第53話 暴走、そして決意


 あれから数日たった。戦勝ムード的な雰囲気はもうすでに消えていた。時間がたって自然消滅したのか、それともあの惨劇のことが伝わったのか。どちらかは知らないが、あの宴会の翌日にはもうすでに静かになっていたことは覚えている。

 俺の心情はそのまま。絶望に支配されていた。あの後、ずっと引きこもっていた。二日ほどしてからライケンたちが訪れたが、とても好意的に取ることはできなかった。

「もう大丈夫だよ」「よくやったな」「大丈夫だったか」

 そんなこと言って。本心では俺のことを嘲笑っているに違いない。

「何もできずに逃げ回って生き残った愚か者め」「あのまま死んでくれればよかったのに」「消えてくれないかな。惨めだから。早く」というように。

(ライケンやフォリッジはそんなこと思わないはずだ)と心の中の何かが語りかける。でも、そんなことは気にも留めなかった。

 ああ、俺は死ぬべき人間だ。いや、人間なんかじゃない、ただのゴミ虫……いや、それ以下の何かだ。もう、駄目なんだ。

 狂気は、トラウマは――ヤミは俺の心の全てを支配していたんだ。

 何日かたって、冷静になり、それから死ぬ覚悟を持った。自殺を心に決めた。


 それが、今日である。

 今から死ぬ。そんなことを思っていた。

 モンスターが現れた。

……そうだ。早く、俺を殺してくれ。早く、地獄に落としてくれ。俺を裁け。早く! 早く!! 俺を殺せ!!!

 しかし、それは叶わなかった。

――ふぉっふぉっふぉ

 そんな笑い声が響く。それとともに、モンスターはビクッと体を震わせ、それから妙にカクカクした動きでどこかに行ってしまった。

 クソッ! 何で俺に死なせてくれないんだよ。早く死にたいんだ! 俺は!!

 悪態をつきつつほかのモンスターを探しに行こうとする。しかし、それを許さぬ者がいた。

「待ちなさい」

「誰だ! 俺は早く死にたい! 邪魔をするな!!」

「だから、待ちなさい」

 前に立つ白いひげの老人。

「退けよ! ジジイ!」

「わしを覚えておるか?」

「知らねぇよ!」

「ふぉっふぉっふぉ。わしじゃ。ハデスじゃ。もう忘れたのか?」

「だから、なんだよ! 今から死ぬって言ってるだろ!! そこをどけよ!!!」

 激しく怒鳴り、邪魔な老人をどかそうとする。武器でもあったなら斬っていたところなのだろうが、あいにく今日は死ぬために来たので持っていない。

 しかし、老人は退こうとしない。

 俺は実力行使に出た。あの体格の老人なら下手をすれば素手で殺せる。そう思ってのことだ。

 老人はその拳を受けた。しかし、傷が着くどころか、よろめきもしなかった。

「落ち着きなさい。その拳を戻しなさい。お前さんの話を聞こう。何があったんじゃ」

 その老人は俺を諭すように言った。優しげなその言葉に、つい俺は気を許しそうになった。

「……だから、何でそんな優しげな顔を作る!? 同情か!? そうだろう! 心の中じゃきっと俺を……」

「まずは話を聞かせなさい。話はそれからじゃ」

 これまでの全てを話してしまった。老人は――ハデスは、うんうんと頷いて、真剣に聞いてくれた。次第に心がさめて、冷静になってくる。落ち着いてくる。

 そして、全てを話し終えたときにはだいぶ落ち着いていた。死のうと思うことに変わりは無いのだが。

「ほう、守ろうとしたのじゃな」

「はい。守る力も無いくせに。馬鹿みたいですよね」

「しかし、できなくて、絶望して、いなくなろうと思ってたんじゃな」

「はい」

「話してくれてありがとうな。大変じゃったのだろう。よく生きてこれたのう。よくがんばったのう」

「だから……なんですか……」

「現役時代はよくこんな理由で死んでいった冒険者がいたもんじゃ。革命で精神が病んだ者も居ったっけかのう。しかし、死ぬことは必ずしも救いとは限らんぞ。わしは冥界にいるから知っているんじゃけど、地獄は更なる苦痛が待っておる。それこそ、毎日体を引きちぎられたり、内臓を引きずり出されたり……。命を捨てるのにも必ずといっていいほど苦痛が伴う。自殺をあきらめたお前さんは十分に偉いのじゃ」

「そうなんですか。……俺が……俺なんかが、本当に、生きていてもいいんですか?」


「いいのじゃ。人間、誰しも“生きる権利”を持つから“生きる”のじゃから。お前さんには、それを、捨ててほしくない。生きてくれ、少年よ」

「はい……――ありがとうございますっ……!」


 俺はいつの間にか涙を流していた。もう朝日が昇ろうとしていた。透き通った空気に射す、眩しく暖かいオレンジ色の光に世界の美しさを感じた。

 そして、俺は決意した。


――――生きていこう。また、この醜くて、かつ美しい、素晴らしき世界で。

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