第42話 名刀か、妖刀か

「ニュクス。そこにいるのですか?」


 カプノスが去ってから程なくして、ソレイユの声が辺りに響いた。

 村の方向からやってきたソレイユの姿を見つけ、ニュクスは右手を振って所在をアピールする。


「まったく、突然いなくなったりして」

「まるで保護者だな」

「保護者じゃなくても心配しますよ……そんな怪我で」


 不自然に曲がったニュクスの左腕を見てソレイユは唇を噛む。

 いくら戦いに慣れた者といえども、あれだけの怪我の痛みに動じないわけがない。何が彼にそこまでさせるのか、ソレイユは理解に苦しんだ。


「道中、ヤスミンに出会いました」

「どんな様子だった?」

「少し動揺していましたが、受け答えもしっかりとしていて、どこかき物が落ちたような印象でしたね。怪我なども無かったので先に村へと帰しました」

「そうか。なら安心だ」

「転がっていた死体はあなたが?」

「生かしておいて復讐ふくしゅうでもされたらたまらないからな」

「ヤスミンのためですか?」

「どういう意味だ?」

「彼は復讐心を宿していました。彼の手を汚させないために、彼の目の前でローブの男を殺したのでは?」

「手を汚さなかったのはあいつ自身の強さだよ。それに、俺はそこまでお人好しじゃない。未来へのリスクを考えて危険の芽を摘んだだけだ」

「……あの神父もですか?」


 全身を自身の血で真っ赤に染めたアリスィダ神父の亡骸なきがら。うつ伏せのため表情はうかがい知れないが、苦悶くもん死相しそうであることは想像にかたくない。

 

むごい死に方です」

「本来なら、お嬢さんもああなっていたはずなんだがな」

「なるほど。あれが例の毒物とやらの効果ということですか。確かにこれなら、普通の人間相手なら一撃必殺ですね」

「お嬢さんは普通じゃなかったらな」


 ソレイユの方を見てニュクスはからかうよう軽口を叩く。面白おかしい反応を期待していたのだが、ソレイユは冗談を言う気分にはなれないと言わんばかりにうつむいている。


「……迷いは無かったのですか? 面識は無いとはいえ、相手も同じ組織に属する者だったのでしょう?」

「無いね。敵だったし」

「敵ですか?」

「俺はお嬢さんの戦力だ。お嬢さんの敵は俺の敵ってな」

「私のためなら、同胞どうほうを斬ることもいとわないと?」

「契約が続く限りは、だけどな」


 転がる血塗れの死体。不自然な方向を向いた左腕。口元を汚す吐血の跡。

 白い歯を覗かせて笑いかけるニュクスの姿は、自身を取り巻くあらゆる状況に不釣り合いだ。


「ニュクス……」


 狂っているとしか思えぬニュクスの表情と言動。

 畏怖いふを覚えるか、軽蔑けいべつ眼差まなざしを向けるのが正常な反応だろう。


 ソレイユの場合は――


「あなたを迎え入れて本当に良かった」


 ソレイユは品の良い笑みを浮かべ喜びを表す。

 その笑みは、やはりこの場の状況に即さない不自然なものだ。


「私が死なぬ限り、あなた私の力をなってくれる。何と心強い! まるで名刀めいとうを手にしたような心地です」

「お褒めに預かり光栄だが、その名刀はさやを失った抜き身だぜ? 長く愛用したいなら、取り扱いには気を付けることだ」

「問題ありません。鞘が無いなら布を巻けばよいのです」


 どこまで本気でどこまで冗談かは分からないが、ソレイユがニュクスという力を手に入れたことを喜んでいることだけは紛れもない事実であった。

 持ち主を殺すことを最終目的とする切れ味鋭い刃物。ニュクスという存在は名刀というよりも、妖刀と表現した方が正確かもしれない。


「お嬢さん。あんた変わってるよ」

「英雄の原石ですからね」

「違いない」


 一本取られたと思い、ニュクスは破顔はがんした。

 渦巻いていた緊張感は霧散むさんし、日常と大差ない穏やかな空気感が森の中へあふれる。


「とりあえず村まで戻りましょう。あなたの怪我だって、決して軽くはありませんから」

「腕の一本くらい、軽傷みたいなものだけどな」

「折れた腕を軽症と評する方がいるとは驚きですね」

「冗談だ。実はめちゃくちゃ痛い」

「試しに触ってみてもいいですか?」

「止めろ。振りじゃないからな? まじで止めろよ?」

「そう言われると触りたく――」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべたソレイユがニュクスの折れた左腕に指先を伸ばし、寸前で静止させた。


「冗談ですよ。私、心優しい性格なので」

「心優しい性格の人間ってのは、そもそもそういう冗談を言わないと思うんだが」

「大丈夫です。他の方にはこんな真似しませんから」

「そうか。被害者が俺だけで済んで良かったよ」

「被害者だなんて物騒な」


 大袈裟ためいきに溜息をつくニュクスにソレイユは指先、ではなく左手を差し出し、倒木とうぼくに腰掛ける彼の体を引き起こした。


「行きましょうか」

「そうだな」


 二人で肩を並べてカキの村へ向けて歩く。負傷の影響でニュクスの足取りは少し重く、ソレイユは歩く速度をニュクスに合わせている。


「そうだ。正規部隊がなぜルミエール領内で事を起こしたのか、殺す前に神父から聞き出しておいたぞ」

「それは本当ですか? とても大きな収穫です」

「同胞相手で油断してたんだろうな。そもそも神父は自害用の魔具まぐも所持していなかった。自信家だったのはあるいは臆病者おくびょうものだったのか。いずれにせよ、部下たちに比べて覚悟が足りなかったのは間違いないな」

「手厳しい評価ですね」

「結果が全てを物語っているだろう? 部下たちが命懸いのちがけで守った情報は、指揮官たる神父のせいで露見ろけんしてしまったのだから」

「確かに、あなたの言う通りですね」


 死人に追い打ちをかけるような真似は不本意だが、敵側の戦犯は間違いなくアリスィダ神父ということになるだろう。同胞相手でも決して油断せず、情報をあの世まで持ち去っていたのなら、情報を欲するソレイユ達に対する細やかな復讐にはなっただろう。


「村まで少し距離があります。道中、あなたの入手した情報についてお話いただいても?」

「お嬢さんのお願いとあらば」

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