第23話 人助けの精神

 グロワールの中心部にある傭兵ギルドには、仕事を求めて今日も多くの傭兵が集まっていた。

 従来の傭兵の仕事は、キャラバン隊や旅行者の護衛などが中心であったが、野生の魔物の増加やアマルティア教団の宣戦布告により状況は変化。これまでは騎士が中心になって行っていた魔物討伐や盗賊対策といった仕事が傭兵に回ってくる機会も、これまでよりも多くなってきている。

 自衛のために傭兵を雇い入れる貴族も増加しており、中には未熟な騎士たちを鍛え直すために、腕利きの傭兵を指南役として雇用している地域もあるという。

 いずれにせよ、大陸全土で傭兵の需要じゅようは高まっており、不謹慎ふきんしんながらも大陸に危機が広がっている現状は、傭兵たちにとっては名声を手に入れる大きなチャンスでもあった。

 

「よう兄ちゃん。繁盛はんじょうしてるかい?」

「とりあえず、日々の生活費分くらいはね」


 仕事の依頼が張り出されている大きな掲示板の前で、二槍を背負った金髪の傭兵に、センター分けの赤毛と無精髭ぶしょうひげが印象的な、30代半ばくらいの傭兵が陽気に声をかけた。

 二槍の傭兵がグロワールの街へやってきて二週間弱。傭兵国家と名高いアルマからやってきた実力者の噂は瞬く間に広がり、二槍の傭兵は街の中ではちょっとした有名人となっていた。傭兵たちにも人気の食堂の看板娘を救ったこともあり、高感度も上々だ。


勿体もったいねえな。兄ちゃん程の腕前なら、もっとたくさん稼げるだろうに」

「生活費と旅費と多少の貯金、それと武器の手入れに必要な分だけ稼げれば、僕はそれでいい」


 傭兵たちに一番人気のある仕事は、キャラバン隊や貴族の護衛任務だ。

 依頼主が豊富な資金を有していることもあり報酬は高額。近年、魔物の動きが活発化していることもあり、以前と比べると護衛中に魔物と遭遇する機会は増えたが、腕に自信のある傭兵ならその程度は大したリスクにはならないので、実に美味しい仕事だといえる。

 

 対して魔物討伐や盗賊対策の仕事は、個人や行政からの依頼が大半。商人や貴族に比べたら、庶民では報酬として用意出来る額が少ない。行政側も傭兵の雇用にあまり予算を割いてはいないためこちらもやはり少額。今月に入り、行政からの補助金という名目で多少は報酬額が上がったが、それも微々たるものだ。

 儲けが少ないという実にシンプルな理由から、これらの依頼は傭兵からの人気が低い。報酬など二の次と考える正義感の強い傭兵たちの善意によって、これらの依頼も一応は回っているが、需要と供給のバランスが取れているとはお世辞にも言い難い。


 二槍の傭兵は幾らでも仕事が舞い込んできそうな高い実力を持っていながら、もうけの少ないこれらの仕事を率先して行っていた。無精髭の傭兵が「勿体ない」と言ったのは、そういった事情からだ。


「金に執着が無いとなると兄ちゃんもあれか、人助けが好きなお人好しか?」


 無精髭の傭兵は決して二槍の傭兵を馬鹿にしているわけではない。これは純粋な興味だ。

 平和な時代が長く続いた弊害へいがいか、純粋な正義感を持ち合わせた傭兵は、昔と比べると確実に減っている。

 

「僕自身がお人好しかどうかは分からないけど、傭兵は人助けの精神を忘れてはいけないと、師から習ったものでね。魔物や盗賊による被害は切実な問題だ、放ってはおけない。もちろん商人や貴族の護衛もとても大事な仕事だけど、そっちは報酬が高額なこともあって人材は足りているだろうしね。態々ぼくが出向く必要はないよ」

「人助けの精神か、耳が痛いね。俺なんてどうしたって報酬で仕事を判断しちまう」

「生きていくにはお金が必要。より多くのお金を稼ぎたいと考えるのは当然のことだよ。僕だって高額な依頼を受けることはあるしね」

「しっかりフォローしてくれるあたり、やっぱり兄ちゃんはお人好しだよ」


 二槍の傭兵の人柄が気に入ったのだろう。無精髭の傭兵は豪快に笑った。


「兄ちゃんは傭兵になってどれくれらいだ?」

「11歳からだから、今年で10年になるかな。修行自体はもっと前からしてたけどね」

「アルマ出身とはいえ随分と早いな。何か目標か、切迫した事情でもあったのか?」

「なるべくしてなっただけだよ。僕にとって傭兵とは職種ではなく、生き方そのものなんだ」

「生き方か」


 何をもって生き方と称したかは分からずとも、二槍の傭兵の言葉にどことなく説得力があり、無精髭の傭兵は感心して頷いていた。

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