「夢の話」
錯羅 翔夜
【短編】「夢の話」
「バンドマンって何なんだろう」
長芋の短冊を摘まみ上げて、向かい側に座っている友人は言った。
私は枝豆を口に運びながら首を傾げた。
「んー、本人がバンドマンだと思ったら、バンドマンだと思うよ」
定義は本人が自分で決めればいい、という適当な返事をしてみる。
長芋から伸びる糸を切って彼女は首を振った。
「そういうのじゃなくて」
「すまない、簡単な返事をした」
私の『その話題に踏み込まない返事』は失敗した。
飲みに来たのだからこの話題は出ると思ったが、どこまで言っていいのか。
うーん…と思案顔で酒に手を伸ばした。
彼女は左手で水色の小さなネックレスに触った。
彼女が恋人の事を考えていると時々やる癖だ、と最近気が付いた。
その人はよく聞く『売れないバンドマン』でギターを弾いている。
27歳男性、だったかな。
私の頭では友人の恋人、という会った事も無い人のプロフィールなど忘れてしまう。
私は居酒屋の椅子に座りなおした。
「バンドマンって何と言われても、もう少しヒントを」
笑いながら言うと、彼女は箸を置いてグラスに手に取る。
「この先の話、かもしれない」
彼女も話題の方向性を迷っているらしい。
それなら事実関係から整頓していこう。
「確か大学卒業からアルバイト掛け持ちして、夜はバンド活動って話だったよね」
「そう。その……」
私は次の言葉を少し選んだ。
酔っ払いの気遣いなんて、無いようなものだけれども。
「そのバンドは売れてる?」
「バンドも二つ掛け持ちしてて、どっちもまぁ…」
「そっかぁ」
下がった語尾は、バイトマンだという意味だろうか。
「売れる見通しはあるのですか?」
彼女は黙って長芋の小鉢を引き寄せ、曖昧に笑った。
「やりたい事と、売れることは違うからね」
「その通りです」
ふと『書けるのと売れるのは違う』と厳しい声が聞こえた気がした。
やだやだ、と首を振りながらメニュー表を手に取り酒類のページを開いた。
「見通しがないのなら、子供の夢と似たり寄ったりですかね」
「そうなんだよね」
「正義のヒーローとか」
二人で日本酒リストを開いているのに、正義のヒーローと言ったのがそれっぽい。
「正義のヒーローが悪を倒す!」
「助けて!正義のヒーロー!」
「最終的に『私が悪だと思ったものが悪だ』とか言ってるやつ」
「で、他の『私が正義だ!』て言う別のヒーローに倒されるんでしょ」
「なぜ私の正義が敗れるんだぁ、ぐわぁ!ってね」
酔っ払い二人が笑う。
正義を馬鹿にした話。
でもこれが、私たちにとっての「正義のヒーローなった人の見通し」だった。
ヒーローにとっての正義でも、それは誰かにとっての悪になる。
それすらも気が付かない、子供の夢を笑う。
恋以上の盲目に気が付かないで、夢を追う売れないバンドマン。
追加注文の為に「すみませーん」と手を上げると、気が付いた店員が近寄ってくる。
「でもさ」
彼女の平坦な声が聞こえた。
「うん?」
私は店員の動きをみているフリをした。
「いつまで、一人の気分なんだろう」
「そればっかりは、私には分からないな」
私は優しい声で言えただろうか。
恋も、夢を追うのも同じ盲目。
彼女の方だけ、目が見えていない事が分かっている。
それでも私は願う。
「いい方向へ転がるような『見通し』を立てられるといいね」
友人は黙って杯を煽った。
「夢の話」 錯羅 翔夜 @minekeko222
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