第26話 これから
東京都内某所
「お久しぶりです、アルバートさん」
「こちらこそさ、元気にしてたかい?フェルディナンド君」
現在エリア内の戦闘行為は禁止なため、日本は比較的安全な地域である。しかし、物価が高くつくために基本は金持ちか元々住んでいた日本人しかいないのが現状である。
文明的には21世紀以上の進化を遂げているものの伝統文化は守られており、料理も他の国で食べるよりは格段に美味である。現在、二人は高級レストランでコース料理を堪能していた。
「これだけの美味かつヘルシーな料理を作れる民族はそういない。やはりビジネスと日本食は相性が高くて助かりますね」
勿論、その分値は張るがこの二人に値段などという概念はない。
「どちらが会計を持つかの話は後にしてだなフェルディナンド君、少し気になる話があるんだが」
「はい、なんでしょう? 」
刺身を頬張りながらフェルディナンドがアルバートの方を向く。
「どうやって旧役員をつまみ出す気だね?流石に全員は無理だろうに」
「いえいえ、それは簡単ですよ」
アルバートが角煮を頬張るのを確認してフェルディナンドが話し出す。この時代のビジネスマナーとしては少しでも相手の話を引き出すために目下の人間は食事中、相手が食べ物や飲み物を口に入れるまでは話をしないのが常識である。
「どうせ私以外の上役は大体軍部ないしは政府とのパイプを癒着に等しいレベルで保有していますよ。それを使うんです」
「今回、我がテクノ・フロンティア社が食らったような国連の制裁を回避するための尻尾切りか。なるほどそれは使える」
「でしょう?でもって企業間の連携を強めたいと論じる私の派閥の人間を役員に迎え入れ、トレック・インダストリアル全体でユニバーサル・ファクトリーに歩み寄るんです」
そしてこの二人にとってはあんな悠長なマナーなど経済の発展が見込めない閉塞した現状のマナーとして扱っており、これから経済を持って世界を変えたいと願う彼らに適応されるのはあくまでも『社交辞令としての最初の一回』でよいのだ。
「今まで頭の固い国連理事会に振り回され続けて来たのだ、次は我々の番だよ。私も今回の国連法廷の決議を使って敵対派閥を一掃するとしよう」
そして、思い出したようにフェルディナンドの横に控えるロバートを見る。
「彼への調整は成功したか? 」
「元々の意志が調整を受け入れているので手間はかかりませんでしたよ。かなり優秀な出来ですね、彼は」
「確か薬物だけだったか、洗脳すらしていないと? 」
「えぇ、それは自分への暗示で解決していましたね。今となっては感情の欠片も持ち合わせていませんよ。と、そんな事より冷める前に召し上がってはいかがで? 」
「そうだった、ちゃんとシェフのことも考えてやらんとな」
再び二人が食事にシフトし、場が静寂に包まれた。
一方、界人たちは研究所の最奥部にある『とある物』を見ていた。その桁違いな大きさに、恐らくは初見ではないフォックス以外の三人は驚いた。
「こんなに大きいなんて……凄いね!! 」
メカニック的な目で見ているのか単なる好奇心なのか、ユリの目は輝いている。
「これは……なんの目的に建造されたんだ? 」
レオンは反対に、その用途の不明確さに困惑している。そこはいかにも元軍人らしい思考であると言える。
「……… 」
そんな中、界人は一言も発さない。思うことでもあるのだろうか。
「どうした?何かあるなら言ってみな」
「部隊輸送用ですか? 」
「おぉ、気付きやがったかい。その通り、こいつはこれから『Hive』の備品だ」
フォックスに続いて一同が更に近づくと、ようやく全貌が見えてきた。これは巨大な『潜水艦』である。
「海洋生物捕獲調査用大型潜水艦『ジャックフィッシュ型』。元々はただの移動水族館だったが研究所に大体の生物が揃ったからな、御役御免となったわけよ」
そして、作業員の一人がフォックスに気付き、こちらにやって来る。
「お疲れ様です。整備は完了しましたが、出航はしてしまって大丈夫でしょうか? 」
「おう、詳しくは現地のスタッフに従ってくれ。君らの異動も既に了承済みだから」
作業員が差し出した書類にフォックスがサインすると、彼は頭を下げてそのまま潜水艦のハッチを開けて入っていった。
「隊長、これって…… 」
「そう、これからの任務の規模を拡大するための布石だよ。単なる輸送用」
とてつもない轟音を撒き散らしながら黒い巨船が潜航を開始する。そう簡単には沈んでいかないところをみるととんでもない排水量なのが見てとれる。
「あれは元々『深海生物をギアで捕まえて調査する』ためのもんなのさ。しかし2502年に計画が終了してね」
大きさの問題もあり、研究所の地下水路に放置されていた。それを『Hive』の地下水路に引っ張り込んでギアの輸送用に運用したいとフォックスが考えたらしい。
「さて、こっからは自由行動だからみんなで日光参りに行かんか? 」
市ヶ谷 トレック・インダストリアル第五総合技術研究所
「組み立ての大まかな目処はたったな」
スーツにヘルメットといかにも視察な雰囲気を出しつつ、アルバートとフェルディナンドはラボの開発室にそびえ立つ巨大な砲搭の骨組みを眺めていた。
「テクノ・フロンティア社のリニア技術とトレック・インダストリアル社の長距離弾道計算力の融合ですね、完璧過ぎる代物ですよこいつは」
「正しく『戦況を変える』一品だよ。これも君らに併合してもらったおかげだね、フェルディナンド君」
フォックスたちが潜水艦を眺めていた頃、テクノ・フロンティアとトレック・インダストリアルは世紀の大ニュースを発表したのだ。
国連法廷は、今回のハイネ=スプリングフィールド元ユニバーサル・ファクトリー副会長のテクノ・フロンティアとの癒着を『戦争拡大の原因』と断定し、テクノ・フロンティア社の役員の一斉更迭を要請した。
それを受け、テクノ・フロンティア新会長となったアルバート=ウィリアムズは経営方針の転換を宣言、これを受けて現在のトレック・インダストリアルCEO代理のフェルディナンド=バックリーjr.が企業併合を持ちかけアルバートが承認。その時点を以て、二社は統合し『スター・エレクトロニクス』へと名前を変更した。
「……で、最初の開発品が『ギア用の長距離レールガン』ですか、まるで漫才ですねぇ」
このレールガンという武器は、電磁石を使用してリニアモーターカーの原理で弾丸を加速、射出するというもので理論上は亜光速まで加速可能である。しかし、そのためには莫大な電力を使うため21世紀時点では戦艦の主砲程度にまでしか小型化出来ず、汎用性は低いといえた。
しかし、ギアに積まれた核エンジンはこの問題を解決させられるレベルの出力があった。核エンジンを用いることにより、ギア用のレールガンを作れる様になったのだ。
ギアの体長を遥かに越える黒いレールを見ながら、フェルディナンドがニヤリと笑う。アルバートも続いてレールガンを確認し、口を開いた。
「この製品は旧制の二社両方のギアが使える画期的な武装だ。この試作品の話が持ち上がれば勝手に買い手が値段をつり上げる」
「そ・こ・で、ですよ。その動きに流されるようにロシア、中国側も新武装の開発を余儀なくされ、うちに歩み寄る。あとはアルフレッドさんが適当なタイミングで我々を捕まえてくれさえすれば…… 」
「誰も損せず国家の経済力を落とせる、でもってクーデターをお越し国連を頂くわけだ。本当にアルフレッドの戦略には驚かされるよ」
しかし、とフェルディナンドが真顔に戻ってアルバートに返す。
「理事会は黙ってないでしょうね。我々と同じくして例の『Hive』の特務班も日本入りしたという情報も入っていますし」
ハイネの捕縛及び癒着の真相解明に貢献したとして、『Hive』は国連の正式な捜査組織として認定されている。恐らくは今回の新武装も既に理事会は気付いているとしても違和感はない。
「その時こそ、ロバート君が仕留めてくれるさ。そのための『調整』だろう? 」
「……はい」
レールガンの砲搭を眺めつつアルバートが笑みを見せる。その瞳は、レールガンの完成の更に先を見据えている。
「これからのためにも、ここいらで波を作らねばなるまいて」
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設定解説:『人為調整』または『調整』
UCシリーズのガンダムが分かる人には『強化人間』が最適解です。要は薬や洗脳、遺伝子改造によってパイロットとしての能力を底上げする事全般を指します。
今回ロバートに施されたのは『薬物による調整』です。これまたガンダムのお話にはなりますが
『フォウ・ムラサメ』的な状態です。ちょっとよく分かりませんという方には申し訳ない、『強化人間』をググって頂くことを推奨します。
調整方法によって結果が大きく変わるので、そこについてはまた触れます。現在、調整技術を持つ会社は『トレック・インダストリアル』のみ、そしてロバートはアメリカ軍人。これで分かる人には分かるんじゃないでしょうか?
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