第45話 英雄譚

英雄えいゆう騎士きしアブニールの伝承でんしょうは知っていますね?」

「もちろんだ。この大陸に住んでいる者でその伝承を知らないのは、生まれたての赤子くらいのものだろう」


 英雄騎士アブニールとは、500年前に邪神ティモリアを封印した英雄であり、そのカリスマ性を持って多くの小国をまとめ上げ、大陸の中心にアルカンシエル王国を築き上げた初代国王でもある。


 当時の大陸は領土や資源を巡る小国同士の争いに加え、災害と同義どうぎである邪神ティモリア率いる魔の軍勢による無差別的な襲撃が多発する、流血絶えぬ混沌こんとんの地であった。


 アブニールは魔の軍勢の襲撃を受け滅亡した、シエル王国の王家最後の生き残りである。

 亡国ぼうこくの王子という身分を隠し、アブニールは流浪の騎士として各地を渡り歩き、国の垣根を越えて邪神の脅威へと立ち向かうべきだといて回った。英雄騎士という呼び名も、彼が騎士の身分で活動していたことに由来している。


 生来せいらいの高いカリスマ性を持つアブニールは、行く先々で賛同者を得て、虹色にじいろの騎士団という組織を結成。自らが先頭に立ち、各地の魔の軍勢を次々と撃破していった。

 実績じっせきを重ね、大陸全土に虹色の騎士団の名が知れ渡った頃合いで、アブニールは自身が亡国の王子であるという真実を告げ、今こそ国の垣根を越えて邪神の脅威に立ち向かうべきだと各地に発信。


 その言葉は各国の君主くんしゅの心を動かし、国の垣根を越えた大規模な邪神じゃしん討伐軍とうばつぐんが結成されることとなった。


 邪神討伐軍を率いるアブニールは最終決戦にて、失われし古代の技術で生み出された聖剣を邪神の喉元のどもとへと突き立て、その存在を遥か深淵しんえんの世界へと封印。混沌を払い、世界に光りを取り戻すことに成功した。


 邪神討伐から数年の後。アブニールはそのカリスマ性と抜群の政治手腕によって諸国をまとめ上げ、大陸の中心に巨大国家アルカンシエルを建国。


 初代国王として、国民の平和のために尽力したと伝えられている。


 これが世に言う『英雄騎士アブニールの邪神じゃしん討伐とうばつ』であり、同時にアルカンシエル王国の建国秘話でもある。


 余談だが、ニュクスがルミエール領に到着した日にソレイユが町の子供達に読み聞かせていた物語も、英雄騎士アブニールの伝承を子供向けにアレンジした童謡どうようだ。


「俺はお嬢さんが英雄の血を引く人間だと聞いている。もしかしてルミエール家の血筋は、王家の流れをくんでいるのか?」

「いいえ。ルミエール家の血筋は王家と直接的な繋がりはありません。ルミエール家の初代頭首の名はアルジャンテ。歴史の表舞台から姿を消した、影の英雄の一人です」

「邪神討伐の英雄は、英雄騎士アブニールだけではなかった?」

「これは極一部の人間しか知らぬことですが、500年前の邪神討伐には、史実とは異なる真実が幾つか存在しています」

「その一つが、影の英雄の存在ということか」

「その通りです。伝承のアブニールは、巧みな剣術により魔の軍勢をことごとく切り伏せてきた最強の騎士であると語られていますが、実際のところ剣術の才は人並みであり、戦闘能力に関してはそこまで優れていたというわけではないのです。もちろんカリスマ性は本物ですし、指揮官としての能力も大変優秀でした。強大な力を持つ魔の軍勢と渡り合えたのは、彼の指揮官としての能力と、彼の思想に賛同した6人の英雄の活躍が大きいとされています」

「なるほど、話が見えてきた。お嬢さんのご先祖様だという影の英雄アルジャンテは、その6人の英雄の1人だな?」

「正解です。当時のアルジャンテは剣の道を極めるべく大陸中を渡り歩いており、行く先々で魔の軍勢の脅威から人々を救っていたそうです。アルジャンテは英雄騎士アブニールが最初に出会った仲間であり、互いに最も信頼し合った生涯しょうがいの親友でもあったそうですよ」

「お嬢さんや、剣聖けんせいうたわれたお父上のご先祖様だ。かなりの使い手だったんだろうな」

「多少は誇張こちょうされているでしょうが、単身で500を超える魔の軍勢と渡り合ったとの記録もあります。6人の英雄は皆負けず劣らずの強者揃いだったそうですが、中でもアルジャンテは最強格の1人として必ずその名が上がりますね」

「そんな化物染みた英雄が他に5人もいるとは、恐ろしい時代だ」


 邪神という巨大な災厄が存在していた時代だからこそみがき抜かれた強さということなのかもしれない。

 窮地きゅうちに立たされた時、人の可能性というものは輝く。


「アブニールの戦闘能力が平凡だったとするなら、伝承で語られている数々の武勇はもしや?」

「ご想像の通り、6人の英雄たちの活躍をアブニールの活躍であったと改変したものです。断っておきますが、アブニールが悪意を持って功績こうせきを独り占めしたというわけではありません。大陸の未来を考えた6人の英雄達が、魔の軍勢との戦いにおける全ての功績をアブニールの物とすることで、彼の持つ影響力をさらに高めようと考えた結果です」

「どういうことだ?」

「アブニールが成し遂げたのは邪神討伐だけではありません。彼はその数年後、諸国をまとめ上げ、大陸の中心に巨大国家――アルカンシエルを建国しました。邪神討伐のために協力関係を結んだといはいえ、元は領土などを巡って衝突を繰り返していた国も少なくありません。それらをまとめ上げるには、カリスマ性や政治手腕だけでは足りない。数々の武勇を持つ、絶対的な英雄というはくが不可欠だったのです」

「国家統一を図るために、6人の英雄達は歴史にその名を刻むことはせず、全ての功績を一人の王へとゆずり渡したということか」

「その通りです。英雄達は皆、アブニールの人柄と思想にれこんでいましたからね。一切の不満なく、英雄達はアルカンシエル王の誕生を祝福したそうですよ」

「英雄達に愛された指揮官か。例え武勇に秀でていなくとも、君主としての器は本物だったということか」


 特別勉強熱心なわけではないが、これまでの歴史観が一気にくつがえり、ニュクスはとても不思議な感覚に陥っていた。暗殺者として社会の裏側を覗き込む機会は多いが、歴史の裏側を知る機会というのはこれが初めてだ。


「6人の英雄達は、その後どうなったんだ?」

「500年も前のお話しですので記録は少ないですが、ほとんどの者はアブニールの下を離れ、それぞれ元の生活へと戻っていったそうです。歴史の表舞台から姿を消すことが、アブニールのためになると考えたのかもしれません。アブニールの下に残ったのは、生涯の友であったアルジャンテだけです」

「こうしてルミエール領が今も存在しているということは」

「はい。アブニールの強い希望もあり、アルジャンテは友のためにアルカンシエル王国に残ることを決意。爵位しゃくいを与えられたアルジャンテは、このルミエール領の初代領主となりました。所説しょせつありますが、これは自然豊かな土地で隠居いんきょしたいという、アルジャンテの意志を尊重した結果だとされています。アブニールはもっと高い地位を与え、自身の側に置いておきたいと思っていたそうですがね」

「欲が少ないんだな」

「人の上に立つ器ではないと、当初は領主となることも拒んだそうですがね。ですが、当時はすでに魔物も自然界に入り込み、少なからず被害が発生していた時期。民を守るべく率先して剣を取るアルジャンテには、だんだんと領主としての自覚と風格が備わって来たと伝え聞いています。人生の伴侶はんりょを得て、子を持ち、母となってからも、領の平和を守るべく尽力したそうです」

「なるほどな……ん? 母?」

「そういえば言っていませんでしたね。ルミエール家初代頭首――アルジャンテ・ルミエールは女性ですよ」

 

 ニュクスは素で驚き、思わず大口を開けていた。

 決して男女差別をするような意図はないが、6人の英雄の中でも最強格と謳われるアルジャンテという存在を、勝手に屈強な男性としてイメージしてしまっていた。


「アブニールとアルジャンテは友人同士だったと言ったが、ひょっとしてアブニールの方には、友情以上の感情があったのでは?」


 もちろん男女の垣根を越えた熱い友情が当人たちの間にはあったのだろうが、アルジャンテに近くにいて欲しいと願ったアブニールには、少なからず恋愛感情のようなものがあったのではと、ニュクスは思わず邪推じゃすいする。


「500年経った今では何とも言えませんね。そうだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。それは当人たちだけが知ることです」

「違いないな」


 少なくとも二人が結ばれることはなく、アブニールの家系はアルカンシエル王家として、アルジャンテの家系はルミエール家としてそれぞれ現在まで続いている。今となってはその事実があるだけだ。


「最後は少し話が逸れてしまいましたが、以上が私のご先祖様、影の英雄アルジャンテの真実です。影の英雄というとネガティブな印象を与えてしまいそうですが、真実は自分達の愛した一人の英雄を絶対的な王とすべく、自ら進んで表舞台から姿を消した誇り高き戦士たちの英雄譚えいゆうたんです。決して歴史の教科書に載ることはありませんが、私は自身がアルジャンテの血筋であることを誇りに思っています」


 ソレイユはその場で立ち上がり、普段のおしとやかなイメージとは異なる、熱のある言葉で言い切った。直接会ったことなどないはずなのに、まるで目の前にアルジャンテがいるような、そんな錯覚さっかくをニュクスは覚える。


「今回お嬢さんが語ってくれたのは、正史せいしとは異なる影の歴史だ。俺みたいな不穏分子ふおんぶんしに真実を告げて良かったのか?」


 ニュクスはおもむろに立ち上がり、ソレイユの瞳を真っ直ぐ見つめた。


「あなたに指示を出した者は、私が英雄の血筋であると知っていたようですし、何よりも――」

「何よりも?」

「共に戦う者には、真実を知っておいて欲しいと思ったのです」

「そうか――」


 期待には応えられないと言わんばかりに、ニュクスは不意に、隠し持っていた果物ナイフ(お屋敷から拝借してきたもの)を右手で構え、ソレイユの首筋目掛けて突き出した。

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