第50話・不穏な気配

 生徒たちが全員出ていったのを確認して、長谷寺はライフルバッグに銃を仕舞うと、それを結ってある髪の中に放り込んだ。そして国語辞典を片手に持ち、美術室から出ていこうとした所で携帯端末がメッセージ着信を知らせて来た。聞き慣れない音に、彼はさま反応して画面を見ると、教卓の内側を探る、そこにあったのは盗聴器だ。


 いつ、誰が、何のために仕掛けたのか、長谷寺には皆目かいもく見当もつかない。メッセージを送ってきたのは、高山だった、[教卓を調べろ]といった旨の文章に従ってみると、小さな機械が貼り付けられていたのだ。他の場所も調べてみると、いくつか違う形状の物が出てきた。長谷寺はそれらの小さな盗聴器を見つめながら、これは何のための装置なのかと首を傾げつつ、のんびり歩いて情報源に連絡をしてみる。


「あ、もしもーし、コレなぁに?」


『とりあえず、手に持ってるちっちゃい機械、全部壊して』


 言われると同時に、彼は拳を握り込んで、見つけた装置を全て潰した。その音を聞き取り、高山は溜息を吐いてから言葉を紡ぐ。


『いま壊した機械ね、盗聴器っていう装置で、離れた所にいても盗み聞きができるように人間が作ったやつなんだよね』


 自分の存在が、人間の目から見てどう映るかなど、長谷寺にとってはどうでも良いことだった。だが、人間の多いこの世界ページでは、長谷寺のように力が強く自由な魔物は脅威にしかならない。高山は、この事を彼に伝えようか伝えまいかと悩んだ末、今の彼が一番好きだし面白いと思い、伝えないでいる事にした。八万年もの間に、長谷寺がブチ切れたことは何度かあった、他者にとってはガラクタ同然のものであっても、彼にとってはとても大切にしていた拾い物だったり、友人から貰った小さなヌイグルミや絵本だったり、それらを奪った者に対して、長谷寺は圧倒的な暴力でもって裁きを下す。


 そんな事が何度かあって、長谷寺のために作られたのがあの宝箱だった。長谷寺にしか開けることは出来ないが、持ち出すことなら誰でもできる。故郷や、誰の物か判別できる魔物が多い世界ページでは、決して盗むなどしない、死の宣告を自分で受けに行くようなものだ。そして今、起こってはならない事態が起ころうとしていた。


 教師たちに混ざって美術室へ押し入ってきた人間の中に、長谷寺の力を手にしようとしている組織の者が数名、どさくさに紛れて踏み込んで来ていたのだ。彼等は、長谷寺の弱味を握ろうと盗聴器を仕掛けたはいいモノの、全く手出しが出来なさそうな人物の名前や、狂っているのか単なる馬鹿なのかと思わせる言葉しか出てこない。そんな情報ばかりの中で唯一まともだったのが、長谷寺にとって大事な人間[酒城 透]という存在だった。


 だが、長谷寺も高山も、その時の質疑応答の内容は覚えていなかった。耳と鼻がいい高山は、自分が美術室に入る少し前に盗聴器を取り付ける音を拾ったし、話も聞いていた。だがバックに迅が控えているような人間を、どうにかしよう等と考える人間がいる筈はないと思っていた。端的に言葉にするなら彼等はただ、この世界ページにある暗黒街を含んだ学園都市の規範を何も知らない、新参者の集団が合体した軍隊みたいなものであった。


 この日、一日を無事に終えて朝の言葉通り九埜 真日留を迎えに行くと、彼女はタバコを吸いながら、黒猫セラフィーノを肩に乗せて長谷寺を待っていた。そして、彼の後ろにゾロゾロと付いてきた面々を見た九埜は、長い溜息を吐いた。そこに居たのは、文喰いの高山、監視役の幸嶋、誘導役の教師である吉川、仲の良い黒腕、今の学園で一番名前が上がりやすいだろう人物たちだ。九埜は、まるで厄日だとでも言わんばかりに渋々と重い腰を上げる。こうして、六人と一匹は大注目されながら学園の正門をくぐって出ていった。





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