第164話 悪魔の契約
――悪魔の契約は、文字通り悪魔と契約を交わすということである。
悪魔は契約に忠実だ。どんな悪魔であれ、契約には必ず縛られる。契約の不履行は存在の消滅を意味するからだ。
それは、神が課した呪いか、堕天使への罰か。果てしなく続く因果の中で定められたその決まりには、いかなる悪魔も例外なく縛られる。
そう、それは原初の悪魔であるリリスさえも。
「契約内容はいたって
すなわち、契約しても代償を支払わない間は効果が発動しない。
「代償はお前のすべての魂の記憶と生命力。お前が異形となり果てて死ぬことを望まない限りは、代償は支払われないのだ。そして、その代償は支払われない間、契約者――すなわち私の一存によって、担保として保存される。故に――」
理論上、俺が死ぬことはない。力を必要としない限りは。
まどろっこしい上に、バグというか本来の意味でのチートのような解釈なので強い不安が脳裏をよぎる。が。
俺は笑った。
「はは、そんなもんか。悪魔の契約ってもっと理不尽なものかと思ったぜ」
「とんだ誤解だな。契約ってのは双方にメリットがなければ成立しないだろう」
「それもそうだな! いやあ、失敬失敬」
ひとしきり笑った後、俺は手を差し出した。
「ああ、受けてやるぜ。その悪魔の契約」
「いいのか、そんな簡単に決めてしまって」
「ああいいさ。どうせ先は長くなかったんだ。このカスみたいな命を誰かのために使えるんなら――本望さ」
俺にはメリットしかなかった。いつ捨てても構わない命で最後の切り札を手に入れた。故に、結果としては単純な戦力強化だ。
……そういう発想に至るあたりが、本当にだめなんだろうな。
ふたりは口角を上げ。
「契約、成立だ!」
リリスは高らかに叫んだ。
瞬間、リリスを中心にして闇が渦巻きだす。視界は黒く染まり、目の前に現れた露出度の高い衣装を着た美女――本来の姿のリリスであろう女が、俺に近寄って。
「またも拾ったこの命、大切に使え。……我が、盟友よ」
唇を奪った。
口の中に入り込んだ柔らかいものが自分の舌と絡み合って、唾液を交換する。
暴れまわる熱。興奮と快楽が混ざり合って、胸の鼓動と下腹の疼きと共に命が吸い取られていくような感覚を覚える。
漏れた声は行為をさらに加速させて。
――体感およそ十分で、その儀式は完了した。
「……終わったの?」
「ああ、終わった」
リリスのノアの掛け合いを横目に、俺はへたり込んだ。
「……なにがおこったの?」
紅潮した顔の俺と目線を合わせるようにしゃがんだアリスは、そのまま俺の顔を覗き込みながら聞いた。
「なにが起こってるように見えた?」
「……ジュンヤくんと、リリス……リリスさんが、おとなのちゅーしてた……」
圧倒的正解だった。
トマトみたいに顔を赤くして、目をぐるぐるさせながら答えたアリス。……正直、俺もいきなりこんなことされるなんて思ってもいなかった。
「でも、これでジュンヤくんはもう大丈夫なんだよね」
アリスが聞くと、別のところでノアに尋問されていた幼女リリスが息を荒げながら答えた。
「そうだお姉ちゃん。ジュンヤの命は私のものになった。彼が私のものである限り、死ぬことは絶対にない……おい何をするノア! そういう意味じゃ……」
「リリスちゃん、言い訳無用。謝ってくれなきゃ……どうなるか」
「待て! 聖属性の魔力を込めた手で尻をはたかれるといくら私と言えども痛い! やめろやめるんだ! すまなかった――」
さっきまですごい大物オーラを漂わせていた悪魔は彼女の尻に敷かれていた。それはともかく。
「よかった!」
そう言ってほほ笑む彼女に俺は心を打たれ。
……これから、どうしようか。
無駄に生き永らえてしまった分をどう生きようか。憂鬱な未来に頭を抱えた。
どうせなら死にたかったのに。この世界に骨をうずめてしまいたかったのに。
まだ死なせてくれないのか。
無邪気に俺の蘇生を祝う少女たちから目を逸らしつつ、俺は息を吐いて。
新しい日々が始まった。
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