あの子の場合
風希理帆
あの子の場合
暑くて暑くて、何も考えたくなくなる昼休み。
新発売のフリスクを食べてたら、前からプリントが回ってきた。
なになに? 「夏休み中の園芸当番について」?
うわっ、面倒くさっ。この熱いのに水やりとか。
しかもこのプリント、全部委員長……北原さんの手書きじゃない?
顔を上げると、黒板に北原さんが文字を書いてた。
「第三回学級会 議題一 園芸当番決め 議題二」……。
ほんと、よく働くよね。かったるくならないのかなぁ。
あたしだったらぜったい無理だ、委員長なんて。
「星羅! 見たよインスタ」
そのとき、トイレに行ってた真ま希きといづみが帰ってきた。
「どう? よく取れてるでしょ」
「うん。マジで写真撮るのうまいよね。旅行までに教えてよ」
「いいよ。あー、東京旅行楽しみっ! いっぱい服買いたい!」
「今遊んどかなきゃだよねー。高二、高三になったら受験とかあるし」
「ちょ、『受験』とか口に出さないで! 頭痛くなるから!」
そう言って、三人で笑ったけど。
その瞬間、うっすらと頭に、昨日ママに言われたことが蘇った。
「……あんたには、危機感ってものがないの?」
夜、一階のお店を閉めたママが、私の部屋を覗いて言った言葉。
あたしは、アイスを食べながら恋愛ドラマを見てたんだけど。
その呆れたような声に、慌てて立ち上がった。
「ちょっと! ノックしてっていってるじゃん!」
「ノックしたら、テレビ消して部屋片付けるんでしょ?
毎日毎日、テレビ見てるか何か食べてるか、そればっかり。
私はあなたが勉強してるところを、一度も見たことがないんだけど」
「ええ? なに言ってんの」
地獄のような受験が終わって、やっと高校に入ったんだよ?
高一の一学期なんて、遊ぶためにあるようなもんでしょ。
あたしがそう言うと、ママはこめかみを抑えた。
「今はそういう時期かもしれないけど、あんたは昔からそうじゃない。
その場を乗り越えられればそれでいいって感じで、テストはいつも一夜漬け。
やるべきことをやらないと、あとで困るのは自分よ」
「……分かったって。勉強すればいいんでしょ。だから早く出てってよ」
しぶしぶ机に着くと、ママは疑わしそうな眼をして出ていった。
その後、本棚から教科書を引っ張り出して読んでみたけど。
いつもの通り、あたしの頭は全然回転してくれなかった。
あたしの頭は、興味のないこと、小難しいことにめちゃくちゃ弱い。
楽しいこと、興味のあることを考えるときは、フル回転するのに……。
あとで困るとか言われても、できないもんはできないんだよ、ママ。
「……いら。星羅?」
「……え?」
はっと顔を上げると、真希といづみがこっちを見ていた。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「やっぱ、表参道には行きたいよね。どう思う?」
「あ、ご、ごめん。聞いてなかった」
「えー? もう昼休み終わるのに!」
「また放課後話そ。席戻るね」
二人が席に戻るのと同時に、一番前の席の北原さんが立ちあがった。
教卓に立って、学級会の準備をしてるみたいだ。
てきぱきした手さばきには、ぜんぜん無駄がない。
成績優秀だし、いつもきちんとしてるし、みんなの信頼が厚いのも納得って感じ。
……たとえば、あたしがあれぐらい頭が良かったら。
思いっきり遊んだうえに、勉強も完璧にこなせるんだろうな。
やりたくないこと、意味が無いと思うこと、どうしても頭が回らないこと。
それらがどうしてもできないなら、あたしは自分にできることを思いっきりやる。
そうやってカバーしてきたつもりでも、周りは全部やれって手厳しい。
……まあ、そうだよね。
学校に通ってる以上、やっぱり勉強ができなきゃいけないんだよね。
……でも。
一回ぐらいは、ママに百点のテストを見せて、ドヤ顔してみたい。
勉強をさっさと余裕でこなして、残った時間で思いっきり遊びたい。
北原さんみたいに、先生やみんなから一目置かれたい。ほめられたい。
っていうか、北原さんみたいな頭が欲しい。すごく。
……奇跡が起こって、一日でいいから、北原さんと入れ替われないかな?
あの子の場合 風希理帆 @381kaho
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