十月五日、六日

 五日。

 すすきをむ。ひらいたやさしいいろになつかしさを感じる。秋の実りはだまって見つめているだけで、あたたかな心もちになれるものが多い。

 夜。最後の舞台稽古。実感がなくて、ほんとうに終わるのかしらと考える。


 六日。

 朝。楽屋入り。舞台装置をく手伝い、台詞の確認をして過ごす。久しぶりの出演で、何人もの懐かしいひとたちと再会した。

 昼過ぎてゲネプロ。終わって建物裏へ出てみると、台風の影響かあつい。


 夜。開演。前半はくろもするので、そでから進行をちゅうする。表舞台に表の楽しみがあるように、裏方には裏方の楽しみがある。役者の息に合わせたじょが、最高のタイミングでできたときなどは特に。


 後半へと入る直前にしょうえ。普段は着られないさわやかなかたちのワンピース。これがひとつ、表舞台の楽しみ。

 そろってとなる役者がとなりに立って、ちいさく頭をさげる。こちらも応える。よろしくお願いします、と。これは練習のときから重ねてきた出番前のあいさつ。

 不安と緊張とを、これまでの時間への信頼でやわらげる。できる、できる。ゆっくりと心でりかえして音屋の合図を待つ。きっかけは扉が開く音。


 実際に明かりのしたへと出てしまえば、あとはもうまたたに過ぎていく。ほんとうに瞬く間なのに、相手の呼吸や視線を深く感じる。そしてそれらが客席からどうえているか、頭は常に考えようとする。

 いままで一度も、目など合ったことがない場面で真っ直ぐ見合う。相手の表情がかがやいているのがわかる。ああ大丈夫だ、と思う。思いながら考えつづける。幕が下りるまではそうして舞台をつくっていく。


 上演終了後、撤収てっしゅうぎょう、打ち上げを終えると日付が変わっている。緊張と興奮こうふんけの妙な感覚で帰宅。荷解にときをする。

 いただいた花束をけるといい香りが部屋にひろがった。終わったのかしら。まだ実感が湧かないで、起きたらなにをしようと考えてみる。まっていたものを書こうなあと思いあたって、それからようやく、終わったのだなあと息がこぼれた。

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