第158話 セイカイ

 

『は???』

 スズ、セレン、ルミナ。三つの声が重なった。

「だから……ここにはいないらしい、ということです」

「……ここはハズレってこと?」

 スズの不安げな問いに、テネシンは力なく頷く。

「ほ、ほかにいそうな場所は?」

「ありますけど……きっともう……」

 今から行ったところで間に合うことはない。逃げられている。言わずもがなな事実が彼らに重くのしかかる。

 絶望的な空気が漂った――しかし。

「じゃーさ、誰かに頼りゃいーじゃん」

 ルミナの能天気な声がその重い沈黙を断ち切った。

「して、テネシン君。きみは、ほかの人間がどうして存在するか、考えたことはあるかね?」

 指された本人は唖然とした表情で黙りこくり。

 それを見た少女は見たものをイラつかせかねないようなドヤ顔で言った。

「そうっ! 他人は自分を助けてくれるためにあるのだっっ!!」

 なんて自分勝手な理屈なんだ――でも、一理あるかもしれない。

 内心呟いて、彼は笑う。

「そーいえば、行く前にデストロイヤーになんかもらってなかたけ?」

 言われてはじめて思い出す、その紙の存在。

 テネシンが取り出したぐしゃぐしゃのその紙を、ルミナは一瞥。

「それ、使っちゃえばいーじゃん。ってか、今が使いどころってやつだと思うんだけど」

 そうか。託せば、いいのか。

 何気ない指摘に、彼は頭が冷えて思考が澄み渡るのを感じた。

「……ありがとう。そうするよ」

 テネシンは紙を広げ、そこに記された魔術を起動する。

 軍などでも広く使われる簡易的な通信魔術だ。一回限りしか使えないうえに対になるものとしか繫がらないが、その分操作は簡便で安定性もよい。そのため学園では早い段階で習い、日常生活でも使う生徒がいる。

 そんな初歩的なもの、頭脳明晰なテネシンに扱えない道理はなかった。

 少量の魔力が注ぎ込まれると、それは淡く光りだし、やがて音を発する。

「――い……おい――える――おい、聞こえるか」

 聞こえてきたのは、殺されたはずの先輩の声だった。


 **********


 金属音が鳴り響くと同時に、剣が僕の手の中からすり抜けて、風に巻き込まれて消える。

 目の前の男が哄笑を上げながら、僕に近づく。

 ノア、こと僕の背中がぞくりとして、胸が締め付けられた。

 圧倒的不利。それどころか――


 ――死。


 恐怖の一文字が頭をよぎる。

 ……それだけは、だめだ。シルフちゃんと約束したんだ。「絶対に死なない」って。必ず彼の凶行を止めるって。……それに、僕が――僕まで死んじゃったら、お兄ちゃんも、みんなも悲しんじゃうから。

 僕はもう、ひとりじゃないから。町の片隅で独りで生きようとあがく弱い子供なんかじゃないんだから。

 でも、どうする。助かる、方法は――。

 恐怖し、後退り――そのとき、風が僕を巻き込んだ。戦場と外界とを隔てる竜巻だ。

 僕は契約精霊――親友に感謝しながら流れに身を任せ。

 手に、大きく硬い物が触れた。このひんやりとした質感は……たぶん、剣の刃と似たような金属。でも、ざらざらとした質感で、僕の持ってたものじゃない。

 咄嗟につかみ、手元に引き寄せると、それは僕の喉を絞めつけた。

「銃、だ」

 たしか、ラジウムが最初に使っていたやつ。いつの間にか、小さい「ケンジュウ」に持ち替えてたけど――なるほど、そのときこの竜巻に巻き込まれていたんだ。

 それで、それが偶然……あるいは精霊のいたずらか、僕のところに飛ばされた。

 もし後者だったとしたら、本当にありがとう。なんて親友に心中で感謝しつつ、僕は竜巻の中に放り出された。

 空中数メートル。飛び降り、手に持った大型の銃を振りかぶって――位置エネルギーと重力によって加速した肉弾となって、男の登頂を叩いた。

「なんだ!?」

 ふらつきながら戸惑うラジウムを睨みつけながら、僕は勢いを殺さずに着地。

 ――神様でも悪魔でも精霊でもいいから、最後に、力をください。

 深呼吸、着地の勢いをばねのように吸収した膝が、骨が悲鳴を上げ――


 瞬間、地面を抉った。


 高速着地の勢いを乗せ、一気に加速し、銃床を前に突き出し。


「チェックメイトだ」


 竜巻が晴れる。

 そこには、仰向けに倒れたラジウムと、それに向かって拳銃を構える僕がいた。

「ああ、悪魔の手先め。やりよったな」

「やったよ。あんたはもう、動けない。これ以上、何もさせない」

 少しの間、沈黙。そののちに、男が僕をにらんだ。

「何故、殺さない」

「……殺すのなんて、絶対に間違ってるから」

 また、沈黙。

 ラジウムが、笑ったような気がした。


「――殺す事が正解ということも、世の中にはあるのだよ」


 瞬間、目の前の人間の体が破裂した。

 その跡の中、肉が蠢いて――その刹那、魔力弾がそれを完全に蒸発させる。

「はぁ、はぁ……間に合ったか」

「リリスちゃん!? なんで……」

 目の前に現れた少女。その行動に驚愕して、声を荒げ。

「……こいつ、悪魔化しかかっていたんだ」

「そうなったら……」


「理性のない怪物になって、誰も手が付けられなくなる。だから、そうなる前に――人間でいるうちに、殺してやったんだ」


「そん、な」

 僕は茫然とした。

「そうするしか、なかったんだよ……」

 戦場の真ん中、不自然に空いた空間の中。巻き上げられていた大小の鉛弾が雨のように降る中、僕はただ、ぼうっと立ち尽くした。

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