幽霊に憑りつかれている
錯羅 翔夜
第1話
幽霊に憑りつかれている 1
夜になっても蒸し暑い風が入ってくる。
窓を開けていても、マンションの1室では風がほとんど通らない。
一人暮らしを始めて1年目で、社会人も1年目。
それでいて実家を出て一人暮らしを始めたのだ、これでも上等な方だろう。
キッチン兼リビングで夕飯を作るが、その熱でさえも室温を上げるような気がする。
適当に作った野菜炒めと白米、インスタントの味噌汁を卓上に置くと、リモコンを手に取った。
習慣で点けたテレビは『真夏の心霊現象特集』を放送している。
一人なので若干のマナー違反をしながら、夕飯を食べ始めた。
『私、霊感があるんです』
『こちらの写真に映りこんでいる…お分かりいただけたでしょうか…』
『この方に憑いた幽霊から悪意は…感じられません…きっと何か伝えたいことが』
食べ終わると同時に、チャンネルを変えた。
「えー!見てたのに!!幽霊の伝えたかった事、知りたい!」
何か声が聞こえるが無視。
幽霊、お化け、心霊現象の数々。
この季節になれば良く聞く話だが、私は全く信じていない。
映像も画像も加工ができるし、人間は嘘が付ける。
一番、危ないのは『自分に嘘をついている場合』だ。
嘘をついている自分を騙して、その嘘すら無かったことにしてしまう。
最早それは誰にも真偽の分からないものでは無いだろうか。
「私、幽霊信じてるよ!」
「そりゃーあなたは信じないと、存在から揺らぐよね」
私だけしかいない部屋に声が響く。
「あ、幽霊だって認めてくれたの?!」
左肩の方から、底抜けに明るい声が聞こえる。
彼女はとても嬉しそうだが、私は心底うんざりしていた。
「私は幽霊、信じてないよ」
「ひどい!」
むすっとしたように溜めてから、彼女は何百回目かの名乗りを上げた。
「私は幽子って名前のある、立派な幽霊です!」
「その安直な名前、止めた方が良いと思う」
「好きでこの名前な訳じゃないもん」
「深い深い理由があるんですね、そうなんですね。興味ないです」
「本当にひどい!」
私と1文字違いの名前を名乗ったこちらの幽子さんは、たぶん幽霊。
不思議なことに、幽霊を信じていない私が、幽霊に憑りつかれている。
困ったことに、信じるしかない状況が整っているのだ。
私以外には声が聞こえない。
不在の期間がなく、私が嫌がっても話しかけてくる。
いつも左肩越しに声が聞こえるのだが、振り返っても誰もいない。
私の意志に反することや、私が考え付かない提案をしてくる。
暫くは幻聴かと自分の神経を疑ってみたが、そうじゃないと思う。
むしろ、この幽霊が憑いてからは頭痛が減ったような気がする。
ここまでの物が、私の「妄想」だとは思えない。
幽子は、幽霊なんだ。
酷いと騒いでいたにも関わらず、幽子は少しすると左側から話しかけてくる。
「ねーねー、ゆーちゃん」
「あんたもゆーちゃんでしょう」
「いいの。ゆーちゃんは私の事、名前で呼ばないじゃん」
「日本語に『二人称』はたくさんあるんですよ、お姉さん」
「ねー、二人称って何」
そんなことも知らないの?と私はため息をついた。
「話をしているのが私。その私から見て、聞いている人に対しての呼び方の事」
「ざっくりしてるね」
「きっちりとした意味が知りたかったらグーグル先生に聞いてください」
「…私の声は認識されないし、携帯とか触れない」
そういえば、幽子は『そういうモノ』だったか。
「解りました、あとで調べておきます」
「わーい。ゆーちゃん優しい」
面倒なので無視した。
なにやらギャーギャー騒いでいるが、意識から遠ざける。
幽子をそのままにして、食べ終えた食器を持って立ち上がった。
シンクに置こうとするが、先ほど使ったフライパンが邪魔をしてる。
仕方なく一度皿を近くに置いて、そのフライパンを手に取った。
そして何気なくブンッと左肩に向かって振ってみる。
「危ないじゃないか!!」
幽子の悲鳴が聞こえた。やっぱり当たらないらしい。
「ごめん、なんか居た気がして」
「私がいるよ!」
騒がしい幽霊に取りつかれた生活は、もう2年ほどになる。
いい加減にお祓いした方が良いのかもしれないと思いながら、皿洗いを始めた。
もう暫くはこうやって生活してみよう。
幽霊に憑りつかれている 錯羅 翔夜 @minekeko222
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