きあげていく一種の画家だ。そうして、彼等は目的の階に辿り着いた。血塗れの少年や青年たちが、音もなく入って来たことに驚き硬直してしまった人間たちと透、木箱を持っている男。長谷寺の視線は、まず透を捉えて、自分の宝箱を持っている男に移った。彼は少し不思議そうに首を傾げると、銃を向けられた状態でパチンッと指を鳴らして人の姿へと戻る。





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