彼女の場合
風希理帆
彼女の場合
「北原。北原深雪」
「はい」
セミの声が校庭から聞こえてくる、七月の昼休み。
教室で本を読んでいると、廊下から先生が声をかけてきた。
慌てて廊下に出て、先生の前に立つ。
「五限で使うプリントを刷ったから、今、配っておいてくれないか?」
渡されたのは、わら半紙のプリントの束。
タイトルから本文まで、文字は全部私が書いたもの。
「あ。ありがとうございます」
「ついでに、議題も黒板に書いておいてくれ」
「わかりました。やっておきます」
「頼んだぞ、委員長」
にっこり笑って、先生は去って行った。
教室に入ると、窓からの日差しがじりじり顔を焼く。
私の心もだんだん、焦げついていくような気がする。
一番前の席に、順番にプリントを配っていって。
窓際の列まで来たとき、一番後ろの席の子が目に付いた。
南星羅さん。クラスで一番おしゃれな女子の一人だ。
何してるんだろう。お菓子の写真を撮ってるのかな?
すると、満足そうに携帯を置いて、南さんがお菓子を食べだした。
あ。あれは新発売の、夏みかん味のフリスクだ……。
南さんのスカートは、いつも太ももの真ん中ぐらいまで短い。
シャツもネイルも涼しげなブルーで、全身が可愛く統一されていて……。
その姿がとても眩しくて、逃げるように席に戻った。
ため息をついて、読みかけの本を机の中にしまう。
表紙には、「人間失格 太宰治」の文字。
私は南さんと違って、本を選ぶときでさえ、自分を表現できずにいる。
本当はライトノベルが読みたいし、漫画だって読みたいのに。
私の両親は、二人とも学校の先生をしている。
規則で、私が通う学校に配属されることはないけど、
友だちも先生たちもみんな、そのことを知っている。
小さな頃から、二人に厳しくしつけられて育った。
「挨拶は大きな声で」「勉強は計画的に」「食事の時は行儀よく」
怒られるのが怖くて、いつも言われたことを守っていた。
友達や先生も、ことあるごとに、
「深雪ちゃんのお父さんとお母さんは、先生なんだね」と言ってきて、
その目が暗に、「だから、しっかりしてて当たり前だよね」と言っていた。
そうやって育ってきて、私は絵に描いたような優等生になった。
回りの目を気にして、「しっかりしている」発言や行動を選ぶ。
本当は冗談だって言いたいし、サボりたいときもあるのに。
本当の自分を表現することが、もうできなくなってしまった。
だから、たぶん、南さんみたいな人がうらやましいんだと思う。
南さんはいくら先生に怒られても、はやりのおしゃれを欠かさない。
いつも「嫌なことは嫌だ」って言って、はっきりした態度をとる。
この間職員室に行ったら、南さんが先生に、
「先週の道徳の授業に、なんで出なかったんだ」と怒られていて。
南さんが、「だって、あの授業、同じことの繰り返しでつまらないから」
と、答えていたのにはびっくりした。
……実は私も、そう思っていたから。
「そんなことしてるぐらいだったら、自分の本当にやりたいことがしたいんです」
その言葉は、光のように眩しかった。
また、ちらりと南さんを見る。
私のひざ丈と違って、太ももの真ん中まで短いスカート。
私も、あんな風にしてみたいと言ったら、お父さんとお母さんはなんて言うだろう?
私も、指定の白シャツじゃなくて、ブルーのシャツが着てみたい。
太ももまでとはいかなくても、せめてひざ上までスカートを短くしてみたい。
先生にはっきりと、「委員長の仕事が多すぎです」と言ってみたい。
……奇跡が起こって、一日でいいから、南さんと入れ替われないかな?
彼女の場合 風希理帆 @381kaho
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