Noisy Energy ノイジー・エナジー

小鳥乃きいろ

#0フォーメーションラップ

ノイジー・エナジー #0フォーメーションラップ


★本作品はフィクションです。実在の人物、団体、出来事、法律などには一切関係ありません。法令を遵守し交通ルールを守りましょう。


#ミニサーキット


 初めまして。アタシはちえりっていいます。小学5年生です。今日は父さんが趣味のミニバイクに乗りに行きます。お家から大きなトランポ(ワンボックスの車)にバイクを積んで、父さんとお出かけします。場所は富士山の麓にあるサーキットです。高速道路に乗って、富士山目指して行きます。


 アタシはポケバイを一年生から始めて、ミニバイクには昨年の夏に初めて乗りました。今から向かうサーキットの駐車場でおっかなびっくりしながら。何度も転んだけど、アタシは父さんのバイクが可愛くて、乗りたくて。父さんがラーメン屋さんだから、アタシの夏休み、冬休み、春休みで、お店の定休水曜日にちょっとづつ練習して。最近は随分上手になったと思うよ。ラップタイムも父さんに近づいて来たし。


 姉さんは中坊の時は一緒に走ってたけど、もうあまり興味無いみたい。今JKだから『れんあい』とか『こいばな』の方に興味があるらしい。でも姉さんのお古のツナギとヘルメットが貰えたから丁度よかった。真っ赤で派手派手だからチョーはずかしーけど。


 朝早かったからアタシはいつの間にか眠ってしまったけど。

「ちえり。高速降りるよ!」

 父さんが起こしてくれた。随分大きくなった富士山を右に見て高速道路を降りると、富士山の方に登って行く。


 しばらくすると、いつの間にか道は森の中に入って行き、いつものミニサーキットに到着。アタシは広いと思っているけど、父さんは小さいって言ってる。周りは森林で、バイクが走っていないこの時間は、鳥のさえずりや蝉の鳴き声が響いている。


 入り口を入ると、すぐに管理事務所のほったて小屋がある。父さんが降りてお金を払って来た。手にはラップタイムの計測器を持っている。トランポを短いピットロードに面した駐車スペースに止めた。今日の陣地はピットロードの真ん中くらいかな?ピットロードに面した駐車スペースは半分くらい埋まっていた。みんな早起きだなー。


 車を降りて準備を始める。トランポのバックドアをはね上げて日除けの代わりに。いつも使ってる工具箱、休憩用の折り畳み椅子などなどを車から運び出す。


「ちえりー。下ろすぞー。」

父さんが積み下ろし用のラダーを使って、バイクを運び出す。真っ赤なカウルのミニバイクでNSR50っていう。赤いのは父さんの趣味で、赤くするとノーマルより3倍速くなるらしい。ミニバイクって言うけど小学5年生のアタシには丁度いい。


 身長は高学年になってからグングン伸びて、クラスの女子では背の高い方から三番目。でも体重は身長には付いて行けず、ひょろっとしている。体重何キロとかは女の子が自分から暴露するもんじゃないけど軽い方。ひょろっとして肌が地黒だから、姉さんはアタシをゴボウみたいだって言う。


 多分、身長で抜かされて面白くないんだと思う。でも、姉さんが書いてくれたさくらんぼのマークはアタシのお気に入りのシンボルマーク。パソコンでプリントしてくれたステッカーはヘルメットとカウルに貼ってある。可愛いんだよ?


 父さんが下ろしたバイクをスタンドに固定すると、アタシは点検を始めた。NSR50はサーキット用になっている。カウルも付け替えたらしい。いつもの父さんの真似をして、ハンドル廻り、ブレーキ、足回りを点検した。


「父さん。空気圧、少し落ちてるよ。」

「そうか?」

父さんがアタシが測ったエアゲージを覗きこんだ。空を見上げ、温度計を確認する。空は晴れ渡り、暑くなりそう。

「今日は暑くなりそうだから、これくらいで様子を見ようか。」


 今日の予想気温は30度!なのでアタシは黄色いタンクトップとオリーブ色の短パンに白いキャップとビーサンという軽装だ。どうせツナギを着たら汗ダラダラになっちゃうけどね。父さんはオイル染みでまだらになった白い綿の作業着を着てる。多分、途中で暑くなってTシャツになると思うよ。


 父さんが計測器をガムテープで取り付け、その他の点検とメンテナンスを済ませてガソリンを入れた。

「じゃあ、ちえり!ヨロシク!」

「はーい!」


 キックスタート!エンジンに火を入れるのはアタシの仕事だ。バイクに跨ってキックペダルを起こす。ハンドルを握ってスロットルを閉じたまま、ペダルをゆっくり踏みながら『上死点』を探る。土踏まずにペダルの重さが伝わって来る。一番重くなったところで、じわりと体重をかけた後、一気に踏み抜く!


 スココココ…。

 クランクが力無く停止した。まぁ、その日初めてのキックが一発でかかることはまず無い。もう一度。

 スココココ…。

 スココココ…。そろそろ…。

 スココココ…。もいっちょ!

 ビッビッビッ!かかった!軽くスロットルをあおる。

 ビビビッ!もうちょい。

 ビィーン!ビィーン!

 チャンバーから白い煙を吐き出して、NSR50のハートに火が灯った。

 ビビビビビビ…。


 2ストローク特有のオイルが燃える匂いがする。断続的な排気煙に手をかざすと心臓の鼓動に似たリズムで排気されるガスが手のひらに伝わって来る。手を引っ込めて見ると細かいオイルの粒が少し付いている。


 暫くしたら、アイドリングも落ち着いて安定した。NSR50は今日も元気だ。

「かかったよ。」

「ああ。じゃあ、着替えてアップしてきな。」


 一旦エンジンを切った。トランポに乗り込んで、ツナギのインナーに着替える。その上に再び短パンを履いた。だって何だか、はずかしーじゃん!インナーは上下が繋がった長袖&タイツ。身体のラインが出ちゃうでしょ?…ゴボウだけど。…ゴボウだからかな?


 で、父さんと一緒にラジオ体操。はずかしーけど、これやらないとバイクに乗せてもらえませんから。最後に軽くストレッチ。準備運動が終わると少し暑くなった。やっぱり夏は暑い。ツナギを着たらもっと暑いよね。走行開始の時間まで、しばし待ち。トランポの陰で一休み。


 他の人達も大体準備を終えている。今日はバイクが5台、カートが3台いる。タイムスケジュールは30分置きにカートとバイクが入れ替わる。そろそろバイクの走行開始時間だ。拡声器からアナウンスの声がした。

「バイクの方は準備して下さい。」


 重い革のツナギをもぞもぞと着て、ブーツ、ヘルメット、グローブを付けると、戦闘準備OK!

「じゃあ、行ってきます。」

「オゥ、気を付けてな!」


 バイクをスタンドから外し、エンジンスタート。今度は一発でかかった。ピットロードに出ると他のライダーもぞろぞろ出てきた。ゆっくりとピットロードを進み、コースに出た。最初の3周くらいはタイヤを暖めるため、アクセルを開けて後輪にトラクションをかけて潰し、ブレーキをしっかりかけて前輪を潰す。3周するとタイヤは暖まったみたい。少しづつペースアップする。他のライダーもペースを上げてきた。

「さぁ、行ってみよーか!」

 

 このサーキットは一周1キロもないミニサイズ。外周はホームストレートを挟んで、左回りの複合コーナー。内周は小さなS字コーナーを挟んで断続的な右回りのコーナー。内周の入口と出口にヘアピンコーナーがあり、内周と外周を繋いでいる。


 タイヤとマシンが暖まったので、一人タイムアタックに向けてタイミングを計る。クリアラップ!他のライダーが目の前にいないのを確かめると、最終コーナーを全速で駆け抜ける!アタック開始だ!最終コーナーから立ち上がると、ホームストレートは100メートルちょいの長さで上り坂になってる。


 パァーン!

 全開でコントロールラインを通過!坂道を登るとギュウッとブレーキレバーを引く!速度を落とし過ぎないようにコントロールして、ギアダウン。


 パンッ。

 アクセルで回転数を合わせる。ブレーキをリリースしながら、ギュワッと左へフルバンク!第一コーナーは途中まで上り坂。アクセルを開けて登り切る!更に左の第二コーナーは第三コーナーの左ヘアピンへと続く下り坂。マシンをコーナーの外側に持ち出しフルブレーキ!


 ギャッ!

 フロントタイヤが路面を噛む。フロントフォークもフルダイブ!下り坂のブレーキングは後輪の接地感が心許無い。


 パゥンッパゥンッ。

 ギアを落としてスッとブレーキをリリースすると左ヘアピン。パタリとマシンを寝かせて内回りのコースに入る。アクセルを開けてマシンを引き起こし、ズバッと右に切り返す!


 第四コーナーの右カーブは出口に向けてキツくなる複合コーナー。さらに狭いS字コーナーがせまる。ブレーキングでマシンをヒョイッと起こし、右側に腰を落としたまま、荷重だけ移動して小さなS字をすり抜ける!再びストンと右に腰を落とすと、緩やかな第五コーナーの右カーブから、スパッと切り返して第六コーナーの左ヘアピン。マシンをペタッとフルバンクしてコーナーの出口を睨む。


 カリッカリッ。

 ヒザを擦り、リアブレーキをナメて行き足をコントロールしながらマシンをラインに乗せる。脱出ラインに乗ったらアクセルをガバッと開け、タイヤにトラクションをかける。


 ビィーン。

 エンジンが高鳴り始め、リアサスがグッと沈み込み旋回して、コーナーを抜ける。ここから下り坂の第七コーナーへ。外側のアスファルトは波打ってるけど、最終コーナーの脱出速度を上げるため、一番外側にマシンを持って行く。ゼブラゾーンギリギリのところでグッとブレーキング!


 ススッとマシンを左コーナーのイン側に向ける。ここがコースの一番低いところ。あとはアクセルを開けるだけ!最終コーナーに続くコーナーはイン側のゼブラゾーンをザザッと掠め、最終コーナーへ!クリッピングポイントでグググッてマシンの向きが定まったらアクセル全開!


 パーン!

 2ストローク特有の排気音を響かせてマシンが疾駆する!レッドゾーンまで引っ張ってシフトアップ!

 パァーン!パァァーン!

 ホームストレートの坂道を加速度を付けて駆け上がる!風がゴォーッて鳴ってる。


「くうぅ~っ!」

 キモチいい!

 再びコントロールラインを通過!第一コーナーがグワーッと近づいて来る!次の周回が始まる…。

「っしゃあっ!もういっちょ!」

 次はもっと速いよ!


 チェッカーが振られ、30分の走行時間は終了。ピットロードに入って父さんのトランポまで戻ってきた。久しぶりのサーキットで、はしゃぎすぎてしまった。気が付くと汗だくで喉もカラカラ。バイクを降りてスタンドに固定したら、ヘルメットとグローブを脱ぎ捨てて、ツナギの上半身だけインナーになると、倒れるように折り畳み椅子に腰を落とす。


「あっつぅーい…」

 クーラーボックスからスポーツドリンクを取り出すと、キャップを取るのももどかしく、ガァーっと一気に流し込む。

「ぷはっ。」

 生き返った。冷たいドリンクが熱い身体を冷やしていく。オデコにペットボトルを当てる。いい気持ちだな。


 目の前のNSRも、キンッキンッと音を立てている。一緒にクールダウンしてるね。

「調子は良さそうだな。」

父さんがNSRのタイヤをチェックしながら声をかける。

「そ〜だね。」

「もう、オレより速いんじゃねえ?」

「どーだろ?」


 父さんが掲示板に表示されたラップタイムをメモっておいてくれた。確かに良くなってる。まぁ、アタシは父さんより軽いから、その分は有利だな。

 サーキットはカートの走行時間に切り替わって、カート3台が走り始めた。ぼーっと、走行中のカートを眺める。気合いを入れて走った後、緊張感が緩んで魂が抜けた感じ。


#翔吾


 ん?今まで気づかなかったけど、さっきまで空いていた隣りの駐車スペースにトランポが止まってる。アタシが走ってる間に来たみたい。ミニバイクも降ろしてスタンドに載ってる。水色のカウルには黄色いラインが入ってて、『YSR』って書いてある。バイクの脇では40歳くらいのおじさんが工具を片手に点検してる。


 トランポのバックドアをはね上げた日陰に、子供がしゃがみ込んで点検の様子をじっと見ている。白いTシャツにグレーの短パンに白いズックの運動靴。小学校高学年かな?見ていると、おじさんの指示に従って、工具箱からレンチやドライバーを手渡している。


 じっと見ていたら、小学生と目が合ってしまった。何か文句がありそうな不満げな表情で、眉を寄せて口をへの字に曲げている。目が合った事に気付くと、しばらくアタシをじっと見ている。ナニよ?ってアタシも視線を外さずにいると、ソイツはニヤリと不敵に笑って立ち上がった。身長はアタシより頭半分くらい低い。デブでは無いが、顔が丸くて胴や四肢や首が太く、力がありそうだ。


 何か言うのかと思ったら、フイッと目線を外して革つなぎに着替え始めた。黒に青いラインが入ったレーシングスーツだ。コイツも走るんだ!点検していたおじさんが、作業を終えてエンジンをかけた。そしてアイツに準備完了って言うと、着替え終わったアイツはYSRにまたがってアクセルをふかし始めた。しかもアタシを睨んでる!チョーハツすんな!隣りのおじさんがアイツに空ふかしはやめろって注意してる。そーだ!そーだ!騒音反対!


 次は父さんが走る番だ。革つなぎに着替えてNSRに跨り、ピットロードで待っている。やがてチェッカーが振られてカートの走行時間は終了。

「じゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい。」


 バイクの走行時間が始まり、父さんはコースに出ていった。いつの間にかバイクが増えて10台くらいいる。父さんは大人だから無茶な走りはせず、自分のペースを守って走ってる。掲示板に表示されたラップタイムはアタシより2~3秒遅い。でもコーナーをヒラリヒラリと走る様子は楽しそうだ。


 昔は『とうげ』を走っていた『はしりや』さんだって言ってた。家には父さんの大好きなNSR250が置いてある。最近はあまり乗っていないみたい。今はアタシとサーキットを走る方が楽しいって言ってた。そんな風に走っていた父さんを強引に抜いて行った奴がいる。水色に黄色いラインの『YSR』。アイツだ!


 マイペースで走っていた父さんの後ろにいつの間にかYSRが貼り付いている。第3コーナーのヘアピンに進入する時、後ろを確認した父さんはペッタリ貼り付いたYSRに気が付いたみたい。相手が同じNSRだったらきっとラインを譲ったと思う。でもYSRには譲りたくなかったみたい。


 何とかYSRを振り切ろうとペースを上げている。でもペタッと貼り付いたYSRは振り切れない!貼り付いて2周目の最終コーナー手前でYSRは強引にイン側に並びかけ、父さんのラインを奪うと一気に抜き去った。父さんは最終コーナーでアウト側に流されて大きく遅れてしまった。


 父さんは追いつこうと頑張ったけど、差を詰める事は出来ず2周ほど走ったらピットインしてしまった。何だかうなだれてる?やっぱり、落ち込んでるみたい。アタシは交代する準備を始めた。


「父さん!大丈夫?」

「ちえり〜。タッチ〜。」

 何だか、弱々しい声だ。父さん!しっかりして!

「分かった!」

「頼んだぞ~。アイツは親の仇だ。」


 父さんからNSRを受け取り、ピットロードからコースに向かう。コース上にアイツのYSRを探した。

 居た!ホームストレートを駆け上がって来る!コースに入るとアイツが目の前を通過した。


 パァーン!

 アクセル全開で追いかける!最初のヘアピンに進入するとアイツが一つ先の右コーナーに向かうのが見えた。

「ゼッタイ!追いつくから!」

 神経を研ぎ澄ませて、限界までコーナーを攻めていく。


 カリッ。

 内周の右コーナーでバンクセンサーがアスファルトを掠める。

 ズザザッ!

 S字コーナーでゼブラゾーンにちょい乗り上げたけど、ギリセーフ!更に右カーブから左ヘアピンへの切り返し!


「よいしょお!」

 ブンッ!

 思わず声が出ちゃうくらい、音が聞こえちゃうくらい思い切ったアクションで切り返した。


 左ヘアピンで先を見ると、アイツに少し近づいている。このペースで飛ばせば追いつくことは出来そう。でも抜かすには決定力が足りない…。ヘアピンを立ち上がり、第七コーナーへ!

「ア…レ?」


 パーン!パァーン!

 最終コーナーを立ち上がり、ホームストレートを駆け上がると、YSRが手の届くところにいた。

「???手を抜いた?」


 ギュワッ!パンッ!

 でも、第一コーナーへのツッコミは、手を抜くどころか、気合いを入れないと引き離されそうな切れ味を見せる。そして第三コーナーのヘアピンはアタシとNSRの軽さが幸いして、テールトゥノーズまで詰め寄った。右カーブ、S字コーナーの後のヘアピンコーナー!


 カリカリッ!カリカリッ!

 ヒザを擦りながら、目の前のYSRに神経を集中する。

 ビィーン!

 ヘアピンを脱出し、再び第七コーナーへ!


「わかった…。」

 アイツは第七コーナー外側の波打ったアスファルトを避け、ライン取りがアタシと比べると窮屈になってる!だから、第七コーナーで大外をまわるアタシの方が最終コーナーの立ち上がりはスピードが乗るんだ!ちなみに荒れたアスファルトと外側のゼブラゾーンの辺りを上手く走り抜けるには、ちょっと慣れが必要だ。アタシは何度も練習して、やっとそのラインを使えるようになったんだ。


 パーン!パァーン!

「次の周で抜く!」

 最終コーナーを立ち上がり、ホームストレートでアイツのテールを突っつきながら呟く。


 ギュンッ!

 第一コーナーからアイツも必死になってる。紙一重の突っ込みだ。左ヘアピン、右カーブ、S字コーナーと、アタシも振り切られないよう必死に喰らい付く!

 そして、ポイントの第七コーナー!


 ビィーンッ!

 ヘアピンを立ち上がって、アイツが

取ったラインは…!

「気付いたの?!」

 アイツは大外の荒れたラインに賭けた!アタシのラインだ!


 パーン!

「行けるの?!」

 だけど…。アイツは大外から第七コーナーの内側に切れ込むラインをわずかに外してしまった。


 ズルリ…。

 波打つアスファルトに後輪を取られ、YSRはアウト側に膨らむ!

「もらったぁ!」

 パァーン!

 アタシはいつものラインを駆け抜ける!結果的にアイツのイン側を付いて、最終コーナーを通過!一気に抜き去った!


 コントロールラインを通過すると、バイク走行時間終了を知らせる、チェッカーフラッグが振られている。勝ったぁ…。

「父さん!仇を討ったよ!」


 チェッカーを受けた後、一周してピットに戻って来ると、父さんがニコニコして待っていた。

「ちえり〜。お前、最高!」

「やぁ、これは参りました!お子さん、速いですね。」

 いつの間にか、隣りのおじさんと仲良くなったみたい。アイツもYSRとピットロードを戻ってきた。


『ちくしょー』

 アイツは小さな声で呟いたみたい。そして、バイクをスタンドに固定すると、トランポに乗り込んでしまった。ドンッ!隣りのトランポのドアが音を立てた。大方、アイツが暴れてるんだろう。アタシは革つなぎを脱いで短パンを履いた。


「父さん!お手洗い行ってくるね。」

 トイレは駐車場の端っこのほったて小屋の裏にある。用を済ませて出てくると、アイツがいた。革つなぎは脱いで、Tシャツ短パンになっている。両手を腰に当て、立ち止まってアタシを睨んでる。これから用を足そうという気配では無い。それにトイレの辺りは駐車場からは死角になってる。わざわざこんな所で立ち話しに来たわけでもないでしょ。


 アタシは何とかコイツを避けて戻ろうと歩き始めたが、行く手を阻まれて立ち止まった。

「お前、生意気なんだよ!」

 絞り出すような声で言う。なんでこんな事になっちゃったんだろう。逆恨みって奴?もしかして、いじめっ子?


「な、ナニよ?そこどいてくれる?通れないんだけど…」

 アタシの声を聞いたとたん、びっくりした顔をした。

「…お、お前、オンナか?」

 今度はアタシがショックを受ける番だ!確かに髪はショートにしてるし、一重瞼でつり目だし、なんたってデカイし、身体つきもゴボウでまだ胸無いし、女の子っぽい仕草もしないし、言葉遣いも荒いし、ドリンク飲んだらオヤジみたいだし…。だんだん落ち込んで来た。何でそんなこと言われなきゃいけないの?ムムム…ムカムカムカッ!アッタマ来た!


「だったらナニよ?」

 コイツもアタマに来たらしい!

「ふざけんな!」

 いきなり、手を振り上げてきた!アタシを叩こうっての?

「キャアーッ!」


 アタシは小さい頃からよく転んで生傷が絶えなかったらしい。母さんは顔にキズでも付かないか心配したって。父さんは学生時代に柔道をやってた。バイクで転んでも受け身を取ったから、骨折とか大きなケガは無かったそうな。男の子なら柔道で筋肉隆々とした身体になってもいいけど、アタシは女の子だったのと、近くに道場があったから合気道を習わせてもらった。お陰様で転んでも大したケガはしたことが無い。


 アタシは割りと筋が良かったので結構上手くなった。でも、師範の先生と稽古すると、普通に立っているのが出来ない。手をとられたり、体捌きで揺さぶられると、足元が心許なくて、よくコロコロと転がされた。今でも道場に通っていて、道場の小学生の中では一番の熟練者なのです。


 アイツが殴りかかって来た時、もう準備は済んでいた。足は肩幅に開き、重心は身体の真下。どちらにでも動きだせる。体は余分な力が抜け、いつ打ちかかって来ても問題無かった。踏み出して来る足の運び、振り下ろして来る手の動き、近づいてくる身体の流れの全てを感じていた。


 アタシの動きは稽古の賜物だ。考えるより先に、打ちかかってきた手を受け流し、手を取り、体を開いて大きく弧を描く様に振っていた。アイツは打って来た勢いのまま、打撃を逸らされ、もんどり打って倒れ込んだ。

「キャアーッ!」

 っていうのはアイツの悲鳴だ。


 悲鳴を聞きつけたのか、数人の大人達が駆けつけた。父さんと隣りのおじさんもやってきた。アイツは倒れたまま固まっていた。

「ちえり。やっちまったか?」

 父さんがまたかって顔をする。アタシは小さく頷いた。でもアタシが手を出した訳じゃない。コイツが悪いんだ。


「何かあったのかい?」

 隣りのおじさんがアイツに声をかける。

「…ない。」

 アイツはゆっくりと上半身を起こした。顔からはさっきの毒気が抜けている。


「…何もないよ。オレが…滑って転んで、大声出しただけたよ。」

 …悪い奴じゃあ無かったのかな?さっきまですんごい嫌な奴だったけど。

「…どっかのデカ女が、便所から出てくるからさ。びっくりしちまったんだ!」

 …やっぱ、やな奴…。


「うそ。オレが驚かせて悪かった。ごめんなさい。」

 って、しおらしく頭を下げた。

「オマエ速いな!オレは翔吾。鷹宮翔吾っていうんだ。次は負けねーぞ。」

「…勝手にすれば。」

 ふーん。あんまり仲良くしたくはない…。それに、知らない人に名前を教えちゃいけない。でも、変なヤツ。


#夕焼け・ハーモニカ・サクラ


 そうこう(走行)するうちに、日は高くなり、辺りは蝉の声とバイクやカートの走る音が競い合う、けたたましいけど、都会の喧騒に比べるとのどかな時間が過ぎていく。アタシ、父さん、アイツは暑い中汗を流し、微力ながら地球温暖化に貢献し、アスファルトにゴムの削りカスをこびり付ける苦行を続けていった。別に仲良く走ってた訳じゃない。


 やがて空はアイスティーのようなオレンジ色に変わり、氷のように浮かぶ薄い雲が夕陽に照らされていた。いつの間にか、アブラ蝉やツクツクボウシの鳴き声は、ヒグラシと鈴虫やコオロギに交代している。雲の間に宵の明星が輝き始め、今日の走行時間も終了した。


 アタシは革つなぎを脱いで、タンクトップと短パンに着替え、ハーモニカを取り出した。夕陽が沈むこの時間はアタシの中では、ベストハーモニカタイムだ。アタシは『赤とんぼ』、『今日の日はさようなら』を吹き終わると、片付けを終えた父さんも、自分のハーモニカを取り出して『グリーングリーン』を一緒に演奏した。


 小学校の学芸会でクラスの出し物で始めたハーモニカは、ことの他父さんに好評で、自分の分とお揃いで買ってくれた。

「バンドの小道具なんだけど、かっこいいだろう?」

 洋楽好きな父さんのツボにハマったらしい。

 一通り吹き終えると日はほとんど沈んで黄昏時。空は紫色に変わっていた。風も涼しくなってきた。


「そろそろ行こうか?」

 父さんが言う。

「そうだね。」

 トワイライト・タイム、逢魔が時、この時間は自動車事故も多いらしい。


 父さんとトランポに乗り込んで、駐車場を出ようとした時…。道路に何かいる?

「父さん、ちょっと待って!止まって!」

 トランポは駐車場の出口でハザードを点滅させて止まった。アタシはトランポのドアを開けると外に出た。

「ちえり!危ないぞ!」

 父さんも外に出てきた。道路は見通しの悪いカーブになっている。その出口に自動車に轢かれたらしい犬の死骸が転がっている。傍らには一匹の仔犬が悲しそうに鳴きながら佇んでいた。


「酷い…」

 アタシは犬の死骸を道端に運ぼうとした。

「ウ〜」

 仔犬はアタシが親犬に酷い事でもすると思ったのか、唸って威嚇してきた。

「ゴメンね。お母さんは天国に行っちゃったの。お墓作ってあげるからね。」


 父さんがアタシの側に来てしゃがみ込んだ。

「ちえり、タオル貸せ。」

 父さんはアタシが首に掛けていたスポーツタオルを取り、親犬の身体のきれいなところを何度か軽く擦ると仔犬の鼻先に突き出した。唸っていた仔犬は静かになると、タオルをくんくんと嗅ぎ始めた。


「仔犬は親犬の匂いがすると安心するんだ。父さんがお墓作るから、待ってなさい。でも、仔犬は置いていくんだよ。ウチでは飼えないからね?」

 父さんはトランポから何か土を掘れそうな工具を探し出すと道端の森の中にお墓を作り始めた。アタシは大人しくなった仔犬を抱き上げるとタオルに包んだ。仔犬は安心したのか、静かに抱かれている。


「何やってんだ?」

 声に振り返ると翔吾だった。アイツのウチのトランポがアタシんちのトランポの後ろに止まっていた。翔吾はトランポから降りてアタシの側に立っていた。

「あのね。仔犬がね、いたの。母犬が車に轢かれて鳴いてたの。」

 アイツはアタシの抱いている仔犬を覗き込んだ。


「柴犬?」

「かもね。」

「大人しいな。」

「うん。カワイイ。」

「オマエが飼うのか?」

「…ウチは食べ物屋だから、ムリ。」

「そうなのか?」

 翔吾は少し考えると、自分ちのトランポのところでおじさんと話し始めた。父さんがお墓を作り終わって戻ってきた。


「終わったよ。…後は、その仔犬だな。ウチでは飼えないし、弱ったな。」

 仔犬を見ると、疲れたのか眠ってしまっていた。このままここに置いていくのは心残りだ。

「ウチで飼うよ。」

 翔吾が戻って来ていた。

「ウチは庭もあるし、オレが世話するから。」


「本当かい?野犬かもしれないけど。大丈夫?」

 父さんが心配そうに、でも幾分ほっとしたように尋ねた。

「大人しそうだし、ペット飼ってみたかったんで。ウチの了承も取ったし、大丈夫です。」

 コイツ、結構しっかりしてるな。物怖じしないし。翔吾んちのおじさんも車を降りてきた。


「ウチは大丈夫ですよ。晴海さん。この子が責任持って世話をするそうなので。」

「鷹宮さん。すみません。」

 父さんが母犬の事とお墓を作った事を説明した。

「じゃあ、名前だけ付けて貰いましょうか?第一発見者に。」

 みんなの視線がアタシに集中した。


「え!アタシが付けていいの?」

 抱いているフワフワな仔犬を改めて見た。親犬の匂いを付けたタオルに包まってスヤスヤと寝てる。

「ちえり!パトラッシュとかどうかな?長かったらパティとか?」

 そこでもアニメかい?


「父さん!アタシがつけるんだよ?この仔犬って女の子みたいだし、パトラッシュは無いなあ。」

「…パティはやめろ。呼びにくい。」

 翔吾、変なところ突っ込むね?


「じゃあ、サクラ。サクラってどう?」

 アタシの提案、どうかな?第一発見者ちえり→チェリー→さくらんぼ→サクラってベタ過ぎる?みんなの顔を見渡すと、翔吾はまだ釈然としないみたいだけど…。

「ちえり!イイねそれ!そうしよう。それでいいかな?」

 父さん、気に入ったみたい。


「じゃあ、それで。いいよね?」

 翔吾のおじさんが、アイツに念押しする。

「分かった。サクラね?ところで晴海さん。この子はオレが貰うけど、また会いたくない?」

 翔吾が、アタシに訊いてきた。


「そりゃ、会いたいに決まってんじゃん。名前も付けたし。」

 翔吾はニヤリと笑った。

「次に走りに来るのはいつだ?オレと勝負するなら、サクラを連れて来てやる!」

 なにぃ?!そう来るかぁ!あたしは引きつった顔をしたに違いない。


「ちえりちゃん。ちょっといいかな?」

 翔吾のおじさんがアタシに耳打ちした。

「この子、こんなだから友達が少なくてね。よかったら、一緒に走って貰えないかな?」

 やだー!何されるか分かったもんじゃない。断ろう!って思ってたら、父さんがクチを開いた。


「そうか。友達少ないんだ。可哀想に…。鷹宮さん!分かりました!夏休みの間、店の定休日にちえりと一緒に走りに来ます!」

「…父さん!ちょっと!カワイイ娘が心配じゃないの?」

「なんで?ぶん投げちゃったのはちえりだろ?それに友達と切磋琢磨するのはオマエのためにもいいと思うんだ。」


「バイク友達は夏子とかいるじゃん!」

「でも、父さんと休みが合わなくて、レースで顔合わせるくらいだろ?」

 そう、父さんの休みが平日だから、同じ小学校でバイク友達の夏子とはなかなか一緒に走れない。仕方ない。アタシは翔吾の顔をキッと見た。


「いいよ!その代わり、サクラを大事にしてよね!アタシはちえり、晴海ちえり。」

 鷹宮はニカッと笑った。

「分かった。任せろ!立派に育ててやる。」


 アタシはタオルに包んだサクラを鷹宮に預けた。

「軽いなあ。サクラ、今日からオレがご主人様だ。安心しろ。」

 そう言うと、寝ているサクラに頬ずりした。あ、アタシのタオル…。

「サクラ、いい匂いだな。カワイイな。」

 かぁ~!やめろやめろぉ~!


「ちょっと!」

「何だよ?もうサクラはオレのモンだ。?悔しいのか?怒ったか?顔赤いぞ…」

「やっかましぃ!父さん!帰ろう!明日の仕込みがあるでしょう?!」

 アタシはくるりと回れ右をしてトランポの方に走って逃げた。そのまま車に乗り込むとシートに突っ伏した。暫くすると父さんがトランポに乗り込んだ。


「ちえり?ゴメンな?鷹宮さんは来週来るらしいけど、オマエがいやなら別の所でもいいよ?」

 アイツは嫌なヤツだけど、サクラには会いたいなあ。

「いいよ。来週もここで。父さん、お墓ありがとう。来週はサクラのお母さんに、お花買ってこようね。」


「そうだな。オマエは優しいな、ちえり。…そう言えば、今年のレースはいつも通り、夏子ちゃんとでるか?それとも…って、寝ちまったか…。今日は色々あって疲れたな。おやすみ、ちえり!」

 アタシはいつの間にか、寝息を立てていた。サクラと遊ぶ夢を見て。


#バトル


 翌週以降毎週、アタシはサクラに会いに行った。サクラはアタシの事を覚えているのか、アタシに甘えてしょうがない。もしかして包んだタオルでアタシの匂いを覚えたのかも。


「なんでオマエにはそんなに懐くんだ?オレ、最初は咬まれたぞ?」

「アンタは日頃の行いが悪いのよ!サクラはカワイイねぇ。あはは!そんなに舐めないで!」

 翔吾とはサーキットコース内外で、とにかくバトった。特にコース上ではお互いにテールトゥノーズで突っつき合い、カウルが接触するようなバトルを展開した。お互いに何度と無く転倒もしたが、幸いアタシもNSR50も大怪我には至らなかった。


「アンタが無理矢理ノーズをねじ込んで来るから弾き飛ばされたんだけど!女子のカラダに傷付けてどーすんの!」

「知るかよ!インを塞いでノッタリ走ってるからだ!」

 赤くて綺麗だったNSR50も、アタシのツナギもあちこち擦り傷だらけだ。アイツも同様。


「なんでそんなにバトってるの?」

 今日は同じ小学校で同級生の夏子ちゃんを誘ってきた。サクラを見せたかったのと、来週夏休み最後に開催されるミニ耐久レースの調整のためだ。


 夏子のお父さんはアタシの父さんのバイク友達だ。父さんが脱サラする前から、お互いに子供にポケバイを教えたくて、トランポを買ったウチの父さんと一緒にサーキットに来ていた。父さんがラーメン屋を始めてからは休みが合わなくて、今日みたいにアタシが誘った時くらいしか一緒には走れない。学校では毎日会ってるし遊んでるけどね。


 夏子ちゃんはアタシよりも少し小さいけど、スラッとしてて、顔も綺麗で色白美肌、長いストレートの黒髪、女の子っぽいし、勉強出来るし、クールで落ち着いて見える。推理小説が大好きでシャーロック・ホームズの大ファンだ。そのせいか、たまに理科室に入り浸って謎の実験をしている。よく火が出たり、何かを爆発させて、先生から目を付けられている。


 バイクは好きだけど、特別速く走りたい訳では無いみたい。でも耐久レースはアタシに付き合って出場してくれる。今日も何周か流したら、サクラと遊んでくれている。アタシも一息入れて、折りたたみ椅子に並んで座った。


「クンクン」

 サクラが足元にじゃれついてくる。ちょっと足でつついてみると、更に激しくじゃれついてくる。ふふふ、カワイイな。

「翔吾はちえりに気があるわね。イジメる娘は好きな娘って、分っかり易いわ。推理も必要ないわね。」


「やめてよ!キモい!」

 本当にやめて欲しい。アイツは友達いないからアタシとバイクで競走したいだけだ。アタシはアイツと父さんにハメられて仕方なく走ってるんだから!そりゃサクラはカワイイけど、ウチで飼ってあげられないからさ。アタシはサクラを抱き上げて頬ずりした。


「あ〜、サクラ連れて帰りたいなあ。夏子飼わない?」

「ウチもマンションだからムリだって。残念だけど。」

「だよね~。」

 気が付くと夏子がアタシをガン見してる。なにか言いたいことがあるのかな?


「ん?」

「いや…。ちえりはさ、今度のレース私と一緒でいいの?」

「なんで?いつも一緒に走ってるじゃん。」

「ちえりは運動神経いいし、バイクも頑張ってるみたいだから、レーサーになりたいのかな?って思って。」

 うーん。正直そこまで考えたこと無かった。


「アスリートって、低年齢化が進んでて16歳のGPレーサーも珍しくないらしいよ。もし考えてるなら、私よりもっと速い翔吾とかと組んだ方が、上を目指せるじゃない?」

「いやー。そこまで考えて無かったし、ローカルなお子様レースで勝ってもねぇ?」

「ならいいんだけど。」


 コース上では翔吾が走っている。大人に混じっているけど、全然負けてない。むしろ前にいるバイクをつついて、突っ込んで、半ば強引に抜いていく。お互い一歩も引かずに何周も抜きつ抜かれつのバトルを繰り広げる時もある。アタシもさっきまではあそこに居たんだな。翔吾と走るまではここまでのめり込むとは思って無かった。アイツはなんで走っているんだろう?


「アイツは今度のレースには誘わなかったの?」

「誘ってないけど、夏子と出ることは話したよ。『あっそ。』って言ってた。」

「ふーん。」


 そんな話をしているうちにバイク走行からカート走行に切り替わって、翔吾が戻ってきた。いつものように隣の駐車スペースに陣取った翔吾んちのトランポ前にYSRを止める。ヘルメットとグローブを脱ぐと折りたたみ椅子にドカっと腰を下ろした。

「サクラ!来い。」

 翔吾が呼ぶとサクラがソワソワし始めて、アタシと翔吾の方を見比べている。翔吾の所に行きたいのかな?いじわるしてやる。


「やだよ。アタシのサクラだもん。」

 翔吾に見せつけるように、サクラを抱き上げて頬ずりした。

「サクラはアイツより、アタシの方がいいんだよね?」

「オマエ相変わらずやな奴だな。」

 翔吾が呆れたように言う。


「ク~ンク~ン…」

 サクラは焦れて鳴き始めた。しょうがないなあ!

「サクラ!いいよ、行け!」

 下に下ろすやいなや、サクラはダッシュでアイツの所に駆け寄りじゃれつき始めた。


「ふーん。サクラの序列じゃあ、翔吾くんよりちえりの方が上なんだね?」

 夏子が感心したように言う。

「当たり前じゃん。助けたのはアタシなんだから。」

「フン。世話してるのはオレだ。オマエのことなんか、すぐに忘れるさ。」

 翔吾が憎まれ口を聞くけど、面白くなさそうだ。

「なんですって?」

 アタシもカチンと来て椅子から立ち上がりかけた。


「まあまあ。落ち着こう!サクラも困ってるよ?ゴメン、さっきのは失言でした。ゴメンなさい。」

 夏子が慌てて間に入ってくれた。

「と、ところで、鷹宮くんは来週のレースには出ないの?ちえりは私と走るけど。」

 翔吾はニヤリと笑った。

「エントリーした。ちえりはオレがぜってー負かしてやる。」


 やっぱりそう来たか。アタシとチームを組むよりはバトルしたいんだろうなぁ…。

「ふーん。返り討ちよ。って、あんた誰と走るの?友達少ないくせに。」

 翔吾のニヤニヤ笑いが、チェシャ猫のように広がった。いやー!きしょい!

「ふふん。心配ご無用!秘密兵器がいるのさ。秘密だからこれ以上は教えてやらない。」


 クソガキが…。どうやら、速いメンバーを揃えるらしい。自分の力で勝負しなさいよ!

「分かった。楽しみにしてる。それより、今日はまだ翔吾とは勝負付いてないよね?次、勝負する?」

 アタシは立ち上がるとツナギを着始めた。

「オウ、望むところだ。佐藤さん、サクラを頼みます。」

 夏子には丁寧な言葉使うじゃない。やっぱやな奴。


#Cherry × 2


 夏休み最後の週末、父さんは店を臨時休業にした。アタシをレースに出場させるためだ。夏子と夏子のお父さんと一緒にいつもとは違うサーキットに向かった。今日のレースは大きなサーキットの敷地内にある小さなカートコースを200周する耐久レース。


 レギュレーションってルールがあるらしいけど、細かい事は知らない。とりあえず、ほぼノーマルの50ccミニバイクでライダー2名~3名で交代して競走する。年齢制限は12歳までのお子様向けレースだ。昨年初めて夏子と走った時は、アタシが転倒して100周にも届かずにリタイアした。


 今年の目標は完走だ。もちろん表彰台に立てれば嬉しいけどね。でも、翔吾には負けたくない。夏子には悪いけど、アイツとバトったら転倒するかもしれない。それ位アイツは速いし、アタシはアイツの後ろを走るつもりはないから。


 アタシ達はカートコースのピットエリア近くの駐車エリアに陣取ると、早速準備を始めた。NSRは父さんの整備のおかげで、調子は良さげ。辺りにはレースに出場するトランポが続々と集まってきた。父さんがレースの手続きから戻ってきて、夏子のお父さんと話している。


「今日の出場は12台くらいだな。そんなに混みあわないで走れそうだ。」

「よかった!あんまり台数が多いと接触して転倒とか、巻き添えとか、シャレにならないからな。」

 父さん達が話してる横で、アタシと夏子は準備体操とストレッチに余念がない。レースってただでさえ緊張するのに、身体が硬いとライディングにも硬さが出るし、万が一転倒でもしたら、大怪我に繋がる。背中合わせで腕を組んで、お互いに持ち上げるストレッチをしていると…。


「よお。」

 翔吾のような声がしたけど、アタシの目に逆さまに飛び込んできたのは、ふわふわなナチュラルウエーブのプラチナブロンドのロングヘアーと、グレーがかった碧い瞳。まだ幼いが、将来はとびきりの美女になりそうな、でも負けん気の強そうな、キッと口元を結んだ少女の顔だった。

「カワイイ…」

 漏れた!アタシの口から。つい口走ってしまった!恥ずい。照れる~。

「夏子下ろして。誰か来た。」


 アタシが夏子に下ろして貰って振り返ると、翔吾と女の子が並んでいた。女の子の身長はアタシの肩より低い。小さいな。でも、レーシングスーツを着込んでいる。と、いう事は翔吾がペアを組むのかな?


 レーシングスーツはプロテクターでごつい感じになるものだけど、この娘の場合はスーツの下のか弱さを隠せない。真っ白なスーツは小さな身体を必死に守る白銀の鎧のようだ。こんな娘がバイクなんかに乗れるのかなと、失礼なことを考えてしまった。女の子は胸に犬のサクラを抱いている。サクラは懐いているのか、大人しく抱かれている。


「悪いけど、今日は勝たせて貰うぜ。」

 翔吾が話しかけてきた。

「この娘は親父の友達の娘で、パティっていうんだ。結構速いぞ。」

 パティって名前の女の子は、翔吾の腕を引っ張って、じっと翔吾の顔を見つめた。


「ん?」

 翔吾は少し屈んで顔を女の子に近づけた。パティはちょっと背伸びをして、翔吾の頬に唇を近づけ…!え、ちょ…!キス?って思ったら、翔吾の耳元に口を寄せ、手で口元を隠して囁き始めた。あ~、びっくりした。アタシってば何を意識しているんだろう。


「…あー、なるほど。ちゃんと紹介してくれと?…うん?…分かった。」

 内緒話が終わった。

「オマエらをパティに紹介しろって。Patricia,this is Chieri.This is …えーと?」

「Natsuko、夏子ちゃんだよ。翔吾、失礼だな。」

 なんでアタシがフォローしなくちゃいけないんだ。しかもコイツ英語喋った。なんか似合わない。


「…Cherry?」

 パティと紹介された少女がアタシを見て尋ねた。声小さい。でもカワイイ。パティはアタシに手を差し出した。

「Hi. I’m Patricia Sparkle Cherrysweets. Nice to meet you.」

 ああ、自己紹介してくれたんだ。名前長っ!でも、Cherryって言ってた。

「アタシ、ちえり。Cherryって一緒だね!よろしくね?」


 アタシは少女の手を取った。小さい手、こんな手でバイク乗るんだ。ホントかな?

 ギュッ。

 った!痛っ!パティは小さい手で思い切り握ってきた!ていうか、アタシの手をつねった。でも顔はニッコリ笑って、小さな声でこう言った。

「マケナイヨ。」

 彼女は最後にクスッと笑って手を離した。そしてプイッと横を向くと、翔吾の腕を引っ張って戻ろうとした。翔吾を見るとアタシを睨んでいる。


「ちえり。今日も勝負だ。絶対まけねー!」

 宣言すると戻って行った。

 何なの?この人達?

「ちえりも大変だね~。三角関係?私は暖かく見守るよ。」

 夏子が半分くらい呆れて言った。三角関係?やめて欲しい。そう言えば今日はサクラにも触らせて貰ってない。ああ、イライラする。絶対負かしてやるんだから!ちょっと景色が滲んできた。


「…ちえり、大丈夫?」

 夏子が心配そうにアタシの顔を覗き込んだ。さっきはちょっと面白半分の顔をしていたけど、今はアタシの目を真っ直ぐに見てる。本当に心配してるのかも。いかんいかん!夏子はアタシに付き合ってレースに出てくれているというのに…。

「何でもない、何でもない!…アイツら失礼だよね?夏子の名前を覚えてないし。サクラも薄情だよ。あんな娘に大人しく抱かれっぱなしだし…」


 やだ…アタシ、どうしたんだろう。

「…ちえり、分かった。アイツらをやっつけよう。うん、大丈夫。私も頑張るから。」

「夏子ぉ~っ!ありがとう!頑張ろうね!」

 夏子のおかげで少し元気になった。アタシだって、負けないんだから!


#耐久レース・スタート


 タイムアタックによる予選の結果、フロントロウは翔吾&パティ!アタシと夏子は12台中5位だった。特にパトリシアは驚きの速さで頭一つ抜けたタイムを叩き出した。ライディングは超アグレッシブ!小さな身体を精一杯使って、コマドリのように慌しくコーナーを駆け抜けて行く。そんなライディングだから、時にリアが滑ったりするのに、軽くカウンターを当てて立て直すと、何も無かったかのように立ち上がっていく。


「あれはダートやってたね。滑るの分かってて、準備が出来てる。最終コーナーで他のライダーを上手くパス出来てたら、もう少しタイムが伸びてたかもな。」

 父さんが感心したように話している。アタシや翔吾も結構攻めるタイプって思ってたけど、どちらかと言えば相手がいると燃える方だ。一人で走ってもつまんない。決勝では絶対に追いついて抜いてやる。


 レースは2~3人のライダーが交代で200周走る耐久レース。一度に走れるのは40周までで、一人のライダーは130周以上走ってはいけない。アタシは第一ライダーで120周走る予定だ。こんなワガママに付き合ってくれる夏子には感謝しかない。


 決勝のスタート時刻が迫ってきた。アタシは第一ライダーとして、スタートから走る。スターティンググリッドに付くと緊張してきた。やっぱりスポーツ走行や予選のタイムアタックとは違う。スタートは上手くいくかな。転ばないかな。速く走れなかったらどうしよう。いろんな不安がアタシの心の水面に現れては波を立てる。


 ふと前を見るとポールポジションのパトリシアが見えた。バイクに跨っているけど、ハンドルからは手を離して身体を起こしている。背すじを伸ばし、勝負に赴く決意に充ちた凛とした雰囲気を感じさせる。しばし見とれていると、ふいにシールドを上げて空を仰いだ。アタシもつられて空を見上げた。夏の終わりの青く高い空に、一筋の飛行機雲が流れている。凄く高いところを飛んでいる飛行機が、雲を流しながら静かに進んでいく。


「綺麗…」

 ビィーン!ビィーン!

 急に周りのバイクがエンジンを吹かし始めた。もうすぐフォーメーションラップがスタートする時間だ。空に見とれていたアタシは不思議と落ち着いていた。さっきまでの不安の波が収まって、心が澄んでいる。大丈夫。


 フォーメーションラップがスタートした。コースを1周してスターティンググリッドに戻ってくるだけだけど、少しでもタイヤを暖めておきたい。タイヤウォーマーは使えないレースだし耐久レースだから、みんなスロースタートなんだろうけど、タイヤが暖まっていなくて滑りましたなんて恥ずい。


 意識してアクセルオン、ブレーキングを繰り返し、タイヤを揉む。少しでも暖めておこう。何もしないよりはマシだ。あっという間にコースを1周してスターティンググリッドに戻ってきた。もうすぐスタートだ。いつもならもっと緊張しているはずだけど、綺麗な空を見れたからかな、今日は平気。パトリシアを見ると、集中しているのが分かった。もしかして緊張してるのかな?少し肩に力が入っているようにも見えた。でもきっと最初から飛ばしてくる。ついて行かなきゃ。


 スターターが日の丸を持って、スタート位置に着いた。いよいよスタートだ。アタシも他のライダーもスロットルをあおってスタートに備える。スターターがフラッグをかざす。カウントダウン。…3。スロットルを更にあおって、クラッチミートに備える。…2。身体をタンクに伏せ、フロントリフトを抑えるように荷重をかける。…1。クラッチレバーを引いた左手の指先に神経を集中する。…0!フラッグが振り降ろされる!クラッチミート!


 パァゥァァァァァ!

 フロントフォークが伸び上がり、リアサスが沈み込む。リアタイヤにフル荷重し、マシンが加速する!ノーマルの2ストローク50ccだからいきなりウィリーするようなパワーはないけど、きっちり決まったスタートダッシュで前列のマシンに急接近する。シフトアップ!アタシは追突を避け、マシンを少し内側に持ち出す。130mほどのストレートの中程からのスタートだから、すぐに第一コーナーが迫る。ブレーキング!


 グググッ!

 タイヤはまだ暖まっていないから、いきなり無茶はしない。タイヤのグリップを確かめながら、基本に忠実にアウト-イン-アウトで混雑したコーナーをクリアする。この辺で前に3台のマシンがいるのが見える。


 ビビビィーン!パンッ!

 立ち上がりシフトアップ。緩やかな左の第二コーナーへ加速し、グッとブレーキ、シフトダウン。すぐにキツめの右第三コーナー。


 ズズズ…

 やばいやばい!リタイアがズリそうになった。まだタイヤは温まっていない。がまんがまん。第三コーナーのアウトからイン側に付くと、左第四コーナーのヘアピンに向けてガバッと切り返す!このコースで数少ないアクセルを開けられるポイントだ。白いスーツが先頭にいるのが見えた。逃がさないんだから!


 ビィーン。パァァァァ!

 第四コーナーのアウトからイン側へ付くと、マシンを起こして立ち上がる。シフトアップ!


 パパァーン!

 緩やかなRの右第五コーナーのアウトからインをかすめると、右の第六コーナーが迫る。マシンは加速してアウトへ。


 ギュッ、グゥゥッ。パゥッ!

 フルブレーキングからシフトダウン。マシンを右にガッと倒し込む。


 ビィーン!ギュワッ!

 アクセルオン。マシンが起きたら反対側にフルバンク!左ヘアピンの第七コーナーはアウトに膨らまないように注意。


 ビビビビビビ…。

 次の最終コーナーの立ち上がり、ホームストレートでスピードに乗せるための準備だ。ここで目の前を走る1台が外側に膨らんで、最終コーナーの立ち上がりラインが窮屈になった。

「もらい!」

 アタシは立ち上がりラインをクロスさせ、右の最終コーナーを立ち上がる!シフトアップ!


 ビィーン!パァァァァ!

 前を走っていたマシンはフル加速する前にホームストレートの外側に貼り付いてしまった。アタシは内側からスピードに乗って抜き去った!シフトアップ!前を走るマシンは2台。まだ引き離されてはいない。タイヤが暖まってからが勝負だ。第一コーナーが迫る。ブレーキング、シフトダウン。


 グゥゥゥッ。パンッ!パゥン!

 1周600m弱のコースを30秒ちょっとで駆け抜けた。レースは2周目に突入。背中に夏の日差しが突き刺さり、体温は急上昇。まだまだ先は長い。暑くて熱いレースになりそうね!


 5周目から先頭の白いドレスのお嬢さんがじりじりと差を開き始めた。タイヤが暖まってグリップが安定してきたし、まだまだ余裕があるみたい。予選の超アグレッシヴなライディングは抑えて耐久レースっぽく走っている。


 アタシは2位グループの3台と抜きつ抜かれつでトップを追ってる。抜け出せないことはないけど、序盤だし白いお嬢さんがまだ見える範囲内なら慌てなくていいかな?後ろからお嬢さんのお手並み拝見って感じ。2位グループの他のライダーも同じことを考えているようで、トップのペースアップには付き合うけど、バトルに持ち込むのは遠慮しているようだ。お嬢さんは見た目は幼いから、じきに体力が尽きて落ちてくると思っているかもしれない。


 10周も走ると猛烈に暑くなってきた。20周になると汗がスーツの中を流れてるんじゃないかってくらい。喉は乾いてくるし、もうっ!このレースは一度に40周を越えて走るとペナルティがある。だけどライダー交代でピットインするとタイムロスになるから、目一杯40周を一人で走るのがアタシのチームの作戦。多分他のチームも同じことを考えている。次のピットインまでの半分を走ってきたけど、暑くてたまらん!最初だからまだいいけど、大丈夫かアタシ?


 20周を越えても先頭は相変わらず白いお嬢さん。ピットボードで教えて貰ったタイム差は5秒くらい。2位グループは台数が増えて5台。そろそろ最後尾のマシンが見えてきた。ここからは周回遅れのマシンを上手くパスしていくのも重要になる。お嬢さんが最後尾をパスしていく。程なく2位グループも最後尾をパス。


 うん?差が縮まってる?お嬢さんのマシンがさっきよりも近づいている。最後尾のマシンはラインを譲りはしなかったけど、妨害もしなかった。もしかして?また周回遅れのマシンが近づいてきた。今度は2台。お嬢さんは追い付いたけど、アタックしかねている。最終コーナーの立ち上がりでようやく一台抜いて、その後もなかなか抜けない。


 結局もう一台も同じポイントでしか抜けなかった。その頃には2位グループはお嬢さんをテールトゥノーズで突っつき始めたが、前が開けるとペースを上げて引き離していく。やっぱり、この娘はバトルの経験が少ないんだ。何とか混戦に持ち込んで抑えるしかない。接近戦は最近の翔吾とのバトルで随分と鍛えられてるしね。


 お嬢さんがピットに向けてコースアウトした。まだ30周くらいだけど、なんかトラブルかな?まぁいい。これでアタシ達が1位グループだ。多分、翔吾に交代するだろうから、今のうちに差を広げておきたいけど。お嬢さんが周回遅れにもたつく間に前が詰まって、後続が追い付いてきた。結果、1位グループは8台ほどの団子状態!なんだか、期せずして混戦になってしまった。翔吾の事だ、後続を蹴落としながら上がってくるだろう。


 ボードにピットインの指示が出た。やっと40周を走り切った!暑い!喉乾いた!他のチームもぞろぞろとコースアウトする。ピットロードに向かうと夏子がスタンバッて、父さんと並んで立っている。シールドを上げると風が気持ちいい。夏子の前に止めると急いでマシンを降りた。


「お疲れ様!頑張ったね!」

 夏子が声を掛けながら、マシンを受け取り、ハンドルを握った。

「マシンは異常無し!混んでるから、マジ気を付けて!安全運転ね!」

「オッケー!じゃね!」

 アタシが拳を突き出すと、夏子も拳で軽くタッチ。交代完了だ。


 ビィーン。ビィィィィ。

 夏子は混雑するピットロードをすり抜けてコースに戻っていった。他のチームもライダー交代に忙しい。

「ちえり、お疲れ!」

 父さんがスポドリを差し出してくれる。アタシはヘルメットを脱ぐとトランポの荷台に放り出して、スポドリに食いついた。ガッガッガッと一気にあおって息をつく。


「ぷはぁ!生き返るぅ~。」

「ちえりは…オヤジ入ってるよな?」

「だって暑いんだってば!30分近く蒸し風呂の中でスクワット、腕立て伏せ、握力やってたんだから!少しくらい勘弁して?」


 あんまり暑いので、スーツから上半身を抜くと、パイプ椅子にどっかり腰を落とした。コースに目を向けると、マシンに子供がしがみつき、ヒラリヒラリと踊っている。傍から見ると楽しく遊んでいるみたいだ。団子状態で連なって走っている様は、ドミノ倒しが倒れては、また起き上がってくる様にも見える。


「パタパタパタ。ピョコピョコピョコ。…あ、夏子見つけた。」

 夏子は団子状態の中で落ち着いたライディングをしている。見ていて安心する安定感。速さは無いが、着実にラップを重ねる堅実さがある。ポケバイは夏子も持っていたけど、ミニバイクに乗り換えてからはアタシんちのバイクに乗ってる。多分、コケちゃいけないっていう遠慮があるんだろう。


 今まで夏子がコケるところを見た事が無い。今日みたいな耐久レースの場合は、凄い頼りになるんだよ。夏子は団子状態の行列の中でポジションを見つけて、確実にゴールに向けて進んでる。


 そんなリズムカルな行列に抗うように、列を乱し、前へ前へと進撃しようとするマシンが一台。いつの間にか、アタシは翔吾のYSRを見つめていた。


 ホームストレートで先行のマシンに貼り付いて前に出る。コーナーのブレーキング競走でガチのチキンレースを仕掛ける。ヘアピンではマシンの鼻先をねじ込んで、相手のマシンをアウトに追い出す。最終コーナーの立ち上がり重視のラインは死んでも譲らない。スポーツマンシップに照らすとどうなの?って思うけど、闘争心?を剥き出しにした男の子の姿はちょっとかっこいい…。


 ん?

「…ない!無い無い無いから!」

「ちえり?どうした暑いか?顔、火照ってない?熱中症にならないように注意しろよ。」

 父さんが心配そうにアタシに水のペットボトルとタオルを渡してくれる。アタシは身体を折り曲げて頭を下にすると、ミネラルウォーターを後頭部からぶっかけた。冷たーい。気持ちーい!火照った顔とモヤモヤした気持ちを、冷たい水が冷やして流していく。タオルを頭に掛けて、ゴシゴシと拭きながら、起き上がる。


「大丈夫だよ。父さん、ありがとう。スッキリしたよ。」

「うん。翔吾くん、頑張ってるな。耐久レースだから焦ることは無いんだけど、あれが彼のスタイルなんだろうな。」

 そうだね。アイツと走ると楽しいんだ。本気でぶつかってきてくれるから。そうしてアタシは翔吾の姿を追い続けていた。


#耐久レース・妨害


「…アイツら生意気だよな。」

 アタシんちのトランポの後ろから、男の子達の話し声が聞こえた。3人?

「チビっ娘はバカっ速やだし。男の方はマジウザイし。」

「オレら12歳で最後のレースだし、表彰台登りてー!」


「チョイ、締めね?」

「ヤルならチビだな。あんまりバトル得意じゃなさそうだし。チビだし。」

「よし。次交代したら、やんぞ。」


 ちょっと?

 アタシは慌ただしくスーツを着込むとトランポの後ろに回ってみた。誰もいない。スーツを着ている間にいなくなってしまったのか。うーん。やな予感する。もうすぐ次のライダー交代の時間だ。でも、お嬢さんに気を付けてって、伝えておかないと。アタシは翔吾んちのトランポを探した。あまり時間が無い。どこ?


「ワン!ワン!」

「サクラ?!」

 いた。10台くらい先の駐車スペースでサクラが鳴いている。アタシを見つけて走って来た。


「サクラ!」

 サクラはアタシの足元に走ってくると、ぴょんぴょん跳ねて、まとわりついてくる。アタシはしゃがみ込んでサクラを抱き上げ、抱き締めた。サクラは激しくもがくし、アタシの鼻を舐めるし、なんて可愛いんだ!サクラを抱いたまま、翔吾のトランポに向かうと、丁度お嬢さんが交代して、ピットロードに出たところだった。翔吾がヘルメットを脱いで、椅子に腰を下ろした。


「翔吾!」

 アタシは駆け寄ると声を掛けた。翔吾は不審そうにアタシの目を覗き込んでいる。

「よう。なんか用か?」

 言わなきゃ…って、なんて言えばいいんだろう?


「あー…。アンタ達のことウザイって思ってる奴らがいる。あの娘に何かしようとしてる。気を付けた方がいい。」

 翔吾は何を言ってるのか、分からないって顔をしてる。

「とにかく!あの娘が狙われてる。アタシはこの後交代したら、あの娘を守るから。翔吾も気を付けて!」


「…マジか?」

 やっと、アタマに入ってきたらしい。凄い嫌な顔になった。

「マジ!もう時間が無い。アタシは行く!サクラをよろしく!」

 そろそろ交代の時間だ。アタシは翔吾にサクラを押し付けると、ウチのトランポに向けて走った。


 アタシが準備を終えるや否や、夏子がピットロードに戻ってきた。他のチームもライダー交代のタイミングだが、周回もバラついてきて、ピットロードがごった返すことは無い。スタートから50分経過した現時点の順位は、翔吾のチームが81周でトップ。3チームが同一周回で、アタシのチームが80周で5位、同一周回に3チームが連なって走っている。2台ほど転倒するチームも出たが、棄権するチームはまだ無い。


「夏子!お疲れ!よかったよ!」

「ゴメン!ちょっと頑張ったんだけど、遅れちゃった。」

「大丈夫!休んどいてね!」


 2位グループはお嬢さんを狙うようなタイミングでコースに戻った。アタシはその後を追ってコースに出る。お嬢さんの目の前を2位グループの3台が走っている。アタシはお嬢さんからコーナーひとつ分後ろを走っている。もしコイツらが、お嬢さんになにか仕掛けるつもりなら、ヤツらを抜きにかかるその時だ。


 お嬢さんが最終コーナーを立ち上がり、最後尾の直後にベッタリ貼り付く!

 パァァァァ!

 一台を抜きにかかった。コントロールライン近くで一台をかわし、第一コーナーでインを突く。


 ググッ。パンパンッ!

 第二コーナーから第三コーナーで外から並び掛けようとするお嬢さんに前の2台が並んでインとアウトのラインを塞いだ。後ろからはたった今抜いたマシンが抜き返そうとプレッシャーをかける。


 ザザザッ!

 お嬢さんはたまらずスライドするとアウトに膨らんだ。プレッシャーをかけていたマシンがすかさず抜き返す。こんな事を続けると心とタイヤがすり減って消耗してしまう。ヤツらの狙いはそこにある。


 そんな様子を見てるうちにアタシはお嬢さんに追い付ついた。さて、どうしたらいい?翔吾にはお嬢さんを助けると言ったけど、実はノープランだ。相棒が翔吾なら一人ずつ切り崩すのも出来るかもしれないけど…。とにかく、お嬢さんが消耗しないようにして、翔吾に引き渡す。アタシはとにかくお嬢さんの前に出る事にした。


 お嬢さんのYSRは早くも心が折れたのか、何か思案しているのか、2位グループから少し離れ始めた。一度後ろを振り返ったけど、アタシと分かったかどうか?分かったとしても味方が来たとは思っていないだろう。アタシはお嬢さんを抜けば2位グループに入って、周回遅れから同一周回に追い付く事が出来る。


 パァァァァ!

 アタシはペースの落ちたお嬢さんを最終コーナーの立ち上がりで捉える。

 パァァァァ!

 ホームストレートで真後ろから貼り付いて抜き去り、第一コーナーのブレーキング競走。


 ギュワッ!パンッパンッ!

 インから鼻を取って前に出た。お嬢さんもアウトから被せて抵抗するけど、第二コーナーから第三コーナーでアタシは完全にポジションをキープした。そのままペースを落とさずに2位グループに肉迫する。アタシとしては2位グループをパスして、お嬢さんに追い付きたいけど…。アタシが後ろを振り返ると、YSRもすぐ後ろに着いて来ている。


「行くよ!」

 アタシは左手を握って真横に突き出し、親指を立てて前に振り出した。お嬢さんは気付いてくれたかな?アタシは2位グループ3台の最後尾にアタックを開始した。


 3台目のマシンは割りとアッサリと抜かせてくれたけど、そこからが難しい。お嬢さんを退けたのと同じ作戦でプレッシャーを掛けてくる。

「もうっ!何なのコイツら!」


 ズザザザザッ!

 アタシは暫く抵抗したけど、アウトに弾き出されて3台目に抜き返された。お嬢さんは静観していたのか、手が出せなかったのか、後ろに控えている。仕方ない。ちょっと様子見。アタシが交代してからそろそろ20周になるか?2位グループを切り崩せない。このままだと表彰台に届かない。どうしよう。


 最終コーナーを立ち上がりホームストレートを通過すると、ピットボードが残り20周を知らせてくれた。後ろを確認するとお嬢さんの姿が無い。転倒した?まずい、ガッチリブロックされたまま交代したら、順位は下がってしまう。何よりコイツらの思い通りにさせたくない。けど、夏子に無理をして欲しくない。

「仕方ない。やりますか。」


 パァァァァ!

 アタシはスロットルを開けて単独追撃を開始した。最後尾のマシンを第一コーナーの突っ込みでパス。第二コーナーから2台目のマシンに迫る。右の第三コーナーでアウトから並び掛けるけど…。第四コーナーで先頭のマシンがアタシのラインを塞いだ。

「うわ…やばい!」


 ギュワッ!ザザッ。

 咄嗟にブレーキを握ってしまった。アタシのマシンはコントロールを失いかけていた。マシンが起き上がり、第五コーナーのゼブラゾーンが迫る!やだ!こんなヤツらに負けたくない!


『翔吾!』

 何でアイツの名前を呼んだんだろう。アタシは必死に暴れるマシンをなんとか抑え込み、第六コーナーに舵を取った。


 パァァァァ!

 その時、アタシのインを突いて抜き去るマシンが二台!一台は2位グループの最後尾のマシン。もう一台はよく知ってる。一迅の青い風となって、アタシを追い越して行くのは、水色に黄色いラインのYSR!


「翔吾!」

 今度は声が出た。YSRのライダーは白いドレスのお嬢さんじゃなくて、黒に青いラインのスーツ、翔吾だ!

 体勢を立て直したアタシは翔吾の後ろに付いてヘアピン、最終コーナーへと走る!


「なんだよ…。もっと早く来いよ。翔吾…。」

 最終コーナーを立ち上がり、翔吾は握った拳を真横に突き出し、親指を立てて前へ振り出した!


「もう!カッコつけんなよ…。」

 へへっ…ちょっと泣きそう…。

 ちょっとセンチメンタルなアタシを現実に引き戻すように、第一コーナーが迫る!


 グッ。ギュギュッ!パンッパンッ!

 ハードブレーキング!シフトダウン!マシンを倒し込み、クリッピングポイントからアクセルオン!アタシは翔吾の後ろにピタッと貼り付く。翔吾はチラッと振り向いたけど、もう前のマシンに集中している。


 第二コーナーから第三コーナーへ。ヒラリヒラリとコーナーをクリアして行くが、翔吾は2位グループの最後尾に対して、インからアウトからプレッシャーを掛け続ける。多分、抜くのは最終コーナー。アタシは後ろで翔吾が動くのを待ち構えていた。最終コーナー手前のヘアピンで翔吾が仕掛けた。


 ズイッ。

 左ヘアピンでラインをクロスさせ、インに鼻先を突っ込む。相手は接触を避け、アウトに膨らんだ。その分、最終コーナーの立ち上がりが窮屈になる。


 ギュワッ!パゥァァァ!

 一瞬の隙を翔吾は見逃さない!イン側から鋭く立ち上がるとホームストレートに躍り出る。


 パァァァァ!

 相手のマシンはアウトに貼り付き、立ち上がりが鈍い。アタシはコイツに並び掛ける。タンクに身体を伏せて、ホームストレートの加速勝負!限界まで引っ張って、シフトアップ!


 パァァァァ!パァァァァ!

 フロントが並んだ。第一コーナー手前でブレーキング競走のチキンレース!先に減速したのは相手の方。


 ギュギュッ!ギュワワッ!パンッパンッ!

 アタシも一瞬遅れてフルブレーキング!ギリギリ間に合ってマシンを倒し込む。第一コーナーでインを差された相手のマシンは、倒し込むタイミングを逃してスピードダウン。2位グループから脱落した。コーナーから立ち上がり、アタシが前を向くと、翔吾が軽くガッツポーズするのが見えた。これで追う方も追われる方も二対二。後ろから突っつかれる事も無い。


 コーナーをクリアしながら、翔吾の前を行く獲物を観察する。2位グループの二台は第二コーナーから第三コーナーへ。次のマシンはインにベッタリ貼り付いて、翔吾が鼻先を突っ込む隙を見せない。翔吾が左手でアウト側をチョイチョイと指差した。アタシにアウトから行けって?右へキツめの第三コーナーを抜ける。左ヘアピンの第四コーナーから緩かな右の第五コーナーで翔吾が動いた。右の第六コーナーに向けてイン側から鼻先をネジ込もうとする。相手のマシンはそれを予測していたのか、早くイン側に寄せて来る。


「今だ!」

 アタシはアウトから旋回速度重視で突っ込んだ!


 グワッ!カリカリッ!カリカリカリカリ…。

 右膝のバンクセンサーを路面に擦り付けながら、インに付いた二台の外側から並び掛ける。キツめの第六コーナーでイン側の二台は窮屈なライン取りでノッタリと旋回している。その鼻先を掠めてアタシのマシンはジリジリと前進する。


「ガマンガマンガマンッ!」

 コーナーを抜けると、左ヘアピンの第七コーナーのインを取った。スパッと素早く切り返す!相手のマシンをアウト側に追いやると、右の最終コーナーへ。2位グループ先頭のマシンが目の前にいる!


 パァァァァ!

 ホームストレート!真後ろにベッタリ貼り付いて、コントロールライン近くで一気に抜き去る!


 パァーン!パァァァァ!

「しゃあっ!!」

 第一コーナーに先着!ブレーキング、シフトダウン!


 グググッ。パンッパンッ!

 第一コーナーを立ち上がり、第二、第三コーナーへ。


 パァァァァ!

 チラッと後ろを振り返ると、2位グループのマシンはいない。少し離れて翔吾のYSRが追ってくる。最強の相棒が、最悪の敵になった!


「アレ?今の順位は?」

 翔吾が追撃してくるのを意識しながらも、順位と残り周回が気になり始めた。コーナーを次々とクリアして、ホームストレートに戻ってくる。ピットボードの文字は


『TOP!Last3Lap』!

「なぁーにぃーッ!」

 現時点第一位!残り3周で夏子に交代だ。


 ふと気づくとイエローフラッグが振られている。第一コーナーの先に2位グループのマシンが一台コースの外に止まっている。ライダーはマシンを降りてマシンを見ている。さっきのバトルで転倒したのかな?


「翔吾の仕業かな?」

 ゾッ!って一瞬背筋が寒くなる。翔吾のアタックが厳しい事はアタシがよく知ってる。この夏休みに何度と無くバトルをして経験した。レースでリアルな勝ち負けが付くなら、負けず嫌いな翔吾の事だ、なりふり構わず挑んで来るだろう。再び後ろを確認すると、さっきより近い気がする…。シールドの奥から鷹の様な目がアタシの背中を突き刺す様に捉えているように感じる。


「くっ…。」

 2位グループ追撃で感じていた高揚感は、いつ襲ってくるか分からない鷹に追われるウサギの様な恐怖心に取って変わった。夏の日差しはアタシの身体を熱くするけど、冷たい汗が噴き出して気持ち悪い。腕が重い。喉が渇く。冷たいスポドリが飲みたいな…。あと一周か、長いな。


 長い一周をなんとか走り切り、気が付くとピットロードに戻っていた。夏子と父さんが待っている。

「ちえり、お疲れ!やったね、トップじゃん!」

 夏子の前にマシンを止めて、重い身体を引き起こす。足を上げて降りるのも億劫だ。翔吾の事、気を付けてって夏子に言わないと。


「夏子、翔吾に気を付けて!近寄って来たら道を譲って。安全運転でね!」

 マシンに跨りながら、夏子は何言ってるのって顔をした。

「うん?大丈夫だよ?じゃ、行ってくる!」


 ビィーン。

 夏子がピットロードからコースへと戻って行く。ヘルメットを脱いでコースに目をやると、翔吾のマシンがホームストレートを通過した。夏子は翔吾の後に続く様に合流していった。いきなりのバトルは無さそうだ。ほっと息をついた。


「ちえり!やったな!トップだ!」

 父さんがアタシの頭をくしゃくしゃにした。

「父さん!やめて、汗かいてるから。」

 アタシはトランポの荷台からタオルとスポドリと水を取って、椅子に腰掛けた。頭から水をかぶってスポドリを飲み干す。さすがに疲れた。でも、アタシはもう一度コースに戻ってあと40周走らなくちゃならない。


「はぁ…。父さん。トイレ行ってくる。」

 アタシは駐車場の端っこにあるトイレに行った。出てくると待っている人がいた。お嬢さんだ。アタシの顔を見ると、何か口に出そうとして、モジモジしている。

「…どうしたの?」

 アタシはなんだろうって思って、彼女の顔を覗き込んだ。お嬢さんはプイと横を向いてしまった。そして、なんだか恥ずかしそうに言った。


「Ah…アリガト…thank you…」

 え、アタシにお礼を言いに来たの?

「や、別に、何もできなかったし。いいのいいの!えーと、…ユアウエルカム!」

 なんだかアタシも恥ずかしい。


「じゃ、じゃあね!」

 アタシはそそくさと、トランポに戻ろうとした。お嬢さんがアタシの手を取って引き止めた。

「Next!…マケナイヨ。」

 振り返って見た彼女の目は、挑戦的な、負けず嫌いな、くもりの無い薄い碧い光をたたえている。アタシは少し楽しくなって、ニカッと笑ってしまった。ついでに、取られた手をつかんで握手した。

「こちらこそ!」


#耐久レース・バトル


 トランポに戻って、レースの状況を見守った。夏子は堅実なライディングでラップを刻んでいる。アタシが夏子と交代している間に翔吾がトップを奪い返した。2位グループはバラバラになって、組織的なブロックは封印されている。父さんはあのブロックについて、主催者に文句を言いに行ったらしい。2位グループの各ライダーには厳重注意があったみたい。アタシ達の順位は現時点で2位。ただ、夏子のタイムはそれほど程速くはないから、アタシに交代する頃にはもう少し順位を落としているだろう。


 翔吾がピットに入ってきた。お嬢さんと交代して、YSRはコースに戻って行く。あの娘は何者なんだろう?翔吾の友達なんだろうけど、外人さんだもんね。親関係って言ってた?国際交流関係?


 パァ〜ン!パァァァァ!

 白いスーツが、ホームストレートを駆け抜ける。速い。今までブロックされていた鬱憤を晴らすように飛ばしてる。


 グゥンッ!パンッパンッ!

 鋭い突っ込み!ギリギリのブレーキング!

 スパッ!ザリザリザリッ!

 一気に腰を落として思い切りのよい倒し込みから、膝を擦りながら第一コーナーを旋回する。テールも少しスライドしている。


 ビィーン。パァァァァ!

 リアが落ち着くやアクセルオン!第二コーナーを立ち上がって行く。

「うっわっ。何じゃありゃあ!」

 父さんが呆れ顔で眺めている。レースは終盤に入って、ライダーはかなり疲労しているはずだ。周回遅れのマシンもコース上にバラけている。青いYSRはその間を縫って駆け抜けて行く。

「青いYSRはちょっと独走だな…。ちえり!ウチはマイペースで行こう!」

「そうだね…。夏子は大丈夫。気にせず走ってる。」


 口ではそう言ったけど、アタシの気持ちはそうじゃない。多分YSRを睨みつけていたんだろう。背後の気配に気がつかなかった。

「オイ、あんまりニラむなよ。」

 びっくりした!振り返ると翔吾がニカッと笑って立っている。


「アンタの相棒、調子いいじゃん!」

「オマエのお陰だよ。アリガトな。」

 お?珍しく素直じゃん。いつもこうならいいのに。

「別にぃ?アンタもさっき助けてくれたから、おあいこでしょ。」

「そうだ。オマエに借りは作りたくないからな。」


 あ〜…お互い一言余計だよね…。

「このまま行けばオレのチームの勝利だ。でもオマエとの勝負はまだ残ってる。」

「分かってるじゃない。」

 アタシは立ち上がって、翔吾に向き合った。

「アタシも望むところだよ。」

「よし!ウチも次が最後のライダー交代になる。チェッカーが振られるまでの勝負だ!逃げんなよ?」

「負けないよ!」


 先にお嬢さんがピットに戻って来た。予定の周回を終えて翔吾にバトンタッチする。3周遅れて夏子がピットイン。降りる時にフラついて倒れそうになった。

「夏子!大丈夫?後は任せて!」

「ごめん!だいぶ遅れちゃった。気を付けて!」

「了解!行ってくる!」


 アタシはNSRに跨るとピットロードを進みながら、コース上に翔吾の姿を探した。丁度、ホームストレートを通過したところだ。このままコースに戻ればすぐに追いつくだろう。アタシはコースに戻って翔吾を追い始めた。


 って思ったけど、なかなか追いつけない。かなり気合いを入れて走っているつもりなのに!コースに戻った時にコーナー一つ分くらいの差だったはずだが、追いついたのはそろそろ10周もした頃だった。

「抜かすのも簡単じゃなさそうね。」

 翔吾がチラッと振り向いた。真後ろにいるアタシが見えたはずだ。


「さぁ!アタックしちゃおっかなー!」

 ぴったり後ろについて、最終コーナーを立ち上がる。アクセルオン!

 グッグッグッ。パァァァァ!

 レッドゾーンまで引っ張って、シフトアップ!

 カシッ。パァァァァ!


 コントロールラインを通過!アタシは並び掛けようとイン側に出る!翔吾のマシンは一歩も引かない!勝負は第一コーナーの突っ込みへ。

 ギャウッ!パンッ!パンッ!

 ブレーキング競走は互角。前を走る翔吾は思い切ってマシンを倒し込んだ。

「うわっ!ヤバッ!」

 インにいたアタシは接触を避けるため、ブレーキをリリースするタイミングが遅れた。仕方なく翔吾について第二コーナーへ。


 ビィーン。パァァァァ!

 次の第三コーナーでアウトからジリジリと被せて行こうとする。

 カリカリッ!ビビビビビビィ~!

 ここでも翔吾は譲らない。第四コーナーへスパッと切り返すと、アタシが仕掛けるラインを潰した!

「くっそ!」


 パゥッ!パァァァァ!

 第四コーナーを全開で立ち上がって行く。緩やかな第五コーナーを抜け、鋭角の第六コーナーでインを突く!

 ギュギュッ!パンッ!グワッ!


 よし!もらった!窮屈なラインになったけど、インを取り先行!でも次のコーナーでアウトに膨らんでしまった。

 ズズズ…。ビビビビィーン。

 アクセルが開けられずインが空く。翔吾はその内をスルスルと抜いて行った。最終コーナーは翔吾が先に脱出。


 パァァァァ!パァァァァ!

 この周回のアタックは不発。

「まだまだぁ!もう一丁行くから!」

 頑張れ!アタシ!


 そんな競り合いを何周したのかな?抜きつ抜かれつ、アタシが前に出る時もあったけど、リードを拡げることは出来ずなかった。また抜かれて、今は翔吾の真後ろを走っている。ちょっと小康状態で煮詰まってる。

「あぁ!もうっ!翔吾しつこい!」

 アタシも翔吾も諦めが悪いから、仕方ない。耐久レースらしいっちゃらしいけど、そろそろ限界だ。残り周回は約10周。アタシも翔吾も合計100周以上走っている。大詰めだ。


「ヤバイヤバイ。」

 両手、両腕はクラッチとブレーキの操作でパンパン。前傾姿勢キープで首から肩から腰までガチガチ。ステップの上で体重移動、踏ん張りで太もも、膝はガクガク。シフトアップダウン、リアブレーキ操作で足先、足首、スネまでピキピキつりそう!喉はカラカラ、汗はダラダラ、目はショボショボ、頭もクラクラしてくる。


 でも、それは翔吾も同じはず。後ろを走っていると、ふとした挙動に疲労が感じられる。ブレーキング、アクセルワークが粗くなった。第一コーナーの突っ込みにレース序盤の鋭さが無い。ヘアピンの出口でテールが流れる。アタシもボロボロだけど…だけど翔吾も似たようなものだ。そのはずだ!


「もう一度抜かす!」

 アタシは声に出して、気合いを入れた。メンタルリセット!集中力をかき集める。グリップに貼り付いてしまった両手を引き剥がし、指先の感覚を取り戻す。首、肩、腰をよじって強ばりをほぐす。ステップを踏みかえて足先の血を巡らせる。


 このままじゃ終わらない!夏子が頑張って順位をキープしてくれた。お嬢さんが負けないよって言ってくれたから、アタシもこちらこそって返した。翔吾にも負けないよって!だから、諦めない。チェッカーが振られるまで。攻めて!攻めて!この先に続くゴールまで!


 パァァァァ!パァァァァン!

 アタシは攻勢を開始した。翔吾のブレーキングミスに乗じてインをつつく。ダメ元でアウトから並びかける。翔吾が何度か振り返り、なんとか立て直そうと慌て始めた。この機に抜かしておきたい。右の第六コーナーでインをつつくと、翔吾は嫌がってインを締めた。

 ギュギュッ。ビビィーン!

 アタシはそれを予想して減速、立ち上がり重視のラインに切り替える。


 パァァァァ!

 今度はアウトから並びかけ、プレッシャーをかける。次の左第七コーナーのヘアピンで翔吾が慌ててラインを外した!

 ザリザリザリッ!

 YSRのリアタイヤが暴れて右の最終コーナーの立て直しが遅れた。


「ここだ!」

 アタシは最終コーナーで目一杯アクセルオン!アウト側ギリギリでもたつくYSRを横目で見ながら、最大加速!前に出る!

 パァァァァン!パァァァァ!


「やたっ!」

 ホームストレートはバッチリスピードに乗った!コントロールラインを通過!

 パァァァァ!

 我ながら鮮やかな抜きっぷりだ。NSRもまだまだ元気!行ける!もっと行ける!

 第一コーナーが迫る。周回遅れのマシンがいるのに気が付いた。なんだかフラフラ走っている。アタシはアウトから回避するラインを取った。

 ギュッ!パンッ!パンッ!ビビビ。

 ブレーキング、シフトダウン。倒し込みに入った時…。


 グワッ!パンッ!パンッ!ザザザザッ!

「翔吾っ!?」

 イン側周回遅れのマシンとアウト側アタシのNSRの間に青いYSRが突っ込んできた!オーバースピード!YSRを無理矢理倒し込み、アタシのラインと交差しようとする。YSRのリアタイヤはスライドしている!


「バカッ!」

 イン側の周回遅れは後ろには気が付かず立ち上がっていく。翔吾は周回遅れに突っ込まないようマシンを立て直そうとした。

 ギャッ!

 ハイサイド!

 スライドしていたタイヤが突然グリップを取り戻した!YSRは急に起き上がる!翔吾が振り落とされた。アウト側にはアタシのNSR!


 ガッ!

 マシンが接触した!

 ザッ!ガッガッガッ!

 NSRは衝撃でグリップを失い、倒れ込んだまま滑っていく。投げ出されたアタシはマシンを追いかける様に、滑り、転び、ゴロゴロと転がっていく。その後ろから、YSRがきりもみ状態で吹っ飛んでくる!アタシは不思議と意識を保っていた。すべてがスローモーションのように見える。


 ガシャン!

 YSRのフロントカウルがアスファルトで潰れる。


 ダンッ!

 リアタイヤが地面で跳ね返る。


 ガン!

 ハンドルがマシンの重みで折れ曲がる。


「父さん!」

 うつ伏せでやっと停止したアタシの頭上に、85kgの機械の塊が転がってきた。


 ガッ!

 アタシの視界がブラックアウトした。


#耐久レース・リザルト


 ペェーン。ペェーン。

 一年生のアタシは白い霧の中、ポケバイに乗っている。どこまでも真っ直ぐなストレート。前も右も左も、たぶん後ろも、白い霧の中。さっきから何度もシフトアップしているけど、いつまでたってもスピードは上がらない。でも加速している。目を凝らすと、遠く霞んでライダーの背中が見える。


「父さん!待って!」

 呼びかけるけど、声は霧の中に吸い込まれていく。アタシは追いかけようと、一生懸命加速してはシフトアップする。でも、父さんとの距離は縮まるどころか、離れていくようだ。


「父さん!」

 やがて、父さんは霧の中に消えた。アタシは一人ぼっちで走っている。いつからか、どこからか、ハーモニカの調べが響いていた。『グリーングリーン』父さんの好きな、アタシが父さんと一緒に吹くのが好きな明るいメロディ。アタシは走りながら、口ずさんでいた。


 気がつくと隣りで父さんが走っている。父さんも歌っていた。考えてみると、父さんと一緒に肩を並べて走ったことって無いかも?閉じたサーキットの中、いつも速く走ろうという事ばっかり考えてたなあ。一緒に並んで走るってのも楽しいな。


 そのうちに霧は薄くなり、行く手にコーナーが現れた。父さんはいなくなっていた。

「あれ?ここは?」

 森の中の初めて走ったコース。右に左にコーナーを駆け抜けていく。いつの間にか、前には夏子ちゃんが走っている。狭いコース、安定した走りの夏子ちゃんをなかなか抜かせなかった。いつまでも夏子ちゃんの後ろをついていく。ふと、夏子ちゃんが後ろを振り返って道を譲ってくれた。シールド越しに笑顔が見える。隣りに並んだ時、アタシの肩をポンと叩き、バイバイって手を振ってくれた。頑張れって激励するみたいに。そのまま後退すると霧の中に消えていった。


 パァ〜ン!

 代わって霧の中から現れたのは…。

「翔吾!」

 青いYSR!アタシも赤いNSRに乗っている。コースは翔吾と散々バトルしたミニサーキット。YSRはアタシを一気に抜き去ると、黒いスーツの翔吾は腕を左に突き出し、親指を立てた。そのまま腕を前に振り出す。

「ついてこいって?」


 アタシはYSRを追った。幾つものコーナーで、ストレートで何度も仕掛けるのに、並ぶ事すら出来ない。

 翔吾が後ろを振り向いた。ヘルメット越しに不気味に笑っている。

『オンナのくせに!』

 辺りは白い霧ではなく、薄暗く視界が悪い闇が満ちてきた。

『オンナのくせに!』

 YSRは薄闇の先に消えていく。


 代わってアタシを追い越していったのは、青いYSRだけど翔吾じゃない。白いスーツのお嬢さん。

『マケナイヨ!』

 追い抜きざまアタシを見て叫ぶ。そのまま、YSRは闇の中に消えた。闇は深く、アタシをも包んでゆく。


 フォーン。


 やがて、バイクとは違う排気音が聞こえてきて、その先に光る出口が見えてきた。

「…アタシだって…負けないんだから!」

 叫ぶアタシの視界が、ホワイトアウトした。


 フォーン…フォーン…フォーン…


 車の排気音が聞こえる。アタシはどこかの天井を見詰めていた。

「ちえりちゃんが目を明けた!」

 誰かが話している。アタシはベッドに寝てるみたい。誰かがアタシの顔を覗き込んだ。

「夏子…」

 夏子は半べそをかいていた。もしかしたら、泣いて心配してくれたのかも。


「良かった。ちえり、死んじゃうかと思った。」

 アタシが横を向くと、父さんがベッドサイドの椅子に座って、ほっとした顔をしている。

「ちえり、どこか痛くないか?身体動かせるか?」

 アタシは仰向けに寝たまま、もぞもぞと自分の手足を少し動かしてみた。

「んん。大丈夫そう。起き上がってみていい?」


「センセイ。子供の目が覚めたんですが、起き上がっていいですか?」

 病院?医務室?部屋の中に白衣の女の人がいた。看護婦さんぽい。立ち上がるとベッドサイドに来た。

「ハイ、ゆっくり起き上がって、ベッドから降りて下さい。」

 アタシはゆっくり起き上がった。スーツは脱いで、Tシャツと短パンに着替えていた。父さんが着替えさせてくれたんだろう。ベッドから降りて立ち上がる。


「どこか痛いところはありませんか?気分は悪くないですか?」

「大丈夫です。」

「じゃあ、お子さんは外に出て結構です。お父さんはちょっと待って下さい。」

 アタシと夏子が屋外に出ると、ここはどうやらサーキットの中にある救護室のようだ。


 フォーン。

 聞こえてくる音は大きなサーキットを走るレーシングカーの走行音だった。


 パフッ。

「帽子。日に焼けちゃうよ!」

 夏子がアタシの頭にキャップを乗せてくれた。日は高く登り、日差しが眩しい。父さんのトランポが近くの駐車スペースに止まっていた。アタシ達が近くに行くと、夏子のお父さんが片付けをしている。


「ちえりちゃん!大丈夫?」

 夏子のお父さんはアタシ達に気が付くと、手を休めて話しかけてくれた。

「ん~。なんとか…」

「そっか。暑いから、クルマで休んでなさい。」

「すみません。」


 アタシ達がトランポに乗り込もうとすると、後ろから声をかけられた。

「あの、翔吾がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」

 振り向くと、翔吾んちのおじさんが頭を下げていた。隣りに翔吾、後ろにお嬢さんがいて、こちらも頭を下げている。

「ほら、翔吾も謝りなさい。」

 翔吾が下げていた頭を上げた。


 ブッ!ナニソレ!顔を上げた翔吾の顔面が大変な事になっていた。左目の周りに青いアザがついている。両頬は赤く腫れて、小さな手形が付いている。鼻にはティッシュが詰めてあって、鼻血が滲んでいる。これは、人為的な制裁処置の結果だよね。多分、転倒による怪我じゃない。よく見ると頭にもたんこぶがある様で膨らんでるところがある。


「オレの無茶な割り込みで、晴海さん(アタシのことだ。)に怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした!」

 翔吾はアタシの目を見てこう言うと、再び深々と頭を下げた。翔吾も短パン、Tシャツに着替えている。コイツは転倒した時の怪我は無さそうだ。いや、腕に歯形がついてる!サクラだな。頭のたんこぶはおじさんかな?ほっぺたの手形はお嬢さんだ。左目と鼻は誰だろう。ふと夏子の手を見ると、両手の拳のところが腫れている。グーで二発殴ったか!


「…アンタ、顔どうしたの?」

 念のため、訊いてみた。ヤバイ!吹き出しそうだけど、一応マジな顔で返答を待ってみる。翔吾は恥ずかしいのか頭を掻きながら、ボソボソと話し始めた。

「しょうがねえだろ。イロイロあったんだよ!…オマエもオレを投げ飛ばしたいか?」


 お?覚悟は出来てるってか?でも…。

「…合気道は相手の攻撃から身を守るものだから、アンタが攻撃しないなら投げられないよ。十分反省してるみたいだから、アタシはもういい。」


 休憩スペースに移動して、みんなの話を聞いた。結果から言うと、アタシ達は2チーム共途中リタイアということだ。アタシは昨年に続いて完走出来ず、ガッカリだよホント!


 第一コーナーでのクラッシュで、アタシは転倒して吹っ飛んできたYSRのどこかが頭に当たって軽い脳震盪を起こしたらしい。ヘルメットにはザックリと傷がついていた。当たり所が悪ければ命は無かった。YSRはカウル、フロントフォーク、ハンドルがひん曲がって大破。


 NSRは滑ったけど、右側のステップ、カウル、ハンドルを擦っただけ。もし、アタシが無事だったら再スタート出来たかもしれない。翔吾はゴロゴロ転がったけど、怪我も無く無事だったらしい。


「その後だよ。翔吾ったら、ちえりを抱えてピットまで連れて来たんだから!お姫様抱っこだよ?」

 夏子が信じらんないって顔で教えてくれた。今度はアタシが赤面する番だ。なんてこった!恥ずかし過ぎる。


「動かねえんだから、運ぶしかないだろ!」

 翔吾も真っ赤になって反論する。話によるとアタシが意識を失って、相当うろたえてたらしい。アタシの事を心配してくれたって事?

「頭打ってたら動かしちゃいけないの!ちえりに後遺症が残ったら翔吾くんのせいだからね?!」


 夏子がグーで二発パンチしたのはその辺の理由らしい。翔吾んちのおじさんのゲンコツも…。父さんは手は出さなかったけど、淡々と諭したらしい。翔吾は青い顔して正座してたって。サクラが噛みついたのは、アタシのヘルメットを脱がしてる時らしい。なにか悪さしていると思ったのかもしれない。翔吾、信用無いんだなあ。


 結局、どちらのチームも再スタートは出来ずに棄権となった。優勝を逃したから、パトリシアが怒りまくってビンタしたらしい。そりゃそうだ。二位とは二周差がついていたから、アタシに突っかからなければあと十周くらいでトップでチェッカーを受けていたはずなのに。


 いろいろ話して分かったのは、パトリシアは翔吾の父親の会社の取引先のお嬢さんらしい。たまたま夏休みで日本に来ていて、バイクが好きだから誘ったんだって。なんだ、接待だったのか。何故か、安心した。なんでだ?


「それで?次はいつサクラに会えるの?」

 アタシは一番気になっている事を聞いてみた。今日で夏休みのサーキット通いも一段落。学校も始まるし、父さんの店は水曜定休だし、冬休みまではサーキットに行く事も無いだろう。雪が降ったらサーキットも走れないし…。そんなアタシの思いが通じたのか、翔吾んちのおじさんが提案してくれた。

「秋の休日にでも、いつものミニサーキットで走りませんか?ちえりちゃんのお父さんがお休みの時にでもいかがですか?」


 お!おじさん、いいですね!

「そうですね。じゃあ、仮でも決めちゃいましょうか?」

 父さんも乗り気だ。やった!ちょー嬉しい!おじさんと、父さんは日程調整を始めた。


 ツンツン。

「ん?」

 夏子がアタシの背中を突っついた。ちょっと耳貸せって?

「よかったね、ちえり。私はふたりのお邪魔はしないから、安心してね。」

「ん~?なんでそうなるの?」

「いいじゃん。ひと夏の思い出じゃ、寂しいもんね。仲良くしとけば?」

「違うから!」


 でも、またレースに出られるといいな。今度は翔吾と一緒のチームでもいいかな?そうすればサクラといられるし。ああ、でもそうしたら翔吾とバトルできないなあ。また、一緒に走りたいな。


 さあ!走り出そう。けたたましい排気音をエナジーに変えて!

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