第2話 ハンバーガーショップ【4921】

 きょうもひとり、平屋の講義室でグチをもらす。


「日経平均は上がったのに、自分の持ち株は下がってしまうなんて」


 ついてねぇなぁ。ついてねぇなぁ。


 落ち込んでいると、ギィギィという音が聞こえてきた。

 この老朽化した平屋の廊下は、歩くと高音が突き抜ける。

 誰かがこっちへやって来たということだ。


 老朽化の割にスムーズに引き戸が開いた。


「雪乃さん!」


 ぼくの株の先生の一人、雪乃さんだ。


「桜井さん、ご存じですか?」


 雪乃さんはいつも通り、マイペース、かつ、唐突にしゃべりはじめる。


「何をですか?」


「日本エムドナルドホールディングスという会社です」


「エムドナルド、というと一番有名なハンバーガーショップのことですか?」


「そうです、お馴染みのファストフード店です。この会社の株主優待は強いんですよ!」


「強い? 良い・悪いじゃなくて、強い・弱いなんですか?」


「そうです、強い優待なんです」


「へー、その心は?」


「その前に、この会社の優待を説明しておきますね」


 といってホワイトボードに小走りで向かった雪乃さん。


【店舗で使える食事券 年2回】

 100株以上 6シート

 300株以上 18シート

 500株以上 30シート


「ハンバーガー・サイドメニュー・ドリンク。1シートにこの3種類の券が付いています。特筆すべきは、売っているすべての商品から好きなものを選べると言うことです」


「へぇ、じゃあ一番高いヤツでもいいんですか?」


「その通りです!ぜんぶ一番高いものを選べば、1シートあたり1000円を超えます!」


「ということは100株だとして、年間…12000円分ですか!エッムで12000円ってスゴいですね!」


「ですよね!特筆すべきは300株でも500株でも割合が変わらないというところです」


「他の会社の優待は100株が一番お得なんですよね? 持ち株数が増えるにつれて減額されるというか」


「その通りです」


「それなのに、エッムは、株数が増えると優待も同じ割合で増えてますね」


「そうです、この優待はその面からもお得感がありますよね。どうですか? エッムに良く行く人なら、この会社の株主になってもいいと思うんじゃないでしょうか?」


「そうですね。100株でも持っていれば半年に1回お得なシートが届くんですもんね!」


「桜井さんは良く行くんですか?」


「行きます、行きます!優待も欲しいです!」


「それこそが、この優待の強さです」


「といいますと?」


「誰でも知ってて、どこにでもお店がある。手軽に使えてお得な優待ですよね。自分で全部使ってもいいし、家族と分けてもいい」


「たしかに、『THE 株主優待』って感じですよね」


「ようするに、この優待の強さは個人投資家の強さなんです」


「個人投資家の強さ?」


「数年前、異物の混入が発覚して業績が低迷したことがありましたよね? その時にこの強さが発揮されました。すなわち、株価があまり下がらなかったんです」


「業績低迷でも株価が下がらない? 強いですね!」


「それもこれも優待目的で買った個人投資家が、株を手放さなかったからなんです!エムドナルドの株主数は約25万人。そのうち個人投資家は36%といわれています。つまり9万人近い個人投資家が危機に陥ったエムドナルドの株を支えたんです!」


「それは、すばらしいですね!個人投資家の底ヂカラですね!」


「そういうことです。だからこそ、会社は株主優待を用意して個人投資家を大事にするのかも知れませんね」


「なるほど。株主優待にはそんなチカラがあるんですね。やっぱ優待はいいですね!株主という響きもいい! よし、エムドナルドの株主になります!」




――――― 権利付き最終日 ―――――


「雪乃さん!エムドナルドですが、100株、5080円で約定です!」


「桜井さん、完全優待生活にまた一歩近づきましたね!」


「けど、思ってたより株価が高かったんですけど。ぼくの全財産に近い額でして」


「エムドナルドは近年業績が回復して、株価も2倍になってしまいましたからね」


「えー、2倍ですか!下がらない株も上がる時は上がるんですね!」


「お店がピンチの時にこそ、株主になっておくべきでしたね」


「にわか株主はお金がかかりますね」




――――― 3ヶ月後 ―――――


「雪乃さん!優待が届きました!6シートが束になった冊子です!」


「おめでとうございます!」


「切り離してそれぞれ単品で使えるのがいいですね。これを使って、普段食べることのない一番高いグランドバーガーを食べてやりますよ!」


「よかったですね。ところで株はどうなりましたか?」


「それが、なにせ全財産に近い額だったもんで…売ってしまいました」


「あれ、そうなんですか? 短い株主でしたね」


「…020円で売ってしまいました」


「え、いくらで売ったんですか?」


「…5020円で売ってしまいました」


「ということは、6000円分の優待を足してプラマイゼロですね。そうなると、自分のお金でハンバーガーを食べてるのと変わらないですね」


「…会社を支える覚悟が足りませんでした。とほほ」


「まあまあ、完全株主優待生活にはそんな覚悟必要ありませんから」


「え、今回のテーマは株主が会社を支えるって話じゃないんですか?」


「まあまあ、完全・株主優待生活にはそんな覚悟は必要ありませんから」


「え、今回のテーマは、株主が会社を支えるって話じゃないんですか?」


「いえ、そんな覚悟があっても一円の得にもなりませんからね」


 雪乃さんはニコニコしながらそう言った。


 結局は、儲かったか、儲からなかったか、ということなのだろうか?


 雪乃さんの思考を理解するには、まだ時間がかかりそうだ。

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