第25話 不穏

「これはこれはクルヴィ司祭。ご無沙汰しております」

「アリスィダ神父か。本部で顔を会わせるとは珍しい」


 日が沈みかけた夕刻。

 クルヴィ司祭が、教団本部の廊下ですれ違った禿頭とくとうの男性を呼び止めた。

 男性の名はアリスィダ。年齢はクルヴィ司祭よりも一回り若く、教団内では神父の地位にある。

 クルヴィ司祭の率いる暗殺部隊は、教団の活動を円滑に進めるべく暗躍あんやくする裏の戦力。

 対するアリスィダ神父は、僧兵そうへいや魔術師を中心に構成される正規せいき部隊で小隊長を務める、言うなれば表の戦力である。


 アリスィダ神父は現在、アルカンシエル方面を統括するパギダ司教の下、邪神復活に関連した任務を担っており、アルカンシエル国内を中心に活動している。

 

「先日の作戦に関する報告に立ち寄ったまでです。直ぐにアルカンシエルへ戻りますよ」

「順調のようだね」

「それもこれも、クルヴィ司祭率いる暗殺部隊の活躍あってこそですよ。あなた方が各地の実力者達を消してくれているからこそ、我ら正規部隊の作戦も円滑えんかつに進むというもの」

「何よりの褒め言葉だ。ティモリア様の復活は、貴殿きでんら正規部隊の働きにかかっている。今後とも活躍を期待するよ」

「ご期待に沿えるよう努力いたします。あなたと同じ司祭の地位につく日も、そう遠くはないかもしれませんよ」

「ほうほう」


 クルヴィは表向きは微笑みを浮かべながらも、心の中ではアリスィダ神父を嘲笑ちょうしょうしていた。

 出世欲を口にしている時点で覚悟が足りない。アマルティア教団の人間に最も必要なのは、地位や立場など関係無く、邪神ティモリア復活のため粉骨砕身ふんこつさいしんすることだけなのだから。


「次はどこで騒ぎを起こすつもりかな?」

「アルカンシエル王国の北。ルミエール領内を考えております。あの一帯は魔物による被害が少なく計画に遅れが生じている地域。私が直々に参上し、計画を進捗させる予定です。後には、例の作戦も控えていますしね」

「ほう。ルミエール領か」


 クルヴィ司祭は自身の配下であるニュクスがルミエール領に潜入していることは告げない。

 同じアマルティア教団に所属しながらも、暗殺部隊と正規部隊とは完全に独立しており、互いの任務について関知していない。

 代表者であるクルヴィ司祭が口をつぐんでいる以上、アリスィダ神父が事前にニュクスの存在を知ることはまずありえないだろう。


「近日中にはご報告がこちらにも届くことでしょう。吉報きっぽうをご期待ください」

「楽しみにしているよ」


 終始笑顔を崩さぬまま、クルヴィ司祭はアリスィダ神父のもとを去った。


「未だにカプノスからの報告は無し。流石のニュクスも手こずっているようだな」


 執務室しつむしつで紅茶をすすりながら、クルヴィ司祭は送り込んだニュクスのことを考えていた。任務達成の報告はまだ無いが、監視役のカプノスから死亡の報告が上がっていない以上、暗殺を継続――ルミエール領内に潜伏していることは間違いない。


「ニュクスに限ってペースを乱されることはないだろうが――」


 アリスィダ神父が教団本部へと提出していった、先の作戦に関する報告書に目を通し、クルヴィ司祭は笑顔のまま眉根を上げた。


「――ルミエール領、しばし荒れそうだな」

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