第89話 別次元・邂逅


 …………一体……何が……はっ!


 気がつくと、俺は何もない虚空に横たわっていた。

 ここはどこだ!?

 さっき誰かに頭を打たれて気絶したことは覚えている。

 それからどうなったんだろう。

 意識を失う直前に勝敗がついたらしいけど、どちらが勝ったんだ?

 とりあえず起き上がり、座る。

 ここには誰もいない。それどころか、何も見えない。

 心細いわけではない。だが、なんとなく不安だ。

「そうか。なら言おう。おっ……」

(誰だ!)

 いきなり聞こえる声に警戒。しかし、なぜか声が出ない。

「そう驚くな。そもそも何故驚く。ここは冥界の待機所だぞ?」

 どういうことだ……? 冥界の待機所? 意味がわからない。

 冥界も待機所も意味はわかる。当然だ。だが、それがつながるととたんにわけがわからなくなる。

 あああああ――――! 何がなんだかわからなくなってきたぁぁぁぁ!

「……すまない。説明不足だったな。とりあえず……茶、おっぱいもむか? ……じゃない。一杯飲むか?」

 何か聞こえた気がするが、おいておくことにして。

(……じ、じゃあ、お願いします……)

 やはり、口に出したつもりでも声が出てこない。本当にどうしたのだろうか。

 そんなことを考えていると、目の前に湯飲みに入ったあったかい緑茶が出てきた。

 テーブルはないはずなのに、どうやって浮いているのだろうか。

 気になった。

「さあ、ようこそ冥界へ!」

(すみませんまだ生きていたかったです)

 冥界はいわゆるあの世のことだろう。つまり俺は死んだということか?

「その点は心配しなくてもいい。ここならまだ戻れるし、そもそも呼んだのはこの俺だ」

 ほっ。まだ生きていられるのか。よかった……。

 俺はもはや懐かしいとさえ感じるそのあったかい緑茶を飲む。

「そういえば、俺の名前はまだ言っていなかったな。俺は20代目冥王ハデスだ」

 ハデス……どこかで聞いたような名前だな。そう……あれは…………

(あ~、あのファッキンジジイ若返ったの?)

「すまん。それとはまた別人だ。いや、同じといえば同じではあるが……」

(……どういうことだ? ……ですか?)

 ちなみに、そのファッキンジジイとは、俺を異世界に飛ばした神である。彼もハデスと名乗っていた。

「話すとややこしくなるが……あ。そんなに時間がねーや。そのことは後日ジジイから聞きな!」

 そうか。ならば仕方ない。

「さて。本題だが……。ここ最近、魔族や悪魔とかかわったりはしていないか?」

(悪魔と魔族、ですか……)

 悪魔は……リリスちゃんのことか。魔族は……魔族……そもそも魔族って……? あ、ノアのことか。忘れてたけど、半魔人ハーフデビルだったよな。その半魔人ハーフデビルってのは、魔族と人間のハーフのこと、だったっけ。そう考えれば……

(まあ、ありますね……)

「やはりか。実は、お前の今いる世界で魔族と悪魔が手を組み始めた、という噂を兄から聞いたんだ。それの心当たりの一つがお前のところだったからここに呼び寄せた」

(手は……組んでいますね……)

 物理的に。たまに恋人つなぎしてるし。それどころか恋愛しているし。百合の花なんか咲かせているし。

 まあ、悪巧みなどはしていない、と思う。

「そうか。その微妙な顔からすると、闇の陰謀とやらも関係なさそうだな」

(や、闇の陰謀!? ……ですか!?)

「ああ。これも兄から聞いた話だが」

(どんな話ですか!?)

「ああ。その兄も運命の女神から聞いたらしいんだけどな。それによると、魔族というある世界の一種族と悪魔が共謀していくつかの世界を滅ぼす可能性があるとのことだ」

(その“ある世界”というのは……)

「……お前みたいに察しのいいやつは嫌いじゃねーぜ」

 あえてここで言うのも無粋な気がするので、書かないことにする。しかし、俺の中には確かに不穏な予感があった。

(それを……)

「できるなら、調べてほしい。このことを伝えるために俺はお前をここに呼んだんだ」

 まあ、あの報酬未払いジジイと同じようなことであるが。それでも、やることは変わらない。

(なら、報酬は出ますか?)

「無償の奉仕という言葉を知らないのか?」

(……)

 質問に質問で返された……。笑うしかねえな。こりゃ。

「それに、どうせ主人公補正的な何かで……」

(だ、駄目ですってそういうこと言っちゃ!)

 何か重要なメタ発言を食い止めたような気がする。

「とにかくだ。やることはいままでと変わることはない。成り行きで真相を知ることもあるだろう。その“闇の陰謀”の情報をつかんだら俺に一報くれ。それならばかまわないだろう?」

(……まあ、その程度なら)

「よっし、交渉成立! じゃ、もうそろそろ時間切れだ」

(い、いきなりですね)

「そうだ、別れはいつも唐突に訪れるものなんだ」

 俺にはまだその意味がわからなかった。

「それじゃ、元の世界に送り返すおっぱいぞ」

(はい、お願いします。後、思い出したかのようにそれを入れないで……)

 そう言うと、身体が透け始めた。周りに光の粒子が漂い始める。その光は俺の身体から出ていた。つまり、俺の身体は光となって消えているということらしい。

 マンガとかアニメとかではよくあるあれだな。俺にはわかるぜ。

「じゃあな。グッドオッパイ……じゃねーや。グッドラック」

(すみません、そこでギャグはやめて……。あと、今度は顔見せてほしいです)

「……その“今度”が来ないことを……」


 次の瞬間。俺は布団で寝ていた。

「ここは……どこ……」

「ジュンヤく――ん!」

「うわっ!」

 目を開くと、アリスちゃんがいた。そして、俺が目を開いたことに気付いた彼女はそのまま俺の元に飛び込んできた。

 ゴフッ!

 いくら俺でも人が飛び込んできて耐えられるほど身体も心も強いわけではない。

「ちょっと、どいてくれないか……?」

「やだ」

「何でだ?」

 聞くと、アリスは飛び込んだ体勢のまま、布団ごと俺を抱きしめる。

「……だって、一週間も寝込んでいたんだよ。そんなに長い間心配させて……」

 その力は少しだけ強くなっていった。

 俺はたった一言、「ごめん」とつぶやいた。


 心配させて、ごめん。


 ただいま。

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