ナ界綺譚

日曜ヶ原ようこそ

ルカテンナの夕暮れ

 ルカテンナの村では全ての子供たちは夕暮れどきになると消えてしまう。たいてい日没とともに村のどこかから再び現れるが、たまに何日かいなくなったままになることがあり、ごくまれにいつまでも戻ってこないこともある。個人差は大きいが、大体5歳から6歳くらいの頃から消えるようになり、9歳から10歳頃で消えなくなることが多いようだ。だが過去には2歳児や60代の人間が消えた例もあり、基準はよくわからない。

 消えている間のことを覚えているものは誰もいないが、衣服が着せ替えられていたり、体に何かが書かれていたりすることもあるから、いなくなっている間もどこかにはいて何かは起こっているらしい。

 郷土資料を紐解くとこの現象は少なくとも850年以上昔から起こっているらしく、住人の98%以上は、過去に消え失せていた経験がある。


 ルカテンナの住人はときに未知の言語らしきもので会話することでも知られており、そんな時に話の意味を訊ねても、当人たちは何かを話していたことさえ自覚していない。


 ルカテンナ出身のカプーラという造本家・本草学者は、9歳の頃には「本当にいる人」(『消えなくなった』者に対する村での呼び名だ)になっていたそうだが、チジュテシャグ市の学校で学んでいた13歳の頃、突然まる5日にわたり姿を消したことがあるという。寮の同室者であった地図製作者・本草学者ミズメクは彼女が目の前で薄れて消えるところを見たと証言している。それからしばらくの間、ミズメクは夕暮れの光が部屋に入ることを恐れ、陽が傾くと雨戸を固く閉めるようになった。

 カプーラはやがて礼拝堂に水浸しで倒れているところを発見され、ひどくやせ細って、目を覚ますと自分が誰であるか忘れていた。学問のことはよく覚えており、成績はかえって向上したが、それから数ヶ月というもの、動物が彼女を食おうと襲ってくるようになり生傷が絶えなかった。ミズメクはカプーラのために鳥の群れと戦うことが上手くなった。

 14歳になったカプーラが夕暮れの光のなかで窓際の椅子に腰掛けているのを見ているとき、ミズメクは弁論術の教師であったトワンが死んだと思った。その時からミズメクは生涯、見知った人間の死をどこにいても知ることができたという。


 57歳でカプーラはいつものように窓際の揺り椅子に座っていたところ姿を消し、それから二度と戻ってはこなかった。

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