第2話 男の娘しか愛せないマザコン男
目が覚める、俺はベッドに横たわっていた。どうやら知らぬ間に眠ってしまったらしく、先ほどの泣いた疲れが多少取れている気がする。
「かなちゃん? 泣いていたの?」
母が、目の前にいた。恥ずかしいところを見られてしまったようだ。
「俺、泣いてたの?」
あまりの恥ずかしさに誤魔化そうとするのだけれど、寝起きの頭ではどうもうまい言葉が出てこない。俺は詐欺師には向いてないだろうな。
「かなちゃんいつまで経っても下りてこないから、様子を見に来たんだけど、情けない声でおうおうと泣いてたよー」
そう言うと、鏡を見せてくれる。
「うわあ、酷い顔だ」
鏡に映っていたのは、まるで花粉症ピーク時の俺だ。猿みたいに真っ赤に目の周りを腫らせていやがる。
恥ずかしいところを見られてしまった。この歳で、親に泣いているところなんて見られたら赤っ恥もいいところだ。黒歴史豚野郎だ。
「みゆちゃんと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩……というよりはすれ違いかな? 俺もよくわからないんだ。だけど、わかることは、あいつは今悩んで、苦しんでる」
「かなちゃんは苦しい?」
「俺……? そうだね、苦しい。爆発しそう」
「かなちゃんとみゆちゃん、喧嘩した時どうやって解決してたか覚えてる?」
ふと母はそんなことを言う。
記憶を掘り起こしてみると回答が浮かんでくる。
「俺が可笑しなこと言って、あいつを笑わせてた。それからお互いごめんなさいって誤った。たしかそんな感じだと思う」
「うん、同じことをすればいいだけだよ」
「俺たちはもうそんなに子供じゃない、そこまで単純じゃないよ」
そう言うと母は、
「かなちゃん、はぐはぐー!」
俺の顔に二つのメロンを押し当ててくる。うーむ、リッチな気分でーす。
「ちょっ! なに!? なんなの!?」
「みゆちゃんと喧嘩した後、かなちゃんはいつも私のところに来て、私の胸の中で泣いてたよね? 覚えてるかな?」
「そんな情けない子供だったかな……? 正直、覚えてないよ」
「情けなかったよ。お母さんは心配だったのです。自分の子供が泣き虫で困っていたのです」
それは申し訳ないことをしたなあ。でも、しょうがないじゃない。こんなに心地が良くて、脳髄までドロドロにとろけるような感覚を覚えたら、きっと、子供の俺なら甘えてしまう。つうか今でも甘えてしまう。
「ああ、俺は母性を求めていたのかもしれない。だからこんなところまで戻ってきたのかもしれない」
「こんなところは酷いなあ。この場所はあなたたちの帰る場所なんだよ?」
「もう少し、この場所に居ていいかな?」
「はーい。いつまでも甘えてくださいねー」
おいおい。そんなこと言われたらパラサイトになっちゃうぞ。毎日親の脛をかじりながら、自堕落に無気力な生活を送ってしまうぞ。でもそんなことしたら親父に殺されるぞ。生き埋めにされた挙句に、土の上から踏まれて、小さな穴から酸を流し込まれて完全犯罪されちゃうぞ。あはは、困ったなあ!
俺は立派な人間になりたいのだ。深雪を残酷な世の中から守っていける、素晴らしく愚かな人間になりたいのだ。
だけど、思いとは裏腹に魔法をかけられたように、心が安らいでいく。なんて単純の脳みそなんだろう。凄くあったかくて、こりゃマザコンになっても仕方がないような心地だ。
「落ち着いた?」
「うん……」
「かなちゃんも大人になったね! 私の胸の中でもわんわん泣かなくなったね!」
「馬鹿にして、もう泣かないよ」
「そっか、じゃあ顔洗ったらご飯にしよう? お父さんずっと待ってるんだから」
そうして母は部屋を出ていく。
あーあ、やっぱり親には勝てないなあ。我ながら単純で笑えてしまう。
でも、気持ちは穏やかになっている。泣いたからか、あやされたからか、どちらにしろ根っこのところは子供のころから変わらないんだな。
俺は難しく考えすぎていたんだ。もっと単純で素晴らしい解決策があるじゃないか。子供のころに思い描いていた理想を、そのまま言葉にして伝えれば良いのだ。何かを犠牲にして手に入れる幸福なんてただの欺瞞だ。
きっと、深雪もあの頃と変わってない。不確かな信頼だけが今の俺の勇気で活力だ。
だから、これは俺の人生の中で最も醜い喜劇になるだろう。
さあ、行こう。ここからが正念場だ。
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