第53話 約束は出来ない

「ソレイユ様。お怪我を!」

「あなたはもう少し自分の心配もなさい。ともあれ無事で何よりです、クラージュ」


 屋敷のエントランスでは、律儀りちぎに本館まで戻って来たクラージュがソレイユを出迎えていた。

 シエルとカプトヴィエルはペルル達と合流すべく、一足先に別館の図書室へと向かった。内心ではシエルも自らソレイユを迎えたかっただろうが、妹と弟の安否確認は何よりも優先させなくてはなるまい。


「現在は念のためウーとファルコ殿が屋敷内を見回っていますが、事態は沈静化ちんせいかしたと見て問題無さそうです。直ぐにシエル様たちと合流いたしますか?」

「もちろんです。武人であるシエルはともかく、ペルル達にはさぞ不安な思いをさせてしまったことでしょう。顔を見せて安心させてあげないと」

「分かりました。早速移動しましょう」


 堂々たる表情でソレイユは別館へ向けて歩き始めた。

 数歩遅れて、ニュクスとクラージュが後に続いていく。


「……客人はアマルティア教団の所属だそうだな」


 目は合わせぬまま、クラージュは小声で切り出した。


「ようやく気付いたのか」

「憎まれ口を言ってくれるな……気づいていなかったのは、確かに私の落ち度だが」

「今日の戦闘で、誰かから聞いたか?」

「ああ。客人の正体を明かされた上で、混乱に乗じて客人が再びソレイユ様に牙を剥いたらどうするのかと、そう言われたよ」

「何て答えたんだ?」

「もしもの場合は私自身の手で排除する。そのためにもまずは目の前に立ち塞がるお前を排除すると、そう言ってやったさ」

「かっこいいね。惚れ直したよ」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ニュクスはクラージュの鎧を肘で小突いた。一応は傷を気遣い、体に響かぬ程度の力加減にしておいた。


「茶化すな……偉そうなことは言ったが結果は辛勝。客人やソレイユ様と合流出来たのもたったの今だ。仮に何かが起こっていたら、私は間に合っていないということになる。あまりにも情けない」

「相変わらず生真面目な男だ。結果的には問題無かったんだから、取り越し苦労で良かったと、もっと気楽に考えればいいだろう」

「……客人には感謝している」


 神妙な面持ちから突然発せられた感謝の念に、ニュクスは思わず面食らってしまう。


「何だよ、急に」

「ソレイユ様と共に戦ってくれたことをだ。客人の動向に不安を抱いた私を許してほしい」

「騎士様の思考は至極真っ当だ。むしろ俺の正体を知った今、不信感がより強まったとしても仕方がないくらいなのに、どうして謝る?」

「決して不信感が払拭されたわけではないが、純粋に嬉しかったものでな」

「嬉しい?」

「内心では、客人と再び敵対するような展開は望んでいなかった。望み叶って、客人がソレイユ様の力となってくれたことが、私は嬉しい」


 微笑みを浮かべ、クラージュがニュクスの肩へと二度触れた。クラージュとの慣れない距離感に、普段は翻弄ほんろうする側のニュクスの方が困惑気味だ。


「成り行きでそうなっただけだ……調子狂うな」

「結果的には問題無かったのだから、もっと気楽に考えればいいだろう」

「騎士様、初めてあった頃よりも性格悪くなってないか?」

「皮肉には皮肉で返すのが一番だと、どこからの誰かから学んだものでな」

「さて、一体どこの誰だろうか」


 とぼけた様子でニュクスは肩をすくめるが、次の瞬間には表情が引き締まる。


「……俺はアマルティア教団所属の人間だ。そんな人間が近くにいても、本当にいいんだな?」

「少なくともソレイユ様のお力になろうとする客人の姿勢は評価に値する。客人はもう、立派な我が方の戦力だ。一戦交えた際に、感情的に追い出すような真似はしないとも約束したしな。無論、警戒はおこたらん。少しでも不穏な動きを見せたなら、その時は覚悟しておけ」

「お嬢さんの戦力としての活躍は約束しよう。共に戦う者として、俺もあんたの実力は高く評価している」

「お褒めに預かり光栄だ。光栄ついでに、一つだけ頼み事をしてもよいか?」

「何だよ?」

「もしも戦場で私に何かがあり、その時ソレイユ様の一番近くにいるのが客人だったなら、全力でソレイユ様を守り抜いてくれ」

「俺みたいな人間とする約束じゃないだろう」

「もしもの話だ。言っただろう、ソレイユ様のお力になろうとする客人の姿勢は評価していると」

「……すまないがその約束には応えられない。お嬢さんの身を案じるなら、もしもなんて考えずに自分でどうにかしろ」


 クラージュ個人のことは決して嫌いじゃないが、アサシンとしての立場から軽々けいけいにそのような約束事を結ぶことなど出来ない。ルミエール領を発つ際のイリスとの約束を経た今、ニュクスは約束という響きにとりわけ敏感だ。


「もっともな意見だ。もしもなど考えるだけ時間の無駄だな。私はソレイユ様の盾として、何人にも敗北するつもりはない」


 安易な優しさなど見せないニュクスの姿勢に、クラージュはむしろ刺激を受けたようだ。己を奮い立たせるように、力強くそう宣言した。


「それでこそ、クラージュ・アルミュールだ」

「珍しいな。客人が名前で呼ぶなど」

「もう呼ばない。貴重な一回だからよく耳に留めておけよ、騎士様」

「相変わらず面倒くさい男だな、客人は」


 苦笑交じりに溜息をつくクラージュの表情は、どことなく嬉しそうであった。

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