第150話 惨劇


「おい! どういうことだ、ラジウム!」

 レニウムはその教師、ラジウムを叱責する。

「どういうことも何も……この学校に悪魔が紛れていると小耳に挟んだもので」

「だからって……そんなことしていいと思っているのか!」

「こんなことってなにー?」

 ルミナが聞くと、レニウムはうんざりしたように話す。

「この学校には研究用に魔獣が捕らえられている。およそ百匹といったところだろうか。それを……こいつは放ちやがったらしい」

 スタジアムは阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 一時表彰台の周り以外誰もいなくなった闘技場には、人が集まり、魔獣と生徒たちが戦っている。

 いや、戦っているといるよりも蹂躙されているといったほうが正しいだろうか。

 ほとんどの生徒は、まだ実戦を行ったことなどない。ゆえに、魔獣に対抗することもできないのである。

 それゆえに、闘技場は血に飢えた魔獣たちの、絶好の狩場と化していた。

「じきに街の外からも魔獣が来るだろう。検問も柵ももう意味はないぞぉ。穴を作っておいたからなぁ」

「お前は生徒を何だと……」

「ただの駒だが? どの道、彼らは戦場に出て死ぬんだ。そのための学校だからな、ここは」

 そう、この学園はもともと王国の国営軍の軍官を育成するために作られたところなのだ。さらに、このアレスという国は隣国である聖アテナ国と一触即発の状況にある。もしも戦争が始まれば、この学園の生徒は生ける駒となり戦わなくてはならない定めを持つのだ。

 国王に頼むことでそれを免除された純也たちを除いては、だが。

「この中の悪魔を殺せれば、それでいいのだ。そのほかの有象無象がいくら死んだところで、どうだっていい」

 ――そのような考えを持ち、生徒に意味もない苦痛を押し付けて自己の欲望を満たそうとする教師もいるのだ。

「……じゃあ、彼に麻酔を打ったのは?」

「私が手を汚すわけにはいかないからですよ。これでも教師なのでねぇ」

「それが本当の理由か」

 目の前で失われていく命。その中には、午前中の予選で戦った者もいた。


 リリスは叫ぶ。

「とにかく、みんなを助けるぞ!」

「助けるって、どうやって?」

「決まっているだろう! 魔獣を殲滅するんだ!」

 そう言って、リリスは表彰台から助走も無しに飛んだ。

 人どころかそれを丸呑みにしてしまえるほどの巨大な魔獣の身長をも超える高さの跳躍。それで一気に闘技場の中心に降り立った彼女は、そのままの勢いで、真横で大口を開けていた小型の狼型魔獣に蹴りを入れる。

 魔獣は、その一撃で頭を破裂させ、血液と脳みそをぶちまけて倒れ伏した。

 この現象の一部始終を見た少女は礼を言う。

「あ、ありがとうね!」

「とにかく早く逃げろ!」

 リリスが叫ぶが――

「それが、どの出口も人と魔獣で埋まってて……!」

 リリスは舌打ちした。

 そのときである。

 スタジアムの南側から轟音が鳴り響いた。


「出口は私が、いや、私たちが作るわ!」


 リリスは声のほうに振り返り――驚愕した。

 そこにいたのは、モリブテンであった。

 悪魔と融合した、黒と肌色の姿で、三叉の槍を持って立っていた。

 その横にはシリカがいた。互いに目線をあわせようとはしないが、険悪な雰囲気はない。

「……この力で、誰かを助けられるなら……」

 つぶやいたのを、リリスは聞き逃さなかった。しかし――もう、誰にも止められない。

 ――その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。


「淫魔の力、とくと見よ! 魅了チャームっ!」


 彼女の身に宿されし淫魔は、その付近にいたすべての生物を魅了させた。魔獣から人まで、狂的なまでに、彼女に魅了されたのである。

 本来は弱いはずの淫魔という存在も、人の負の感情を食らい肥え太らせることで、強力な悪魔にも匹敵するほどの膨大な力を発揮してしまうのである。

 さらに、淫魔は精神操作に秀でている種族である。ゆえに――

「魔獣よ、今すぐに死になさい」

 そんなお願いをされようとも、逆らうことなど出来なくなるのだ。

 次々と自殺する魔獣たちを見ながら、悪魔はさらに命令する。

「あとの人間は、逃げなさい」

 リリスは唖然とした。誰もがいっせいに命令に従って逃げるのだから。

 あまりの壮観さに、リリスは驚愕を隠せなかった。

「シリカは……やっぱり、私の力を跳ね返しちゃったみたいね」

「言われなくてもわかってるわ。あなたの言うことくらい、お見通しよ」

「これだから天才は……やっぱり、だいっ嫌い」

「それで結構。やるわよ」

「ええ!」

 二人は、風になって駆け抜けた。

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