ルビー・ヴァルキューレ 少女と道具屋と

言乃葉つむぎ

第1話 私と一日と道具屋と

「ヘレナ、もう上がりな。後はアタシがやっとくから」

閉店作業をしていると赤く長い髪を後ろで結いスレンダーで鋭く紅い右眼、左眼には眼帯をした女性が私の方へ歩きながら話かけてきた、店長のフォルテさんだ。

ヘレナは私、ここで日々店員として雑用をこなしている

「いえ、もうすぐ終わりますから。」

気持ちは嬉しかったが、残りは大した作業量でないので作業の手は休めず断った。

「そうかい?」

それだけ言うとフォルテさんはカウンター奥の事務所の方に戻って行った、わざわざ手伝いに来てくれたのだろうか?

「はーい」

返事をしつつも戸締まりなどの確認をする。

「よし、今日も無事おわり!」

店の明かりを消すと今日も1日の仕事が終わったと実感する。作業が終わったことをフォルテさんに報告するため事務室にむかう。

「フォルテさん閉店作業終わりましたよ……って相変わらず飲んでますねー、これならさっき変わってもらえばよかったです。」

フォルテさんは仕事が終わるとほぼ毎日すぐに事務室で酒を飲んでいる(制服で)、フォルテさんは二階に住んでいるらしいが事務室にしか魔冷凍庫や台所がないためらしい。

「断ったのはヘレナだよ。それにこれが数少ない私の楽しみっていつも言ってるじゃないか。」

「うー…」

確かにそうなので何も言い返せない、バツが悪くなったので誤魔化すように事務室の入り口の横にある仕切りの裏に隠れて着替える。

「そこの仕切り、撤去するかね。若い子の着替えが毎日見れるからね」

笑いながらフォルテさんが言う

「セクハラです!」     

言い負かされたこともありつい強めに言ってしまったがフォルテさんは気にする素振りもなくお疲れさーんとだけ言い私は帰る準備をすすめた。


空腹を感じつつ店の裏口を出てすぐ左の道をしばらく進むとある路地を抜け住宅街に出てこじゃれた煉瓦の家へ勢い良く入る。

「ただいまママ!おなか空いた!」    

ドアを開けながら居るであろう母に言う。

「おかえり、もうご飯できてるわよ」

自宅のドアを開けるとおいしそうな匂いと綺麗な薄茶色の長い髪にエメラルドのような瞳をした綺麗な顔の女性が私を出迎えてくれる、私の母親だ。

荷物を起き手を洗い椅子に座ると同時にテーブルに食事が運ばれてきた、ふっくらと焼かれたパンと色ごとに綺麗に盛り付けられた彩りの野菜と湯気と塩の香りが食欲をそそるスープだ。

「おいしそう!いただきまーす!」

手を合わせ大きな声で言う。

「もう……帰ってきてすぐこれなんだから。いつもおいしそうに食べてくれるからつい許しちゃうけど。」

わざとらしくママがため息を吐きつつ言う。

「だってお腹空いたんだもん。」

働いて空腹なので少しくらい行儀が悪くても罰は当たらないだろう。

野菜を口に運び少しスープを啜る、野菜の塩気とスープの甘さが絶妙に合う、次にパンと野菜とスープを数度ローテーションし食べ終わる。

「ごちそう様っ!」

手を合わせママを見て言う。

「すごい食欲ね。お粗末さま、お風呂にする?用意出来てるわよ。」

「そうするー」

夕御飯を食べ少し眠いがすぐに風呂に入ることにした、部屋を後にし風呂場へ向かう。

服を脱ぎ風呂場にはいり魔法石により水が出るシャワーで体を流し浴槽に入る。

「ん~生き返るぅ~!今日も一日疲れたなぁ……」最高だ。

しばらく浸かり浴槽から出て体を洗い再び浴槽に少し浸かり体を流し風呂を上がる。

体を拭き髪を乾かし桃色のふわふわしたお気に入りのパジャマに着替え歯を磨き居間へ向かうとママが洗い物をしていた。

「ママ、お風呂上がったよ」

「長かったわね、お母さんも入るわ。あんまり遅くならないうちに寝るのよ、明日もお仕事でしょ?」

「わかってるって、お休みなさい」

「お休みヘレナ」

話し終えるとママは風呂場へ向かって行った。

お風呂に入り目が覚めたので日記をつけた後に画材を取り出す、特殊な魔法がかけられており一々洗ったりする必要のない絵の具と筆とスケッチブックだ、趣味で絵の練習をしている。色々描いているといつの間にか時間もそこそこ立ち眠くなってきたので画材をしまいベッドに入る。


気づくと外は大分明るくなっており、空には雲一つない水色が広がっていた。

まだ眠い寝たい、そんなことを思っていると

「ヘレナ起きなさい、もう朝よー!」

ママが部屋の前で呼んでいる。

「はぁ~い…」

身を起こし眠い目を擦りながらベッドから立ち上がる。

「今日はこれでいいかな…」

長袖の白いシャツと紫のロングスカートに着替える、特に考えている訳ではなく目に入ったのだ。

着替え終え一階に降りるとママが朝ご飯の用意をしていた。

「おはようママ…」

「おはよう、早く顔を洗ってきなさい」

「ふぁい…」

洗面台の魔法石に手をかざすと冷たい水が出る、水を掬い顔を擦ると一気に目が覚める。

「冷たっ」

顔を洗い終え肌に良いらしいクリームを塗る、肌がプルプルになるらしいがイマイチ効果が出ているか実感がない。

部屋に戻ると朝食が出来ていた。

「朝ご飯、できてるわよ」

「いただきまーす」

スクランブルエッグとバタートーストとミルク、一見何の変哲もない朝食だがトーストは絶妙な焼き加減でとても香ばしく一口噛むとバターの甘みが口いっぱいに広がるが少しもくどくなくほんのりバターとは違った甘みもある、バターではない甘みは隠し味らしく子供の頃から何度も聞いているが毎回はぐらかされてしまう。

トーストを数口食べ次にスクランブルエッグをはさんで食べるとまた違った美味しさがある、合間にミルクを飲みつつあっという間に食べ終える。

「ごちそうさま!歯磨いてくるね!」

食べ終え再び洗面台に行き歯を磨く、磨き終え家を出る前に茶色の四角いバッグを開け荷物を確認する。

「お財布…魔通信器…よし!行ってきまーす!」

「お弁当忘れてるわよー!」


気合いを入れ快晴の空の下へ出る。

いつもの道を通りとある店へ着く。扉の上には「ルビー・ヴァルキューレ」と書いてある。

煉瓦でできた二階建ての建物、正面には中がよく見える大きな窓から商品が見えるように棚がついている、入り口のおしゃれな木製の扉には閉店中と書かれた板がぶら下がっている、扉を開けると様々な物が並んだ棚と店番をするための椅子を置いたカウンターがある、カウンターの横を通り抜け奥の扉を開けると一人の男がいた。

「トリアージさん、おはようございます」

「おはよう、ヘレナちゃん」

短い黒髪で背が高く細い目をした男の人、トリアージさんだ、会計の他に道具の鑑定などを担当している。

「フォルテさんはまだ起きてきてないんです?」

「店長なら少し前に出かけてくるって、店はいつも通りでいいってさ」

「了解です」

仕切りの裏で制服に着替える。下は黒いズボンに上はフリルと首に赤いリボンがついている、道具屋という感じはあまりないがおしゃれで可愛らしい制服なので気に入っている。

「お店、開けちゃいますね」

「僕も手伝うよ」

開店時間と閉店時間はかなり大雑把でフォルテさんからは何時でもいいから都合のいいタイミングでと言われている。

トリアージさんはカウンターにおつり用のお金の用意をしている。

軽く掃除をした後に入り口の板を裏返し「開店中」にする。

「本日もルビー・ヴァルキューレ開店でーす!」

外に少し大きめの声で言う、すでに周りの店は開いており人通りもそこそこ多く中々に賑わっている。

店内に戻りしばらくするとお客さんが来る。

「いらっしゃいませー」

初老の女性だ。

「農作業用のが壊れちゃってね、水が出る魔法石はあるかい?」

魔法石とは魔力により水を出したり火を出したり出来る石のことで冒険者が使う攻撃用の危険な物から日常生活に使える物まで様々だ、この世界の人々の生活は魔法石によって支えられていると言っても過言ではない。

「水魔法石はこちらになります」

「ありがとう」

魔法石の置いてある棚に誘導しカウンターへ戻るとすぐにカウンターへお客さんが水魔法石を持ち戻ってくる。

「これにするわ」

「こちら4万2000エメリアになります」 

「安いわね、3、4年は持ちそうなのに。1万エメリア札しかないから5万エメリアでお願いね」

「はーい、おつりの8000エメリアです」

「他にも色々あるのね、また寄らせてもらうわ」

「是非ともまたお越しください、ありがとうございましたー」

お客さんが水魔法石を持ち出ていく。魔法石は色や大きさなどによりある程度は何年くらい持つかがわかる、本来三年ほど使用可能な物なら5万エメリア前後くらいするがフォルテさんがどこかから安く仕入れてくるため安く売れる。

気づくと店内には客が数人いるのでカウンターで待機していると本を二冊持った大柄な男性がやってきた。

「いらっしゃいませー」

「お嬢ちゃん、これ引き取ってもらえるかい?」

「買い取りですね、トリアージさーん!」

「今いくよー」

倉庫の方で作業をしていたトリアージさんがカウンターへ来る。

「あなたは鍛治屋の…こちら買い取りですね?」

「頼む」

「これは…今年のギルドの武器図鑑が二つで2500エメリアですね」

取引を証明する書類を書きながらトリアージさんが言う。

「頼む、買ってみたんだがこりゃあ役に立たねぇ」

「ではここにサインお願いします、最近はギルドも当てになりませんねぇ」

「全くだ」

ギルド武器図鑑二冊2500エメリアと他に色々書かれた紙に大柄な男がサインする。

「ではこちら2500エメリアになります」

「こんなもんでも割と高いんだな、助かるぜ。ありがとな」

「いえいえ」

男は金を受け取ると店を出ていった。

「新品だと一冊3500エメリアもするんだねこれ、いくらで出そうかな」

「中々いい値段ですね」

「あんまり詳しくは書いてないみたいだけど一応図鑑だからね。とりあえず僕は倉庫の整理に戻るよ」

「はーい」

買い取りを終えトリアージさんは図鑑を持ったまま倉庫の方へ戻って行った。


しばらくし昼頃、店内に客もおらず暇でどうしようかと思っていると扉が開いた。

「いらっしゃいま…あ、フォルテさん、どこ行ってたんですか?」

「ただいま、ギルドへの支払いと仕入れの交渉さ。近い内に届くはずだよ」

ギルドとは国で必ず入ることになっている機関だ、前に税金の支払いがどうのこうのとフォルテさんが愚痴を言っていた。

「二人共、昼は食べたのかい?」

「私もトリアージさんもまだですね、フォルテさんは?」

「私はついでに食ってきたから二人共食べてきな。店番は私がやっとくから」

「ありがとうございます。トリアージさん、お昼ですよー!」

「わかったよー!」


昼食を食べ終わる、午後になっても店内に客がいなければある程度は自由に休んでいてもいいのだがフォルテさんにいつまでも店番をさせる訳にもいかない。

「私そろそろ戻りますね」

「僕ももう少ししたら仕事に戻るよ」

事務室を出る。

「フォルテさん、お昼終わりま…」

「んごぁ…」

「寝てる…」

フォルテさんはカウンターに突っ伏して寝ていた、疲れているはずなので起こすのは気が引けるが店内なので起こした方がいいだろう。

「起きてください、寝るならせめて自分の部屋か事務室で寝てください」

体を揺するとゆっくりと起き上がる。

「んあ…?あー…寝ちまってたよ…。私ゃ寝るから店は閉めてくれ…」

「そういう訳には行きませんよ、夕方までは店番してますから寝てきてください」

「あーありがと…じゃ…」

フォルテさんが寝ぼけてフラフラしながら事務室へ行く。この間に客は来ていなかったと思い少し安心する。

「さて午後もお仕事しますかー!」

軽く伸びをし気合いを入れる。

そしてあることに気づく。

「カウンター、涎まみれ…」

カウンターを拭き椅子に座りしばらく待っていると客が数人来る。

「いらっしゃいませー」

少し痩せている男がカウンターへ来る。

「これいくら?」

よくわからない小さい不気味な像だ、人なのだろうか腕や足らしき部分の長さもバラバラで顔もぐちゃぐちゃでかろうじて顔とわかる程度だ、自分ならタダでもいらないと思いつつ対応する。

「5000エメリアです」

「ちょうどで」

「ありがとうございましたー」

あの像は何がモチーフなのかなどと思いつつ店番に戻るとその時トリアージさんが来る。

「あれ売れたんだね」

「飾るんですかね?私ならあんなの部屋にあったら怖くて無理です」

「僕も趣味じゃないかな。でも人の趣味をとやかく言っちゃいけないよ、この仕事をしてるなら尚更だよ」

「ごめんなさーい」

迂闊な発言だったと反省しつつ仕事に戻る


しばらくして夕方になり、店内に人もいなくなる。

「ヘレナちゃん、少し早いけど閉めようか」

「ですね。私は店内と戸締まり見てきます」

「僕もカウンターのお金とか確認するよ」

店内に客がいないのを確認し一度外に出てドアの板を「閉店中」にし窓の確認をする。

事務室に戻るとトリアージさんが机で作業をしていた、フォルテさんはいないのでまだ寝ているのだろう。

「お疲れ様です、まだ帰らないんですか?」

「これだけやっていくからヘレナちゃんは先に上がってて」

「お先でーす」

仕切りの裏で着替え挨拶をし裏口から出て帰路に着く、こうして私の1日のお仕事が終わる。

その日次第で開店時間も閉店時間も変わったり仕事をたまにサボったりする店長がいる道具屋[ルビー・ヴァルキューレ]で働いている。

毎日変わり映えしない作業だけれど毎日違う物がお店に並べられ毎日違う物が売られていく、そんな[ルビー・ヴァルキューレ]が私は好き。


そしてこれはとある世界のどこにもあってどこにもない少し変なお店で働く私の物語…。















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