第6話

 私が操縦するTBDデヴァステイターは雲海が途切れるまでその水色の機体を雲の波に乗って進み続けてくれた。まるで機体が意思を持って進み続けているのか雲海が機体を運んでくれているかのようで、私はその間に十分な休息をとれた。

 

 雲海が途切れてしばらくの後、機体を左右に緩く蛇行させて周囲の様子を確認する。下方に海。後方に雲海。あとは青い空。

 機体の傷んだところが悲鳴をあげたが、方向の微調整に使う水平尾翼のペダルに手応えがない以外は思い通りに動き、周囲に敵影はない。さらに味方もいなければ島や珊瑚礁の浅瀬すらない。


 深呼吸をすると現実を受け入れる意思を固めて状況を確認する。

 燃料計のガラスがひび割れてメーターの針も吹き飛んでいるが、エンジンは力強い音を響かせてしばらくは飛ぶことを教えてくれている。

 雲と海面の見え方が出発時と同じなので、高度計はおそらく正常。

 水平方向かを確認する姿勢指示機はやや鈍い気がするが動く。

 速度計も普段と変わらずエンジンにダメージがないことを示してくれる。

 コンパスは太陽の位置を見るに正常で方位は心配ないが、空戦中にどこをどう飛んだのか分からないために空母にたどり着けるかは不安だった。


 ケガの確認を行う。ズボンに血が滲んでいたがこれは左腕のケガによるもので下半身は無事。頭や胴体も無事で、左腕はゼロの弾がかすめたようだが傷は浅く痛みも飛行に支障の出るものではない。


 とりあえずは空母のいる方位に機体を向けたがそう上手くはいかないだろう。

 せめて空母を護衛する艦隊を見つけて近くに着水し救助を待つのが現実的か。

 でなければ、燃料が尽きるまで飛んだ後に味方の水上に離着水できる飛行艇が通りかかってくれることを願うしかない。だが、被弾した機体はすぐに水没して救命胴衣1つで漂流すれば南方の海とはいえ、体力は急速に奪われて生存は絶望的だ。


 エンジン音と空気が切り裂かれる音の中、険しい表情で黙り込む。


 ふと、顔を上げる。なぜ顔を上げたのだろう。

 五感が何かに気付くよう訴えてくる。

 危機ではない。

 

 音が聞こえる。

 コンコンと叩くような音がする。

 叩くような音が後ろから聞こえるのだ。


 音が途切れた後に防弾板を不規則に三回叩いてみる。

 同じように三回叩き返す音がする。


 生きている!

 生きているのだ!

 

 通信機が壊れていたか、自身の負傷の手当でそれまで余裕がなかったから返事がなかったのだろう。後ろのナビゲーターか機銃手、あるいは二人とも無事なのだ!

 雲海をただ飛び続けているときは私が死んだままの操縦者不在で飛んでいるんじゃないかと不安になったことだろう。本当に申し訳ない限りだ。

 声が届くかは分からないが私が無傷であること、空母へ帰投すべく飛行を続けていることをエンジン音に負けないよう叫ぶと返事替わりにテンポよく叩く音がした。

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