第17話 お嬢さん
「……本気か?」
「暗殺者にとって、これほど魅力的な提案はないでしょう? 生かされたうえに、仕事も継続出来るのですから」
「いつ寝首を掻かれるか分からないリスクを承知で、俺の力を使いたいと?」
「リスクは承知の上です。どうぞいつでも私の命を狙ってください。もっとも、殺される気はありませんがね」
一度仕損じている身として、ニュクスはソレイユの自信については口出ししなかった。
「提案を断ったらどうなる?」
「断るという選択肢はありません。あなたが首を縦に振ってくれるまで、申し訳ありませんが屋敷に軟禁させていただきます。もちろん自害する隙なんて与えませんよ」
ソレイユは口調こそ穏やかだが目が笑っていない。言葉と表情だけで本気度を伝える術をよく理解しているようだ。
怖いお嬢さんだと、ニュクスは思わず苦笑する。
「力を貸すとして、俺の行動はどれだけ制限される?」
「特に制限をかけるつもりはありません。有事の際にお力を貸していただけるなら、それ以外はご自由にお過ごし頂いてけっこうです。ゆっくりと体を休めるもよし、絵を描いて過ごすのもいいでしょう。もちろん、私を殺す計画を練ってくださっても構いませんよ」
「監視は?」
「あなたを監視する意志は私にはありませんが、私の身を案じた臣下達が、自主的にあなたを監視する可能性は否定出来ません。当然あなたに対する風当たりも厳しいものとなるでしょう。その点はご了承を」
「むしろ、そうなる方が自然な流れだと思うがね」
臣下達の考えの方がよっぽど常識的だとニュクスは思う。
ソレイユは風当たりが厳しいという、比較的マイルドな表現を使っているが、ニュクスは一度主君の命を狙った存在だ。驚異を排除――殺そうと考える臣下がいても何らおかしくはない。
「それで、ご返答は?」
「考える時間はくれないのか?」
「五分程度よろしければ、女性を待たせる殿方はあまり好きではありません」
「さいですか」
大きく溜息をつくと同時にニュクスは覚悟を決めた。昔から決断は早い方だ。
「いいだろう。提案に乗ってやる。俺の力、あんたに貸してやるよ」
「決断がお早くて嬉しいです」
「俺を殺しておかなかったこと、後悔するなよ?」
「一度下した決断に、後悔なんてしませんよ」
この瞬間ソレイユは、仮面とは異なる本心からの晴れやかな笑みを見せた。
決断を後悔しない覚悟。これもまた、英雄の資質なのかもしれない。
「それで、俺はまず何をすればいいんだ?」
「まずはゆっくりとお休みください。いつでも万全の状態で力を振るえるように」
「大そうなご命令で」
「命令するつもりはありません。私とあなたの関係はあくまで対等。私の言葉は命令ではなく、提案、あるいはお願いごとと受け取ってください」
「それではご提案通り、しばらく休ませてもらうとするよ」
話は済んだと判断し、ニュクスは体を倒して再びベットへ潜り込む。
「最後に一つお聞きしてもいいですか?」
「何だ?」
「あなたの本当の名前をお教えいただけませんか? 偽名のニュイで呼んでも構いませんが、偽名と知りながらこの名で呼ぶのは、やはり少し違和感があるので」
名を明かすべきか否か、ニュクスは少しだけ悩んだが、結論はすぐに出た。
「ニュクスだ」
あくまでも対等な関係だというソレイユの意に沿うことにした。
元より戸籍も存在しない幽霊のような存在。名を明かしたところで大した情報にはならない。
「ニュクスですか。良い名ですね」
「名は体を表すってな」
皮肉気に笑いつつ、今度はニュクスの方から問い掛ける。
「俺はあんたを何と呼べばいい?」
「お好きに呼んでください。
「臣下達はあんたをどう呼んでいる?」
「ソレイユ様か、お嬢様ですかね。堅苦しいので正直、この手の呼び方はあまり好きではないのですが」
「了解だ。じゃあ俺は、今からあんたのことをお嬢さんと呼ぶことにしよう」
「意地悪ですね」
「こういう毒なら効くかと思ってな」
「残念ですが、無毒化は言葉にも有効ですよ」
冗談交じりにそんなことを言いつつ、ソレイユは椅子から立ち上がった。
「ニュクス。あなたとは長い付き合いになれば嬉しいです」
「俺は短ければ短い程ありがたいがね」
「辛辣ですね」
笑顔のまま、ソレイユは客室を後にした。
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