第57話 罰

「フィエルテです」

「……入りなさい」


 アマルティア教団暗殺部隊による王子暗殺未遂事件から二日後。

 病床にせる現国王、トルシュ・カンセ・アルカンシエルの部屋を第二王子のフィエルテが訪れていた。此度の事件の事後処理について、指揮しきるものとして幾つか報告があったためだ。

 顎髭あごひげたくわえたトルシュ王の体は病の進行によりやせ細り、ほおはこけ、目も落ちくぼんでいた。立ち上がることもままならず、ベッドの上で上半身だけを起き上がらせた姿は、実年齢の53歳から、さらに30歳は老け込んでいるような印象を受ける。


「……国内外の混乱は覚悟の上で、アマルティア教団の刺客の侵入とレーブの死をおおやけのものにすることとしました。無論、虚実きょじつを織り交ぜます。予期せぬアマルティア教団の襲撃により、兵士達の奮戦も虚しく、標的の一人であったレーブが不幸にも命を落した。世間にはこのように発表いたします。民衆はレーブの死をいたみ、アマルティア教団に対する怒りをより強めることとなるでしょう。王室の威信いしんは守られ、幼き王子の仇討あだうちという形で対アマルティア教団の志気も向上します」


 僅か10歳の王子が教団と内通し、身内である王子たちの命を狙ったなどという真実を公表するわけにはいかない。国民に嘘をつくことは不本意だが、王国の未来を考えれば真実を歪めて発表する他ないのだ。

 大陸の情勢が不安定なこの時期に、王室内に不和があったなどと知られてはいけない。此度の事件に関しては、真実が決して外部に漏れないように情報統制を徹底している。レーブ自身が騒動を起こしたのが王城ではなく、ビーンシュトック邸であったことは不幸中の幸いだった。王城内ならばシュトゥルム帝国側の人間であるゾフィーらに感づかれる可能性もあったが、直接現場を見られていない以上、誤魔化しがきく。聡明なゾフィーのこと、公表された情報をいぶかしむだろうが、フィエルテが情報統制の指揮を執っている以上、決定的な証拠を掴まれるようなことは絶対にない。


「素晴らしい対応だ。流石はフィエルテだな」


 我が子の仕事振りに感嘆かんたんし、トルシュ王は青白い顔に笑みを浮かべるが、


「……何を笑っておられるのですか? 王子が、家族が一人死んでいるのですよ」

「あれを家族と思ったことなど一度もない。最後の最後まで私に迷惑をかけおって、やはりあれは忌子いみごであった」

「……おおむねの事情は弟たちから聞き及んでいます。レーブを凶行に走らせるきっかけを作ったのはあなたでしょうに。例え愛情を持てないでいても、せめて墓場までレーブに対する無関心を貫いてくれていたなら、このような悲劇は起こらなかった」


 いつだって冷静なフィエルテが、レーブの名を出した時だけは怒りと悲しみに声を震わせていた。公務と事件の事後処理とに追われていたが、その間にも弟をうしなった悲しみは常に胸中に存在していた。当然、実父に対する激しい怒りもだ。


「……お前まで、私を軽蔑けいべつするのか?」

「……私は10年前のあの日から、ずっとあなたを軽蔑してきましたよ。あれ以降、過剰な反抗をしなかったのはあなたを許したからではない。国を思えばこそ、親子間で余計な衝突は避けるべきだと考えたからだ。愛想はとっくに尽きている」

「……王に対する侮蔑ぶべつの言葉、我が子といえども許さぬぞ」

「好きなだけ粋がっているといい。まともに責務もこなせず、ただ死を待つだけのあなたに何が出来る? 医師が申しておりました、父上はもって一カ月程度の命であると。すでに宰相さいしょうや王侯貴族たちも国の将来を考え、ドゥマン兄さんを中心とした新体制の構築に入っている。これからはドゥマン兄さんの時代だ! 願わくば、成長したレーブにも共に兄さんを支えて欲しかった」


 激しい怒りを宿していても、流石に病床の父に手を上げるような真似はしない。あくまでもフィエルテは、強く鋭い語気で実父の心へと斬りかかっていく。


「安心してください。あなたの犯した過ちは決して表に出ぬように徹底いたします。これ以上、余計な混乱を生むわけにはいきませんからね。あくまでもあなたは平時の王として、国民からはしたわれたまま死んでいく。これが私の最後の親孝行ですよ」

「……」


 フィエルテから発せられた最大限の皮肉を受け、トルシュ王は病んだ顔を屈辱に歪めていた。


「報告は済ませまたし、私はこれで失礼することとしましょう。多忙故に、直接顔を合わせるのはこれで最後とする所存。今後は報告があれば、文官か文書を通してとすることとします。父上とて、私のような憎らしい息子とはもう顔を合わせたくはないでしょう。次に父上の顔を拝むのは、棺桶かんおけ越しとなるでしょうかね」

「フィエルテ!」

「……これまでも確執の大きかったシエルや姉さんは元より、真実を知った今、あなたを慕っていたペルルももうこの部屋へ寄り付こうとはしないでしょう。我ら兄弟一同、あなたの死に目に立ち会うつもりもありません。どうぞ一人孤独に最期をお迎えください。それこそがあなたの犯した過ちに対する罰です」


 静かな口調とは裏腹に、フィエルテは感情的に荒々しく扉を閉め、トルシュ王の御前ごぜんを後にした。

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