指と道路

 一本の指があって、その指がきみのなかにある一本の道路をなぞっている。

 アスファルトで舗装されたその道の両側にはいくつかの茂みがあって、どのような風もその茂みを揺らすことはできない。濃い灰色のその道をきみは死というふうに呼んでいる。

 その道にきみは声のようなものを聴き取る。懐かしさのようなものが空にひっそりと重く横たわっている。影のようなものがきみのいくつかのへこみに溜まっている。

 一本の指があって、その指がきみのなかにある一本の道路を慈しんでいる。

 誰の指なのだろう? 見るも無惨に切断され、花のように鮮やかな赤と白を晒している。それはいかなる指よりも生きていていっそ陽気にさえ見える。

 きみはその指のことを知らないままカードキーを走らせ、真っ白い研究室に入る。細長いガラスの花瓶が目に入り、そこには精巧な造花が挿さっている。

 その部屋に入るときみのなかにある指はそわそわと浮かれたようなそぶりを見せる。きみはいくつかの血液を凝固させる。いくつかのタンパク質の構造を変質させる。きみの眼鏡についた埃が光を反射する。いくぶんか白が混じったきみの顎髭が窓のない部屋のなかで糞便由来の粒子に触れる。実験のゆっくりとした着実な進行を確かめてきみの心は少し安らぐ。

 きみの道の両側にはいくつかの茂みがあって、黒い雲を伴う暗い風もそれを動かすことはできない。茂みにはきみが知らないものの目が潜んでいて、一本の指の歩みをこっそりと追っている。

 ある日、その道の向こうからやって来る者がある。

 その者が微笑みかけると、指はそのものの反対方向に逃げる。

 指がどれほど懸命に逃げても、その者のゆっくりとした歩みのほうが早い。

 その者が指をそっと持ち上げる。

 そのとき、きみの最も大事な実験が完了し、きみは喜ぶ。

 アスファルトがゆっくりと溶ける。

 その道は黒い湯溜まりとなって広がり、そして茂みが揺れ始める。

 おそらく50か60本ほどの平たい歯が一本の指に食い込み、骨が砕ける音が聞こえる。

 きみは優しい気持ちになる。

 鈴のついた検体たちが解き放たれる。彼らは裸で方々に駆け出してゆく。

 茂みの揺れ方はますます激しさを増して揺れやまない。もうそこに吹く風はないというのに。


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