女子大生・姫川雪乃の事件簿

風希理帆

前編 進学塾と謎の男

○塾の受付


SE:塾内のざわめき


相楽「ばたばたしていて申し訳ありません、塾長。お越しになるなら、仰ってくださればよかったのに」


蓮井「構いませんよ。少し時間が出来たので、寄っただけですから」


SE:自動ドアが開く音


姫川「こんにちは!」


相楽「こんにちは……あら、姫川さん! 久しぶりね。大学のテストは、もう終わったの?」


姫川「はい。無事終了したので、姫川雪乃ひめかわゆきの、今日から塾講師のバイトに復帰させていただきます!  あれ? 相楽さがらさん、もしかしてその方……」


相楽「ああ、姫川さんは、直接お会いするのは初めてかしら。この方は、株式会社ソフィアの代表取締役で、ここ『ソフィア進学塾』の塾長、蓮井はすい洋輔ようすけ先生です」


姫川「は、初めまして! あの、以前TVで、先生のインタビューを拝見して……貧しい子供たちに、無料で授業を提供すると仰っていて、私、すごく感動したんです! 大学に入ったら、絶対この塾でバイトするって、そう決めてました!」


蓮井「ははは。相楽さんから、よく話は聞いているよ。生徒たちの指導、とっても良く頑張ってくれてるんだってね。ありがとう」


姫川「いえ、そんな……。でも、どうしてIT企業を経営される傍ら、教育の分野にも手を広げようと思われたんですか?」


蓮井「うん。日本は、現在先進国の中で最も学費の高い国といわれていて、貧困層の子供たちは、塾に通えない、大学に進学できないといったように、満足のいく教育が受けられなくなってしまっている。僕は、IT分野で培った技術とネットワークを使って、無料で授業を提供することによって、子供たちが学習できる機会を少しでも増やしたいんだ。誰もが学びたいことを学べる、見たい夢が見られる世の中になって欲しいと、本気でそう思っているんだよ」


姫川「そうですね……。私も、本当にそう思います。そんな世の中の実現のためなら、私、何だって頑張っちゃいますよ!」


相楽「ふふ。じゃあ、今日の姫川さんの業務内容を確認するわね。今日、姫川さんには、都内の国公立大学を受験する生徒たちを対象に、英語の講義を行ってもらいます。講義は、カメラで録画・編集されたのち、塾のサイトにアップロードされることになっているの。ホームページのアカウントを持っている人なら誰でも、この動画を閲覧することができるのよ」


姫川「これで、塾に通うお金のない子どもたちも、映像を見て勉強することができるようになるんですね。よーし、頑張るぞっ!」


蓮井「じゃあ二人とも、そろそろ授業の準備を始めて下さい。姫川さん、しっかり頼むよ」


姫川「はいっ!」




○塾の廊下


SE:授業開始のチャイム、相楽が近づいてくる音


相楽「姫川さん、カメラが回ったわ。入っていいわよ」


姫川「はいっ」


SE:姫川が教室の戸を開ける音、教卓まで歩いて行く音


姫川「それでは、これから第一回『国公立大学合格のための英語講座』を始めます。講師は私、東都とうと大学一年生の姫川が務めさせていただきます。よろしくお願いします」


男 「お願いします」


姫川「え……?」


姫川M「(何、この一番前の席の人……。この、修羅場を何度も潜り抜けてきたような顔つき……明らかに学生じゃないよね? なのになんで、中高生が着るようなロゴパーカーに、腰履きのだぼだぼジーンズなんて履いてるの? 全っ然似合ってないよ! しかも、その格好にサングラスって……だ、ダメ、笑っちゃいそう)」


SE:コンコンと窓ガラスを叩く音


相楽「姫川さん、姫川さん!」


姫川M「(さ、相楽さん?)」


相楽「その、一番前の席の人、来年社会人受験するらしいのよ。大事な生徒さんだから、担当してあげて。お願いだから!」


姫川M「(あ……。そうだ、誰にでも勉強する権利はあるよね。ちょ、ちょっと変わった人にだって……。よし)」


姫川「し、失礼しました。今日は、国公立大学を受験する上で欠かすことのできない、大学入試センター試験の英語について解説していきます。センター試験の英語は、毎年大問六題で構成されていますが、まず、高得点を取るためには、どういった順番で大問を解いていったらいいのかということについて、解説していこうと思います」


男 「はい!」


姫川M「(ひっ! サングラス取ったら目が怖い……ほ、本当に何なのこの人~!)」




○数日後・街中


SE:車の音


姫川「……はあ。あの変な服装の人、明日も来るのかな……」


姫川M「(この間の講義では、授業してる間中、笑いを堪えるのが大変だったんだよね……。しかもあの後、みんなに質問ばかりされて、結局終電を逃しちゃったし……。でも、この程度でくじけてちゃだめだ。蓮井先生の思いに答えるためにも、もっと頑張らなきゃ!)」


SE:銀行の自動ドアが開く音


姫川M「(あ……。そういえば、今日はバイト代が振り込まれる日だっけ。ちょうどいいや。銀行に寄って、お金を引き出していこう)」


SE:銀行のドアが開く音、姫川がATMに近づいて、ATMの暗証番号を押す音、キャッシャーが開く音


姫川「……あれ?」


姫川M「(何だか、金額が少ない気がする。この間は、残業までしたのに……。あ、もしかして、残業も貧しい子供たちのため、ボランティアの一環ってことかな? ここから塾は近いから、行って確認してこよう)


SE:銀行のドアが開く音。




○塾の玄関前


SE:町の雑踏


姫川「よし、着いた。相楽さん、いるかな?……ん?」


姫川M「(あの、非常階段のところにいるのは、蓮井先生? どうしたんだろう、あんなにこそこそして……。あっ、階段を下りて、路地裏に入って行く)」


SE:姫川が蓮井を追いかける足音




○路地裏


蓮井「ああ、そうだ。……ふん、お前に指図されるいわれはない」


姫川M「(誰かと電話してるみたいだけど……いったい、何を喋っているんだろう?)」


蓮井「……学生共は暇を持て余していて、体力だけが取り柄のようなものだからな。こき使ってやればいいんだよ。……なに、ちょっとおだてさえすれば、残業代を払わずとも働きやがる」


姫川「……え?」


蓮井「慈善事業をやるのにも、金のやりくりが必要なんだよ。ボランティアの数も足りていないのに、何のからくりもなしにタダで授業提供なんて出来るわけがないだろう。『貧しい生徒たちのために』と美辞麗句で盛り立てることで、奴らが安い金額で働いてくれりゃ、俺の名声、ひいては会社の名声も上がる」


姫川「うそ……そんな……」


??「やはりな……」


姫川「えっ?……あ、あなたは、この間の変な服装の!」


姫川M(うわ、今日はサッカーチームのレプリカユニフォーム……全然似合ってない)」


姫川「あの……」


男 「シッ! 俺は、私立探偵の村瀬むらせという者だ。ここ、ソフィア進学塾でブラックバイトが行われている可能性があるから、調べてほしいとの依頼を受け、塾内や奴の身辺を調査していた。あの会話を聞く限りでは、どうやら図星だったようだな」


姫川「そ、そうだったんですか? でも、なんで先生は、こんなこと」


村瀬「あいつは昔、IT業界の寵児なんて言われて騒がれていたが、最近じゃ会社の業績はさっぱり落ち込んでいる。だから、慈善事業のような事をやって世間の注目を集め、再び会社の株価を上げようとしているんだろう。昔から裏の世界じゃ、拝金主義で人情味のかけらもない奴と評判だからな。こんな所で働き続けていたら、危ないぞ」


姫川「そんな……」


村瀬「奴が話しているうちに、ここを離れよう」


SE:姫川と村瀬が立ち去る足音




○街中


SE:車の音。


村瀬「さて……。俺はこの後、さっきの会話を録音したレコーダーを、警視庁にいる知り合いに届けに行こうと思うんだが、君はどうする?」


姫川「警視庁に知り合い? もしかして、元は警察官だったんですか?」


村瀬「ああ。数年前、仕事で酷いけがを負ってしまってな。刑事の仕事がままならなくなったんで、今は探偵をやっているんだ」


姫川「……そうだったんですね」


村瀬「……大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


姫川「……ショックだったんです。先生の試みは、本当に素晴らしいことだと思っていたのに、まさか、あんな裏があったなんて……」


村瀬「職業柄、俺はああいうやつを腐るほど見てきているが、君はまだ大学生だからな……。辛いだろうが、ちょっとした社会勉強になったと思えばいい。それに、世の中には、まっとうな形で慈善事業をしている人だって沢山いる。その人達のもとで、また働けばいいじゃないか」


姫川「村瀬さん………………ぷっ! あはははは!」


村瀬「な、何だ?」


姫川「じゅ、授業の時から思ってたけど、その服装、全然似合ってないですよ! な、何でそんな、学生みたいな恰好してるんですか?」


村瀬「何ッ? か、形から入ることが、俺の捜査の基本なんだ! 今回の調査場所は進学塾だったから、若者に自然に紛れるようにだなぁ」


姫川「せ、せっかくいいこと言ってくださったのに、服装のせいで台無しだし……。そうだ! 私、村瀬さんの事務所でバイトして、調査の時には服を選んであげましょうか?」


村瀬「お、大人をからかうんじゃない! 全く……。ところで、警視庁で事情を説明する際には、君の証言もあった方がいいんだが……。良かったらついてくるか?」


姫川「はいっ!」

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