第49話・大事なヒト

「先生の敵は?どんな人?」


 この言葉に、長谷寺の手が止まった。そして人差し指を桜色の唇に押し当て、小首をかしげながら考え始める。彼は敵意を持って誰かを殺すことが、あまり無い。ただ通り道を意図的にふさがれたり、明確な意思をもって攻撃されなければ、それを敵として認識したりはしないが、ちょくちょくあるのは[なんか邪魔]で殺すことだ。


 それを長谷寺がつたない言葉で生徒たちに説明すると、彼の道を塞いではならないという答えに辿り着いた。この世界ページにも喰闇鬼一族が拠点を置いている場所がいくつもあるのだが、ここでの彼等は[黒柳組]という極道一家だ。自分達が動けば都合が悪い時などに、殺し屋として動ける者を手配することがある。長谷寺も、宝石と引き換えに何度か手伝ったりもしてきた。そういった面でだけ言うのならば、知り合いの敵が彼自身にとっての敵になる事は多いのかも知れない。ほんの少しずつ、この教師の異様な不気味さと妖しさに慣れてきた他の生徒からも、質問が上がって来るようになっていた。


「センセーはさ、大事な人とかいないの?」


「大事な〝ヒト〟?」


 長谷寺にとって、[人]=[人間]な訳だが、そうなると一気に浮かぶ人物が減る。高山や黒腕は魔物であるし、迅も亜型人形あがたひとなりだから人間ではない。そこまで考えて、漆黒の髪に、切れ長の黒眼を持つ美丈夫の姿が思い浮かんだ。酒城 迅の実弟で、長谷寺が知る数少ない人間、酒城 透だった。世話になっている人間という意味で、大事な人間である。


「トールちゃんかなっ」


 ニッコリと微笑んで言われても、その名前だけでは何処どこの誰だか分からない。全員が頭をフル稼働させている中で、[REI]のマスターと一緒に初出勤してきたことを思い出したのは、斎藤だ。確か彼には弟がいたはずで、その弟の名前が[透]ではなかっただろうかと、思い当たった。


「あのバー[REI]のマスターの弟?」


「そーだよーっ、おせわになってるからー」


 理由はソコなのかと思う一方で、生徒たちは不思議に思った。近しいであろう迅でもなく、よく助け舟を出しているらしい高山でもなく、今日一緒に仲が良さそうに登校してきた黒腕や幸嶋でもない。


「…高山さんとか、[REI]のマスターは?」


「えっ?[大事なニンゲン]でしょ?」


 この言葉に、サーッと血の気が引いていく生徒たち。何故なぜそこだけ微妙なカタコトなのかも気になるし、彼等がまるで人間ではないかの様な答え方だ。斎藤は、何とか長谷寺に待ったをかけた。まるで、よく分からない不可思議な、都市伝説の一つの世界にでも迷い込んでしまったような感覚におちいった。長谷寺の忘れっぽさは、せかいの創造主の御墨付きである、此処ここは人間が多数を占める世界ページだという事をスッカリ忘れ去っていた。


 目の前で小首を傾げる教師に対して、空恐ろしいものを感じる彼等に、救いの手が差し伸べられた。授業の終わりを告げる、鐘の音だ。長谷寺は自分が描いた猫の絵を眺め、満足そうに頷いていたが、生徒たちに向けて見せられたソレは、猫というより虎に見えた。彼が描いていたのは、高山の本来の姿だったのだ、もっとも、あまりにもバランスが悪いせいで、猫にも虎にも、何となくそうであるように見えなくはない程度だが。


「じゃー今日の美術は終わりだねっ!またねーっ」


 元気に、今回の授業で何も起こらなかったとでも言わんばかりの笑顔を浮かべ、解散の言葉を口にした長谷寺。窓は銃弾で割れ、床には空薬莢からやっきょうが六発分落ちたままであるし、美術室のドアは一部、彼の手形状にへこんでいる。しかも、授業途中に教師たちが銃をたずさえ、戦闘態勢で乗り込んでくる場面もあった。普段なら、彼等が経験しないような事ばかりが起こった授業だっただけに、疲労困憊ひろうこんぱいの生徒たちはヨタヨタと歩きながら美術室を出ていった。





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