第11話 答え

『過去と他人は変えられぬとも、未来と自分は変えられる』とはよく言ったものだ。どこをどう狂わせてしまえばこのような結末になるのだろう?


「15年ぶりか?久しいなレオン」


「あなたこそ、15年もどこにいたのか知りたいところです」


撤退の完了した基地跡でレオンとフォックスが向かい合う。レオンの乗るギアは、テクノ・フロンティアの第四世代『ナイト』である。関節に複合装甲を採用しており、防御力は他の第四世代に比べればかなり高い。


「なぜ国を裏切ったんですか? 」


やはりそうなるか、とフォックスは覚悟した。20年も戦争が続けば感覚が麻痺してくるのは予想がつく。


「違うな、現実が見えただけだ」


「そうやって私の前から逃げたわけだ。国に尽くす忠義と私への恋心を捨てて…… 」


「恋心云々は終わってからにするとして、忠義の話をしてやろう」


軍人は素直な人間になりやすい、時に愚直に見えるほどに。


「お前らのお国への忠義は素晴らしいものがある。今の俺にはどだい無理な話だ」


ここまで黙ってくれているレオンには、まだ良心の呵責は残っているらしい。ありがたい話で、15年の歳月も無駄ではなかったと思うばかりである。


「だが、お前らの仕える国ってのを動かしてるのは誰だ?貴様らが真に守るべき国民なのか? 」


「黙れ!アメリカにいる以上は皆が国民である!! 」


「しっかり現実見やがれ!!どこからどう見たって企業に振り回されてるだけだろうが!! 」


入隊の宣誓の時から、軍人は命をかけて国に忠義を尽くす事を責務とする。フォックスとて例外ではなかった。


「膨張しきった経済を進展させ、世界が進歩するには国の力だけでは事をなし得ない。しかしな…… 」


バスターソードを構え直す。レバーを握る手に力が入るこの感覚はいつぶりだろうか……


「軍人を駒にする時点で国のあり方が間違ってるんだよぉ!! 」


ゼロの両足が地面を蹴る。突進と同時に大剣を振り下ろす。しかし、『ナイト』は近接用にカスタムされたギアで、第一世代クラスの装甲を手足に装備しているため、これを両手でガードする。


「セヤァ!! 」


下からすくい上げるようにナイトが片手剣を振り上げる。ゼロはそれを装甲の曲線を活かしつつ右足で捌いた。


「まだ現実が見えないと言うなら…… 」


ナイトの装甲に食い込んだバスターソードを支点にゼロが飛び蹴りを入れる。


「グ、ウァァ!! 」


ノーガード状態のナイトのボディに直撃した蹴りがコックピットを揺らす。エアバッグが起動してレオンは前が見えなくなる。


「ふっざけんなぁぁーー!! 」


最後の抵抗も渾身の叫びもフォックスには届かない。苦し紛れに放った突きもまるで予想していたかのように避け、腕をへし折られる。もはやここまでと悟ったその瞬間、いきなり画面の端にフォックスが映った。


「フォ、フォックス…… 」


「許せレオン、忠義云々のお話はこれで終わりにしよう」


再びバスターソードが振り上げられる。レオンは必死にペダルを踏むも、すでにナイトの足はゼロの足によって踏み潰されていた


「待って!!まだ話が…… 」


フォックスの駆るギアは無慈悲に大剣を振り下ろす。ガシャァァン!!、という音を響かせて数秒後、レオンのギアは完全に動かなくなっていた。





「ウ…… 」


体が焼けるように熱い。腕に至っては痛みを通り越して動かす事すらままならない。これが死ぬということなのかとレオンは悟った。この痛みを強いるというなら、確かに政府そのものが間違っている気がしなくはない。


「ちゃんと、フォックスに……想いを…… 」


まだ終わりたくない。15年ぶりに再会したあの人に、もう会えないはずのあの人に思いを告げることなく死ぬのは嫌だった。


「わ……たし…は…… 」


「お、目覚めたか」


すると突然ベッドが起き上がり、周りの景色が見えるようになった。どうやらコックピットではなく、輸送機の中らしい。


「まずは生還おめでとう。で、どうだ?死にきれなかった気分は」


「何を言って……っ!! 」


大きく息を吸い込もうとして、背筋に痛みが走る。どうやら全身を打っているらしい。


「起きた? 」


「おう、水を頼むわ」


奥の方に少女の姿が見えた。恐らくは二十歳前後だろうか、とてもではないがフォックスの子供というわけではなさそうである。


「フォックス、その子は? 」


「ユリの事か?あいつはあの時サンパウロで拾ったのさ」


あの時がいつなのかは容易に想像できた。この15年の間、彼は彼なりに世界と向き合った結果、こうしてここにいるのだろう。


「相変わらず強いな、フォックスはさ…… 」


「それは違う」


そう言うと、フォックスは銀色の金属板をレオンの太ももの上に置いた。見覚えのあるそれは、確かに『フォックス=J=ヴァレンタイン』の名前が刻まれていた。


「どうしてこんなものを? 」


「裏を見てみな」


ドッグタグを裏返すと、懐かしい写真が貼ってあった。思わぬ一枚に、レオンの目から熱いものがこみ上げてきた。


「お前のタグも、とは思ったんだが何しろあの衝撃で砕けてたからよ」


フォックスがレオンの顔の高さまでしゃがむ。自分の頭に手を置かれたところで、レオンはフォックスの目が潤んでいることに気が付いた。


「フォックス? 」


「こんな俺を……許してくれるか? 」


『本当の気持ちを伝えるとき、人は一切の飾りを必要としない』とはよく言ったもので、レオンの心の中には一つの答えしかなかった。


「……はい! 」




「水、渡し損ねた…… 」


二人の熱い抱擁を目の前に、ユリは呆然と立ち尽くす以外にできなかった。


「ま、良いか。フォックスも色々吹っ切れたみたいだしさ」


その時、休憩室のテレビが着信有りのアラーム音を鳴らし始めていた。流石に二人の邪魔をするわけにもいかず、ユリはテレビの電源を入れた。


「二つ目の作戦完遂おめでとう……あれ?フォックス君はどこに行ったんだ? 」


「いえ、色々と事情があるため私が代わりに報告します」


本部からの通信らしい。すでに篠田を降ろしてサンパウロを離れた事を告げると、画面越しの男性は髭を撫でた。


「では、現場で確保したレオン君のことはこちらで段取りをつけておく。フォックスに一時帰還命令もちゃんと伝えておいてくれよ? 」


「はい、かしこまりました」


「ところでだな? 」


男性の顔が急に緩んだ。どうも連絡はここまでらしい。


「レオン君の怪我はそんなに酷いのか? 」


「いえ、命に関わるほどではありませんが…… 」


少し言葉に詰まったが、ユリは笑顔で答えた。


「今、二人の邪魔すると馬に蹴られますから♪」



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