第44話 湖畔の二人

「よう、お嬢さん」

「ニュクスですか」


 お屋敷の北に位置する湖畔こはんに、ニュクスとソレイユの姿があった。剣の稽古けいこをしていたソレイユをニュクスが訪ねた形だ。

 訓練用の服装なのだろう。ソレイユは青いタンクトップ型のトップスと白いショートパンツという肌の露出の多い軽装だ。

 最初はお屋敷を訪ねたのだがソレイユは不在で、メイドのソールに居場所を尋ねてここまでやってきた。ヴェール平原とカキの村での一件の活躍を経て、多少は信用してもらえるようになったのだろう。ソールはあっさりとソレイユの居場所を教えてくれた。


 この湖畔は、暗殺の夜にニュクスがソレイユに敗北した因縁深い場所でもある。


「剣術の稽古か」

「はい。私はもっと強くならなくてはいけないので」

「ストイックだな」


 稽古を中断し、タルワールを鞘へとしまったソレイユへニュクスがタオルを投げ渡した。


「ありがとうございます」


 露出している顔や腕、太腿ふとももなどはもちろん、ソレイユは目の前に異性がいるのもはばからず、タンクトップをまくり上げて背中や腰回りの汗もタオルでぬぐっていく。胸こそギリギリ見えていないが、際どい位置まで捲り上げているためその姿は非常になまめかしい。


風邪かぜひくなよ?」

「お気遣いどうも」


 色気の欠片もないやり取り。異性の存在を憚らないソレイユもそうだが、魅力的なソレイユの柔肌やわはだを目の当たりにして、興奮するでも目を逸らすでもなく、まったくの無反応なニュクスも大概たいがいである。


「腕の調子はどうですか?」

「眼鏡っ娘のおかげで、この通りだ」


 汗の始末を終えて木陰こかげに腰掛けたソレイユは、隣に座ったニュクスの左腕へ視線を向ける。

 腕はもうっていない。予定よりも早く回復したリスがニュクスに治癒魔術を施してくれたおかげで、骨はすでに繋がっている。ニュクスがソレイユに返り討ちにい、重症を負った時もそうであったが、元より回復力の高いニュクスは治癒魔術との相性が良く、相乗効果で常人を遥かに上回る回復速度を可能としていた。今の時点でも日常生活には支障ししょうないし、あと一週間もすれば自由に絵を描いたり、戦闘も完璧な状態で行えるようになるだろう。


「リスがうらやましがっていましたよ。同じ魔術をほどこしているのに、ニュクスの方が回復が早くてずるいと」

「昔から回復は早い方だからな。礼もねて、後で眼鏡っ娘に何か差し入れてやるか」

「それがいいですね。私もリスには何かご褒美ほうびをあげたいと考えていたので、近い内に一緒に贈り物を選びに行きましょう」

「あいつが喜ぶ物といったら」

「本ですかね」


 意見と一緒に笑いも重なる。


「ニュクス。お昼は食べましたか?」

「いや、まだだが」

「でしたら、ご一緒にサンドイッチでも如何いかがですか? 昼食にとソールが持たせてくれたのですが、二人分なので少々量が多くて」

「二人分?」

「外出時はいつもリスが一緒なので、普段の調子で二人分作ってしまったようです」

「そういうことか。それじゃあ、遠慮なく頂くとするかね」


 ソレイユが太腿の上に置いたバスケットの中から、ニュクスはレタスと卵フィリングのはさまったサンドイッチを手に取った。

 

「美味いな」

「後でソールにもそう言ってあげてください。きっと喜びますよ」


 そう言って微笑むと、ソレイユもサンドイッチを一つ手に取り、幸せそうな顔で頬ばった。


「お嬢さん。良い機会だし一つ聞いてもいいか?」

「何でしょうか?」

「あんたのご先祖様についてだよ。平原では影の英雄とか言っていたが」

「構いませんよ。機会があったらお話しすると約束していましたからね」


 口元をナプキンで拭うと、ソレイユはあえてニュクスの正面へと座り直し、向かい合う形を取った。

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