第24話・神域級の魔物

 この状況を作り出した長谷寺は、酒城さかき兄弟の様子を見て両手をポンッと打ち、カウンター内へ入っていった。そして並んでいる二人の間に立つと、その背中に手のひらを軽く当てて、そのまま後ろへとなにかを引き抜く動作をした。すると、迅も透も夢からめたように、普段通りの様子を取り戻す。


 彼等の身体から引き抜かれたのは、風呂場前で二人の中に一滴のしずくほどの量だけ入り込んだ、魔物でない者には見えない神気と邪気だった。膨大ぼうだいな質量を内包ないほうする自分の中にあったソレが、兄弟の体内で、闇と光と夢幻ゆめまぼろし、悪とのろいと誘惑へと形無きものへ変化し始めていることに気づき、みずからの体内へ戻したのだ。放っておけば、二人はその形を無くして長谷寺の一部になっていただろう。


 せかいには、本来、魔物が持っているはずの魔力や瘴気しょうきを持っていない人間よりは丈夫な人型の生物[亜型あがた人形ひとなり]として分類される者もいる。そういう存在がいる世界ページへ行くには、神域しんいきクラスの魔物でない限りは瘴気を抑えれば良いだけだ。長谷寺の故郷では、瘴気が人間たちの暮らす天上界へおよぼす悪影響を取りのぞき、自らの体内で循環じゅんかんさせるアクセサリー型の装置が、随分前にストラーナによって開発されており、故郷では、ほぼ全ての魔物が身に付けている。


 それは長谷寺も例外ではない、親指に瘴気を完全に抑えるための指輪をめている。だが更に彼は、黒聖石こくしょうせきで造られた分厚く高い壁と、神王しんのうティード・マルファスがほどこした超結界で、厳重に他の地区と隔絶かくぜつされている犯罪都市アズミラ出身。そこから出るためには書類へ血判けっぱんを押して、一部の能力を制限するアクセサリーをける。彼の首に付けられたプラチナ製の細いチョーカーがそれだ。


 この亜型あがた人形ひとなりのような存在がいる世界ページへ行く神域しんいきクラスの魔物は、身にまとう神気や闘気を自身でコントロールしなければならない。その上、邪神であり妖魔でもある長谷寺は、妖気と邪気も同時に抑え込まなければいけないのだが、今まで故郷を出るときは、せかいあるじが大体は一緒だった。この世界ページに来るたびにシッカリ言い聞かせていた、毎回[本来の姿に戻ってはならない]と。しかし、ここに彼は居ない。


 忘れっぽい長谷寺は、ほんの数日で今まで言われ続けていた事を完全に忘れたのだ。あるじに怒られそうだと、今になって思いながら取り敢えずカウンター席に座り、目の前に置いてあったカクテルを飲み始めた。あるじもまさか、彼がそこまでの忘れやすさを誇るとは思いもしなかっただろう。その様子に、あとで色々聞かねばならないと決めた迅と透。長谷寺の隣に座っている石川と千歳は、自分たちは一体ここへ何のためにやって来たのかを、真剣に思い出そうとしている。


「あっ、そうだ!白夜くんと泰地くんはどしたの?」


「や……えー…」


 このBARの空気と、席にいてからの目紛めまぐるしい状況の変化もあって、二人はスッカリ畏縮いしゅくしてしまっていた。もう外では陽が暮れ、夜のとばりがおりている。極道、マフィアに属する客が少しずつ増えてきている中、それでも帰らない子ども二人に、大人たちは関心を持ち始めていたが、彼らの横にいる長谷寺へのおそれで、ひっそりと様子をうかがうにとどめていた。


 石川が二杯目のコーラを注文し、千歳が透への奢り一杯目と自分の二杯目のカクテルを注文、長谷寺がダイナマイト・キッドを注文したとき、店のドアが[バァーンッ]と勢い良く開いた。そこには、風圧でサラサラとなびく薄茶色の髪に、涼しげな同色の眼の美丈夫、血だらけの白衣を着てニコニコと笑うストラーナ。彼を視界に入れた店内の客も、カウンター内の酒城兄弟も、長谷寺以外の全員が固まる。中にはストラーナを知る者もいたが、実際に本人を見たことがあるのは、彼と迅だけだった。しかし、迅はストラーナので立ちに長谷寺と同じものを感じて、嫌な予感がしていた。





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