北斗の剣

シロヒダ・ケイ

第1話

北斗の剣

作    シロヒダ・ケイ

又の名を ケチョン・イマイチ


大会前、特訓後の帰宅途中の事。

 何時の間にか、駅前の喧騒(けんそう)が過ぎ去り、夕闇迫る住宅街にさしかかつた時、いつもは見ない光景に出合う・・・。

机上に「占い」と大書された行灯(あんどん)。千利休(せんのりきゅう)の肖像画にある楕円形のケーキのような帽子を頭に乗せた、占い師が座ってこちらを見ている・・。人通りも少ないこの地で占いなど、商売にならないだろうに・・。

「そこの若いの・・。」

あたりを見回しても自分しかいない。咎(とが)められて改めて易者(えきしゃ)の顔を見る。無精ヒゲか、はたまた付けヒゲなのか、むさくるしく鼻、顎の、そこいらじゅうに髭をたくわえた、高齢のジイ様。ただ顔の輪郭(りんかく)は一年前に亡くなった祖父にどこか似ている・・。

「そなたには不思議の縁(えにし)を感じるのだ。占っていかんか。」

「イヤァ・・そんなつもりは・・」

「タダじゃよ。金は要らん。」そうは言われても、胡散(うさん)臭いパターン、のような気がする・・。

「お前の名前。星に関係しとるのではないか?」

オッ。まさに図星(ずぼし)。自分の名前は北斗(ほくと)と言うのだ・・。

「フッフッ。当たっておるな。・・そこに座りなされ・・。」

タダなら、まあいいか。図星に免じて、うながされるまま肩にからげた武道具を降ろしてイスに座った。

「どうら。その手を出して見なさい・・」ばかデカイ虫眼鏡(むしめがね)をかざして、手相を観察しはじめた・・。

「ウム。ウム。これは・・。凄い!」加えて筮竹(ぜいちく)をジャラジャラ鳴らし、波打たせて扇子状に広げる動作を繰り返す。

「ヤヤッ。」言葉が続かず絶句するジィ様易者。柳の葉のような細目(ほそめ)が、クワッと見開かれた。

「お前は稀代(きだい)の剣豪となる運命を宿しておる。なんたる素質、なんたる奇遇。われ、感嘆セリ・・。」

ハァア。名前を当てられたので、つい座ってしまったが・・やっぱりハズレ。インチキ易者だった。俺の持つ剣道具を見て思いついたのだろうが・・。確かに剣道部員だが、影薄く、補欠の補欠でしかない実力の持ち主なのだ。よう言うよ。

「今は未だ、ダメ部員のようじゃが・・。」

俺の表情の変化に気付いてコトバを変えて来たぞ・・。

「今日の、この縁(えにし)。いよいよ決断せねばならぬ時がまいったようじゃ・・。」独り言のように呟いた。

「のう、若いの。お主に是非見せたいものがあるのじゃ。うちに来なされ。ナニ、すぐ近くじゃ。」

エッと戸惑う間もなく、ジィ様易者は店に隣接する住宅の門を開け、玄関扉を開錠した。

「ここが自宅じゃ。上がんなさい。」

なんだ、この爺さん、自宅前で商売しようとしていたのか・・。机等、商売道具を自宅に運ぶ手伝いをしながら、玄関に入った。


玄関回りは何の変哲もない普通の家だったが、部屋はというと、足の踏み場もないくらい、モノであふれ返っている。骨董品(こっとうひん)の数々。壺、茶器の和風テイストのものからガレのガラス工芸品、ビスクドール等々。真贋(しんがん)はともかく、何でも鑑定団に出品出来そうなものばかり。今、座るダイニングテーブルも猫脚のアンティーク家具であった。

「フォッホッホ。うちは代々骨董・宝石を商う商売人だったのじゃが、ワシの代で店はたたんだ。置き場がないのでこうしている・・。」


「マア。お茶でも飲みんさい。」

出されたほうじ茶を一気に飲み干すと、これが、甘い様な苦い様な、ヘンな味。普通のお茶ではない・・。

怪訝(けげん)な目線を爺様に向けると・・。

「ホホウ。クスリを飲まされたって顔だな。ハハハ、フォフォッホ。」意味ありげに笑った。

「お茶はお茶でもオチャケだからな。それは。おまけに何を隠そう、自白剤も入っている特別誂(あつら)え品だ。フォッホッホ。」

はめられた。ヤッパ、知らん人間の誘いに乗るものではない。未成年に酒とは立派な犯罪。自白剤だと!俺はこれから一体どうなるのだ?爺様は何の為に俺を陥(おとしい)れているのだ?


「これからキミは私の質問にウソ偽りなく正直に答える。いいね。」

「はい。」まるで催眠術にかかったように自分の唇が勝手に動いている・・。

「キミは北斗と名乗ったね。何故、そう名付けられたのかな?」

「父が北斗の拳の大ファンで・・・アチョーアチョーのマンガですけど・・。」

「キミは剣道具を持ち歩いている。剣豪を志(こころざ)しているのだね?」

「志(こころざし)はありません。祖父が剣豪小説のファンで・・剣道をやれば小遣いをやる・・と言われて剣道部に入ったようなものです。幼い頃、祖父が新聞紙を丸めた剣でチャンバラごっこをしようを誘われて・・。勝たせてくれて、おまけに御小遣い・・だからチャンバラは大好きでした。」問わず語りに口を開く自分が恐い・・。

「チャンバラ・・。懐かしい響きであるな。」

「父、祖父は、武芸の素養があるのかな?」

「とんでもない。うちは運動オンチの家系ですから・・。」

「ふうむ。でもキミは剣道の道に進んだ・・。」

「さっきも言いました。最初は小遣いのタメです。うだつが上がらないのにクラブをやめないのは同級生の武、タケというのですが、いるからです。」アッ、こんな事を喋ってしまった。

「タケ君は強いのかね。憧れているのかね。」

「タケの親はインターハイ優勝等タイトル保持者で、本人もメッチャ強い腕前です。」

「フーン。方や優秀なサラブレッド。かたや駄馬駄馬駄、駄馬駄馬駄のスィングルシンガーズ、はたまた男と女かね。」イミ判らん。が、しかし、男と女と聞いて、つい口がすべった。

「憧れというか、男も敵(かな)わぬ腕前の美少女剣士ですからファンは多いのは当たり前ですね。私もその一人というだけで・・」

「なんと。美少女剣士とな。ならば、腕前をあげて、彼女の気を引こうと思わんのかね。」

「レベルが違いすぎますから。私は男子部員のなかで下のクラス。剣道はどうでもいいいんです。」

「ホントにそう思うなら、退部して別の道を進めばよかろうに・・。マ、お前には言ったように稀有の素質が秘められておるのじゃがのう。」

「何度も言いますが剣道はどうでもいいのです。彼女と同じフロアーで同じ空気を吸っていれれば・・。彼女の汗の匂いを嗅げればそれだけで幸せ・・で・・。」

「なにやらストーカーぽくなっておるではないか。」

「純粋な気持ちなのです。付けまわしたりしませんし、携帯の番号も知りません。犯罪とまでは言えないでしょう。」

「草食系というやつかねぇ。しかし、そんなに思いを寄せるのであれば、男らしく告白すべきではないかな。既に、彼氏はいるのかな。」

「剣道一筋で、居ないとのウワサですが・・。天地の差がある自分が告白するなど、身の程知らずはとても出来る事ではありません。見てるだけ、感じるだけで・・」


「バカモーン!」

爺様が吼えた。

「ワシの占いをバカにするのか?当たりこそすれハズれる事なぞ一度もないのだぞ。そのワシが、素質有といっておるのだから、間違いない。強くなって、彼女を打ち負かせば、きっと振り向いてくれるであろう。その後、告白したから上手く行くとは限らんが、自分の「想い」をリスペクトするなら告白すべきであろう。それともお前の「想い」とやらは表に出る事を望んでおらぬと申すか?」

ウーム。爺さんの言葉。整然とした理屈ではないが、間違ってもいないのは確かに感じる。

「そこでじゃ。お前にみせたいモノじゃ・・。」そうだった。そのコトバをエサにノコノコ自宅に引っ張り込まれ怪しいクスリを飲まされるハメになったのだ・・。


奥の押入れをガサゴソしていた爺様。一振りの刀剣を手にして戻ってきた。

スラリと鞘(さや)を抜いた瞬間。北斗の目が釘付けになる。真剣の刀は初めてなのだった。

爺様は刀身を北斗の目の前にくっつけるように押し出した。よくみると、刀身には木目のような文様と、刃の部分には波打つ文様が浮き出ている。

「これは」

「まさに」一息入れ、押し殺したような口調で「秘剣中の秘剣じゃよ。」と囁いた。その眼はそれまでと別人のように迫力を宿して光っていた。

「手に取ってみるがよい。」

手を触れると、たったそれだけで得体のしれないエネルギーが自分に流れ込んできている気がする。

「その剣は、持つ人間の技能の極限まで押し上げてくれる。」

「そんな。」

「誠に有難い剣なのじゃ。して、剣の名は」間を開けてじらすのが得意な爺様だ。

「北斗の剣」

マジ?

「名前からしてお前とは縁(えにし)深き剣なのじゃ。」

「これを私に?」

「譲るんじゃないぞ。暫くの間、貸してやってもいい。但し・・」ああ、条件などがつく取引なのだ。これは・・。

「この剣は未完の剣なのだ。」

未完成の剣?素人目にも立派な剣と思えるが・・

「柄(つか)をみてみい。」

柄にはデザインが施されていた。北斗(ほくと)七星(しちせい)の掘り孔(あな)があるのだった。

「この孔には七つの石、宝石が嵌(は)め込まれてこそ完成となるのだ。宝石は魂。魂を入れて欲しいのだ。お前に・・。」


*** 爺の話 ***

その昔。日本が戦国の動乱の中にあった頃。ヨーロッパ各国の王室向けに宝石を商っていた商人のキャラバンが盗賊に襲われた。

奪われた宝石袋を取り戻さんとする商人側と、盗賊側で、きったはった、すったもんだの争いが続き、盗賊が崖に追い込まれた。もみくちゃの争いの間に袋のヒモがゆるみ、その袋は、はずみで崖下に落下、中の宝石もバラバラと落ちて行方知れず・・。

と思いきや、実はゴールデンイーグル、イヌワシのことじゃが、これがついばんで胃の府に納めてしまった。鳥の中には消化のために石を飲み込んで内容物をすりつぶす習性がある種がいるからのう・・。

宝石を飲み込んだゴールデンイーグルは日本に飛来、戦国の日本各地に糞とともに石を体内から空中にまき散らす。それを手にしたのが戦国の剣豪の面々。刀を命と考える剣豪達は、それぞれ愛刀の柄(つか)の装飾として宝石を嵌め込んだ。

「その宝石を剣豪達から奪って欲しいのだ。」

ホンマの話とは思えない。しかも戦国時代に行って剣豪から奪い取る?どうやって?しかも相手は剣豪でしょ。アッと言う間に切り殺されるでしょう。

「どんな手段でも勝てば良いんだよ。キミなら出来る。」


酒が入ったせいか、なぜか侍の恰好(かっこう)にさせられるのを・・それを許容(きょよう)してしまった自分がいる。羽織(はおり)・袴(はかま)、編笠、草鞋(わらじ)、振り分けと呼ばれる、たすき掛けの荷物入れ・・それらもこの骨董の在庫にあったのだ。モチロン、腰には未完の秘剣、北斗の剣が収まっている。

しかし戦国時代に行くと言うのはどう考えてもおかしい。どこに行くのか、その方法は?

爺様易者はしかし、任せなさいと言うだけ・・。占いで宝石を所持する剣豪の位置情報が表われるから心配しなさんな・・と胸をポンポン叩く・・。

あそこの押入れから取り出して貰いたいモノがあるので・・と言われて北斗が押入れの中に入ると、やにわに襖(ふすま)が閉じられ真暗闇に・・。オイオイ


襖を開けると・・・。

そこは、鹿島(かしま)神宮の門前だった。皆、行きかう人は戦国時代の服装。あの押入れはタイムマシンだったか・・。どこでもフスマってか?・・。

アレ、どうやって帰るのか・・その疑問に答えるように爺様の声が天から降って来た。「心配するな。石を奪い取り、剣柄(つか)の北斗の孔(あな)のいずれかに嵌(は)め込めば、その石自体がスイッチセンサーとなり瞬間移動で戻れるのだ。」フーンそんなもんか?理解は不能だが、考えていても詮方なし。


頭を切り替えて目の前の朱塗りの楼門(ろうもん)を見た。先ずは観光するか・・と、門前町の商店街のどこからか、うまそうな匂いが漂ってきた。腹ごしらえでもしよう・・。

荷物入れの中には軍資金として用意された金貨がある。これをこの時代の通貨に替えなければならない。

両替屋に入って交換を求めると番頭が素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。当時の金貨は品位八割程度の黄色。見せた天皇即位記念十万円金貨は品位フォーナインの純金、まさに金色だったからだ。

貨幣というよりメダルのような美術工芸品として評価されたのだろう「超絶技巧の彫り師が作った値打ちモン」と喜ばれ、予想以上の大量の銀貨と両替してくれた。重いので荷物入れが肩に食い込むのが誤算だったが・・。


鹿島灘近くに立地するのでハマグリが名物、先程の漂っていた、いい匂いは焼き蛤のものであった。特大ハマグリをチュウチュウすすり、炊き込みメシをおかわりする贅沢(ぜいたく)で気持ちが豊かに落ち着いた。

続いて観光。霊泉(れいせん)湧く御手洗池の禊(みそぎ)で心身共に清らかに・・。本殿の神宮のいわれを聞けば、祭神であるタケミカヅチ神は武神、軍神、勝利を約束する神というからエンギがいい。

境内を鹿がウロついているので修学旅行「奈良みたい。」・・と口に出したら、怒られた。鹿は当地より奈良・春日大社に持ち込まれたもの。こっちが元祖だそうだ。

怒られついでに、ミッションに関する情報収集。「当地には剣豪がおられると聞いてきたのですが・・。」道場破りの旅である旨(むね)を話した。


「あんた。卜伝(ぼくでん)先生を知らんのか。こりゃ、たまげた。」

「卜伝というと・・あの塚原卜伝?」

「知らずに道場破りとは・・とんだお笑い草ハハハ」

「なんせこれまで無敗の大先生、イヤ、神様に近い方だからのう・・。」

皆からバカにされるのも、ごもつとも。「イヤ、弟子入りの旅で・・ゴニョゴニョ・・」と誤魔化(ごまか)すのが精一杯だった。


塚原卜伝。

何処に住んでるかは知らなかったが、名前は亡き祖父から繰り返し聞かされていた。真剣、木刀の打ち合い数百度。一度としてキズを負う事無き「剣聖」と称される人物で、門下生には名だたる剣豪達がズラリ・・。剣豪界の神様・大ボス・ラスボスだ。

最初からラスボス登場とは、これいかに。これはクリア不能のゲームではないか。究極のクソゲーだ。・・先の豊かな気持ちがみすぼらしく萎(しぼ)んでいく・・。


境内にある要石(かなめいし)を眺めながらボンヤリする事しばし・・しばしどころではない数時間?。俺の人生、こんなところで終わりだと呪う気持ち半分、終ってたまるか半分。しかし、この鹿島でハマグリ三昧を続けても仕方ない・・。とりあえず、卜伝さんちの門を叩くか・・。


「頼もう。いや、頼みます・・・」卜伝の家の門を叩いた・・。

「誰だ。入れ・・。」威厳の声が奥からした。


「なんだ、小僧ではないか。何用じゃ。」

「門下生・・」

「ワシはもう隠居したのと同じ。弟子はとらん。帰れ。」

「いや、道場破りで来たものです。お相手願いたい。」

カッカッカ。卜伝が面白そうに笑った。

「ここがどこか知って来ておるのか?」

「モチロン。相手出来ぬとあれば、そこのその剣。その柄(つか)にある緑色の石を頂きたい。」

入った瞬間、部屋の隅に立てかけてある剣に目的の宝石があしらってあるのに目が行っていた。

「ほう。この石が欲しいと申すか。」

カッカッカ。再び大笑い。

「拙者の大事な宝物でな。譲るつもりはナイ。ナイ。ナイ。帰れ」ナイの音量が倍々で大声になっている。

「タダとは言いませぬ。金なら有りますので・・。」我ながらナイスアイデア、良い交渉だ。必ずしも戦う必要ナシ。要は石を手に入れれば良いだけ。手段選ばすだ。どうか乗ってくれますように・・。

「百万両積まれてもお断りだ。カッカッカ。」どうして。俺なら金を選ぶのに・・。

「ワシを切り付ける事が出来れば、くれてやるぞ。掛かってこい。」ニタニタ顔である。


交渉決裂。というか、交渉になってない。仕方ない・・覚悟を決めて、鞘を払って、北斗の剣を構えた。

「なんじゃ。そのヘナチョコの構えは。ン、刀は業物(わざもの)のようであるな。」

そんな構えでは、その刀が泣く・・と立ち上がって構えを直してくれた。

卜伝は再び座り直し「さあ、来い。」と手招きした。

切り付けるタイミングを計ってはみたが、相手には一分のスキも無い。さすが剣聖だ。

丸腰の剣聖にすっかり呑まれてしまっていた。あぶら汗の時が流れるのみ。


二人の間には囲炉裏(いろり)があり、鍋がかけられていて、鍋(なべ)蓋(ぶた)がシュワシュワと音を立てて僅かに動いている。

この場面。武蔵が卜伝に斬りかかった時とソックリだ。祖父が語ってくれたのを思い出す。スキをついたハズの刀をハシッと受け止めたのは、あの鍋蓋。勝てない相手である事を武蔵は悟らされたのである。武蔵ですら勝てない場面なら・・。別の算段が必要である・・。


ブスッ。湧き上る霧の如く、灰色のケムリが部屋をおおった。

「ウオッ。ゴホゴホッ。ワシの負けじゃ。油断じゃのう。」目鼻をおおい困惑の卜伝。

その鼻先には北斗の剣先があった。

「こんな姑息(こそく)なやり方で、あいすみませんです。」北斗は項垂(うなだ)れていた。

「井戸を使わせていただきたいのですが・・。」

思い切り打ちこむと見せかけて囲炉裏の灰を足で蹴り上げ卜伝の顔に向けた。勢い余って足の指先が炭火に当たったようだ。早く冷やさぬと水ぶくれがひどくなる。


「約束じゃ。この石、持ってけ。」

すまなさそうにそれを受け取った北斗。剣の柄孔(あな)に嵌め込もうとした。決まった孔があるらしく何度か目にピタリと納まった。

瞬間。

「何の忍術じゃ。魂消(たまげ)たぞ。」卜伝の言葉だけが暗闇の押入れにかすかに聞こえ、襖を開けて無事生還。・・そして、北斗の剣豪レベルが大きく上がった。


「オッ。これは超一級品のエメラルド。傷も無い。」易者爺様は頬ズリせんばかりに緑の石をウットリ見いっている。

「癒(いや)しの緑は宝石の女王様じゃな。かのクレオパトラも溺愛(できあい)し、宝飾としてはモチロン、粉末にしたものを化粧パウダーにしたという。毎日をエメラルドと共に暮らしておったのじゃ・・。」

爺様の目には帰還した自分の事など、どうでもいいよう。爺様の口からは、生きて帰ったのを喜ぶなり、よくやった等、褒(ほ)め言葉の一つすら発せられなかった。

「お次の宝石は何じゃろな?ウヒヒヒヒ楽しみじゃわい。」

休む間もなく、襖(ふすま)に蹴(け)り込まれる北斗であった。


トンテンカン。金属を叩く槌音が聞える。鋳物師(いものし)が集まる町中に神社が・・祇園社とある。南東にはお城の天守閣がそびえている。最上階大天守は、その下の階より大きいつくりになっていて唐づくりと呼ばれる様式である。大天守の黒塗りと下層の白しっくいのコントラストが美的印象を増幅させている。

「あのお城は・・」

祇園社は縁日とみえ、鉦(かね)や笛の音が本殿あたりから聞こえていた。人も行き交っていたので近くの町人に聞いてみた。

「お侍さんのくせに知らないのかい?」

「旅の途中に通りがかったもので・・」と誤魔化す。

「あれは勝山城。小倉藩細川忠(ただ)興(おき)公の居城だ。」

北九州市小倉・・。祇園太鼓が有名だが、その頃は未だ太鼓をメインとしたお祭りではなかった。


ちょっと散策してみるか。お腹もすいたし腹ごしらえっ・・と

東に向かうと紫川に橋がかけられており常盤橋とある。川筋には漁船などの小舟が係留されている。魚料理が楽しめそうだ。

船場界隈に漁師が営む飲食店があり、その一つの暖簾(のれん)をくぐった。

「川の色が紫でもないのに紫川というのはナゼ?」と注文取りのにいさんに、疑問をぶつけてみた。

「企救(きく)川がホントらしいが、上流に紫草が群生していて、根が紫色の染料になるので時期により川が紫色になったりするらしいんだ。染料にまつわる悲恋物語もあって通り名になっているんじゃないかな。」

「おっと、注文しなきゃね。今が旬の魚は?」

「俺っちが夜明け前に獲って来た魚は全部美味いよ。おススメはタコかな。」おにいさん、漁師もしながら店でも稼いでいるらしい。頑張る人なんだ。

魚と言えるのかねタコは?と思ったがそれを頼んだ。

「へい、お待ち。」タコ刺しにタコ飯が御膳(ごぜん)に運ばれてきた。

「関門の荒波にもまれたタコだからね。美味いよ!」

成程、歯ごたえアリ、これは、これは。おススメに従って正解だった。

「時期によっちゃフグもお勧めだが、あれは鉄砲、アタルと怖いからね。」客足が引く時間になったとみえて、手すきになったお兄さんが、お茶を注ぎに来るサービス。

「イヤー美味かった。御馳走(ごちそう)さん。」

「お侍さん、見かけない顔だが、ここの人じゃなさそうだね。」

「旅をしている。剣の腕を磨くための修行でね。」ついでに情報収集してみるか。

「この城下に剣豪と呼ばれる人はいるかな?」

「よくぞ聞いてくれました。居るもいないも、日本一の使い手がいますよ。その名は佐々木小次郎。」早くも情報入手。そのイミではラッキー。しかし、相手はコジローか。これも難敵だ

「その道場を知ってたら教えて欲しい。」

「知ってるも知らないも私はその道場に通っているんです。紹介しますよ。」ますますラッキー。

お兄さん。生まれるのがもっと早かったら侍になってた・・・と悔(くや)しそうに言う。

関ケ原以来、戦乱ムードがすっかり消えて、そのチャンスがないが、念のため道場で稽古に励んでいるという。なかなかアクティブな性格のようだ。見習わなければ・・。


小倉藩剣術師範(しはん) 岩(がん)流


道場の看板にそうしるしてあった。

漁師のお兄ちゃんのとりなしで小次郎先生が会ってくれる事になった。トントン拍子に上手く行っている。ここまでは。

小次郎先生はカッコよかった。長身でクール。神経質そうなところがまた、魅力になっている。前髪立ちの似合う、とてつもない美男剣士。現代であれば日本のみならず世界のトップスターとしてビバリーヒルズに住む事になったであろう。

「先生と勝負したいのです。私が勝ったら、その備前(びぜん)長船(おさふね)長光(ながみつ)の柄にある赤い石を頂けませんでしょうか。」正面攻撃から入った。こういうタイプに交渉は通じない。

「エッ。門弟との練習試合の申し込みでは。先生に直接申し合い?そんな言い方、道場破りじゃないですか。マズイですよ。マズイ。」お兄ちゃんは狼狽(うろた)え、目を白黒している。

「若いのに狂っておるな。可哀そうに。お前は。」

小次郎は冷静さを装って静かに答えた。だが目は怒っている。

「帰って貰いなさい。」

ここでスゴスゴ帰れは、ミッション達成は絶望になる。先ほどから考えていた、怒らせ作戦をグレードアップしなければ。挑発に乗って来るタイプなのだ。あの人は・・。


「バカな若造の言いぐさとお思いでしょうが。私はあの塚原卜伝に負けを認めさせた男です。卜伝殿は器(うつわ)大きく、快く勝負を受けて頂きました。あなたの器は小さい・・小さい。卜伝先生やその門下生に言い触らしますぞ。卜伝グループは当代随一の人脈です。あなたの評判は地に落ちる事になりますが、それでも宜しいと言うのなら帰らせてもらいますが・・。」

「ヌヌ・・何だとーォ。細川の殿のご実父・幽斎様も卜伝人脈だった。それを知っての脅し文句を吐くとは・・ヌヌヌ。小癪(こしゃく)なクソガキだ。」小次郎の目の奥がメラメラ炎上しているのがわかった。

「果し合いじゃ。逃げるなよ。今日は所要があるゆえ、明日正午に例の無人島。そこで、こころゆくまで相手してやる。」「そこの船頭、そいつを必ず連れてこい。よいな。」立ち上がって奥に引っ込む後姿にも怒りのオーラが揺れていた。


「とんでもない・・お人ですね。あんたは・・。」厄介者(やっかいもの)を見る目で漁師の兄ちゃんが北斗を見た。

「済まない。ゴメン。ああでも言わないと相手してくれないと思って・・」

「スマナイじゃ済みませんよ。あんた。切り刻まれますよ。すり身になって蒲鉾に焼きあがる事になりますぜ。明日。」

「あの人、神経質で周りは大変だろう。怒りんぼみたいだし・・奥さん大変だ。」

「奥さんには優しいですよ。ユキさんって言うんですけど・・奥さんキリシタンだから・・ここだけの話にしてくださいよ・・先生もホントは殺し合いは教義に反すると思っている面もあるハズなんですけど・・。」

秀吉の時代からキリスト教は御禁制になっているのに、どういうことか。

「殿の亡くなった愛妻、ガラシャ夫人がキリシタンですからね。他の藩に比べると取り締まりはゆるいんです。隠れキリシタンは結構いますよ。ここは。」


その日は宿に泊まり、翌日、兄ちゃんを迎えて巌流(がんりゅう)島(じま)に赴く事になった。

関門海峡の潮の流れは早くて複雑。厳しい航海だ。それで巌流島と思ったが、船頭として櫓を漕ぐ兄ちゃんはそんな名前の島はない。向島とか船島と呼ばれているという。

・・歳月が流れ・・有名な武蔵との死闘後、小次郎の剣術をしのび岩流、巌流島と呼び名がかえられたらしいのだ。

「急がなきゃ。時間に遅れそうです・・。」兄ちゃんが潮の流れが邪魔して予定時間が迫っていると告げた。

「急がずとも良い。死ぬかも知れぬこの命。あるうちに観光してみたい。門司の和布刈(めかり)あたりまで行ってくれないか。」全力で櫓を漕ぎだそうとする兄ちゃんを制して、ゆっくり遠回りするよう指示した。これも昨晩考えていた作戦である。

遠回りの遊覧の道すがら、北斗は木の棒を剣で削り、二本の木刀をこしらえていた。

祖父から聞かされた武蔵・小次郎の死闘。

制したのは無論、武蔵。勝因は小次郎を怒らせ集中力を削いだ事にある。確かに怒りは集中力を増す効果もある。しかし、度を過ぎると、逆効果になるのだ。怒りが乱心に近づけば能力は半減以下に落ちよう。


二時間も予定をオーバーしたのだろうか。浜辺から見る小次郎の頭からは、湯気が出ているかのよう。しめしめ・・。

「遅いぞ小童(こわっぱ)。」

巌流島に降り立った北斗を睨む小次郎。

「ハアァ。時間どうりでしょ。あんた。モンスタークレーマーじゃないの?」

若干の後ろめたさはあるものの、ここは怒りのメーターを急上昇させねばならない。ゴメンと心中、謝りながら挑発する。

「何をほざく。時間にルーズなオオボケ野郎。覚悟せよ。」鞘を投げ捨て今にも襲い掛かる気合だ。

「小次郎敗れたり。」

鞘を投げ捨てるのは負けを意識しての事。勝つつもりなら刀を収める鞘を捨てる事はあるまい。バカモノ。・・・と、相手を揶揄(やゆ)する北斗。必死の演技力で相手をなじった。

なんせ、小次郎・必殺ワザは燕返(つばめがえ)し。

物干し竿と言われる長刀が打ち下ろされ。すかさず返す刀が一の太刀、二の太刀、三の太刀。同時に放たれるスピードが感電したような衝撃を生み、俊敏さを誇る燕ですら、その身体をこわばらせ、太刀から逃れられなくなるというスゴ技なのだ。超のつく集中力がそのスピードを可能にする・・。


来る。

小次郎の怒りがプッツンしたのを感じた。打ち込んでくる・・

「十字架が見えぬか。」

大小の木刀を十字にして小次郎の打ち込みを受け止めた。

逡巡(しゅんじゅん)する小次郎の表情。・・やはり隠れキリシタンだった。

小次郎の返す刀のスピードが鈍い。北斗は十字架を投げ捨て、北斗の剣を突きだした。

ツバメは刃をくぐり相手の喉元(のどもと)に。

「負けだ。」項垂(うなだ)れる小次郎。

同時に北斗。上陸時に頭に巻いた鉢巻(はちまき)がハラリと真っ二つに。間一髪だったのだ。冷や汗が流れた。

「イヤ。本当の負けは私の方です。」但し、結果的に勝ってはいるのでお約束のものは頂きます。・・と小次郎の物干竿・備前長船長光から赤い石をもぎ取った。


「姑息(こそく)な言動、十字架を悪用する失礼、お許しください。」

赤い石を嵌め込むと・・暗闇に・・

襖を開けると爺様がニタニタ立っていた。

そうか、小次郎はルビーか。血の気の多い性格にピッタリじゃったなとコメントした後「これは。まごうことなきピジョンブラッド。まさに鳩の血であるな。いくらとする高価なモノじゃ。ウッヒッヒ。」この爺様。俺を利用して自分の財力を蓄えているだけではないのか・・。兎も角も、北斗の剣豪レベルが大幅に上がった・・。


ここで端折(はしょ)ります。読者にとっても作者にとっても姑息な勝利物語は退屈千万。共通の利害の為、ご容赦願い奉ります。 


なんと、室町幕府の将軍・足利(あしかが)義(よし)輝(てる)、伊勢国大名北畠(きたばたけ)具(とも)教(のり)、柳生(やぎゅう)一派に受け継がれる新陰(しんかげ)流創始者・上泉(かみいずみ)信綱(のぶつな)を撃破。いずれも卜伝の弟子だった。卜伝に勝利した北斗が負けるわけにはいかない。

ここにペリドット黄色、アクアマリン水色、アメジスト紫色の上物の宝石が嵌め込まれた。・・・爺様の喜ぶ顔。剣豪レベルもそれなりに上昇した。


「ヒヒヒ。残るは一つ。おそらく武蔵だけであるな。」

爺様が満足気に笑った。

違うでしょ。孔は七つ。武蔵、次は武蔵なのか・・。それでもこれまでの合計は五つ。ムサシから石が取れたとしても六つ。あと一つは?


「ハハハ。普通に考えて・・最後の一つはダイヤで決まりだろう。宝石の王様だからね。そして・・ダイヤの中のダイヤと言えば・・ホープダイヤモンドだ・・きっと。」

ホープダイヤは世界最高のブルーダイヤでワシントン・スミソニアン博物館に所蔵されている。

元はさるヒンドゥー寺院の女神像の目に嵌められていたもので、その一つが盗まれた。それに気付いた僧侶が持ち主に呪いをかけたという「呪いの伝説」。

所有し、一回着用しただけのルイ十四世は天然痘で死去、続く王族達は革命で斬首。盗まれた後の所有者は自殺、破産、発狂、射殺、溺死、処刑、交通事故死等のオンパレードで、皆が不幸な最後をたどる運命にあった。最後の所有者が、持つのを怖がり寄贈した、いわくつきのお宝だ。

でも、博物館から盗るのはルパンでも難しそうだ。最後の一つを手に出来ないのなら、武蔵の六つ目を取れてもイミ無いでしょ・・。


「ところが・・考えて御覧・・もう一つの女神像のダイヤがある訳だよね。盗られなかつたのが・・それは、何処にあると思う?」

意味ありげな笑いの後「ここにあるのじゃよ。我が先祖から代々引き継がれた家宝なのだ。」と続けた。

「もう一つが呪いをうけたホープなら、こちらは正真正銘のホープと幸運が詰まっているハズ・・それがバランスというものじゃ」・・と爺様のニタリニタリが止まらない。

「本物かどうか判らんでしょう。」

「それはお前が武蔵から石を取って来た後に答えが出る。七つ目の石として北斗の剣が受け入れるかどうか・・ウワッハッハ。」


「次の武蔵は手ごわいぞ。弱点がないからな・・。」爺様は北斗の剣の完成を確実にしたいらしく、珍しくアドバイスし始めた。

「これを読んで対策を練るように。」

「何ですか?」

「五輪(ごりん)の書じゃ。」

「オリンピックの本ですか?」

「バカモン。知らんのか武蔵が書いた名著を。」

「知ってますよ。冗談ですよ・・。」五輪の書は見直され、世界中で翻訳されてベストセラーになっているとテレビで紹介されていた。

「本を持ったら、すぐ出発。」また押入れに蹴り込まれた。まったくもう。


熊本城が雄大さを誇ってあたりを睥睨(へいげい)していた。時代は江戸の初めに違いない。だから・・震災前どころか、今見る熊本城は出来たてホヤホヤな姿の筈だ。加藤清正が、いるのだろうか。エッ、今度の相手は武蔵じゃなくて清正?虎退治の・・?いずれにしろ難敵に違いない。


まあ、例によって腹ごしらえ兼、情報収集とまいろう・・。

熊本といえば馬肉料理でしょう。清正が秀吉の命を受けて朝鮮出兵した折、兵糧不足に陥った存亡の危機、将兵の命を救ったのが軍馬の肉。命の恩人だが、その美味さも味わってしまった。戦が無く

なっても、知ってしまったウマイ料理は残る。

五十四万石の城下町である。新町・古町界隈(かいわい)には、いろんな店が賑わっていた。迷わず肉料理店に直行する。

「おやじ、最高の馬肉料理を出してくれんか。」金は持ってる。経験も積んだ。言葉つきがサマになってきたと自画自賛。

おやじはこちらが若造の侍なので懐(ふところ)具合(ぐあい)を心配しているようだ。銀貨をチャラチャラいわせて安心させてあげよう。

途端に愛想が良くなったおやじ「クラシタでも召し上がりますか。」

クラシタ?なんの事だ?「旅の者でな。馬肉は初めてなのだ。」

クラシタとは鞍の下に位置する肉の部位。肩ロースを指すコトバ。脂身と赤身の絶妙な配合。柔らかくもあり堅くもありの歯ごたえが堪らない。

「おやじ、美味かった。」勘定を済ませる間の情報収集。

「清正殿は元気でおられるのか?」

「ハ?セイショコさんのことですか?随分前に亡くなられて・・今は細川様が殿であらせられます。」

「そうか、そうであったな。忠興殿が藩主というわけか?」

「お若いのに時代錯誤の名前ばかり・・。忠興様の息子様・忠利の殿様が亡くなられて、今は二代目藩主、光尚様が継がれまして御座います。」おやおや・・今は何年なのだ?判ったのは相手は清正ではない。とすれば武蔵か?

「宮本武蔵という御仁を知らぬか?二天一流の武芸者だが・・」

「ああ、聞いたことありますな。確か、忠利の殿の時代に客人として来られ・・そう、城の東に住んでいるとか・・」情報ゲット。礼を述べて店を出た。

しかし・・武蔵が生きていると言う事は小次郎は死んでしまったのだろう。自分との巌流島の経験を生かせず、プッツンの性格を修正できなかったのだろう。南無阿弥陀仏・・いや、アーメンと言うべきなのかも知れない。


熊本城東部の武家屋敷に行ってみる。

得た情報は以下の通りである。

武蔵は剣術の先生として迎えられたが、はや高齢六十近くになる為、隠居も同様で温泉三昧、絵画や水墨画に没頭している。

何か書きたいものがあるらしく、先日、西にある金峰山霊厳洞に行くと出立したばかりとの事。

ウーム。六十と言えば昔でいえばヨボヨボ老人。体力落ち、勝負勘も鈍っているのであれば楽勝かも・・ラッキー。今度ばかりはタイムマシンの押入れに感謝した。バリバリの壮年期のムサシの時代に連れて来られたら、命を落とす公算大だからである。


易者爺様から受け取った五輪書。それを二宮金次郎よろしく読み耽(よみふけ)りながら、霊厳洞の道を歩いた。老齢のムサシといえど油断禁物。本によって相手の考える事を知らねば勝(かち)は覚束ない・・。それに、いいこと書いてるし・・。


ここいら、と思われるあたりに、一人の老人が、なにやら顔を歪(ゆが)めて座り込んでいる。

「この辺が霊厳洞でしょうか?」

「ああ。」面倒臭いといわんばかり、ぶっきらぼうな返答。

「武蔵先生はおられますか?」

「ああ、この辺に・・」

まさか、この老人がムサシなのだろうか?

「あなたが武蔵先生。」

「ああ、だが今は考え事で忙しい。アッチに行ってくれ・・。」

「そうは参りません。武蔵先生と勝負するため、はるばる来たのです。」

「ワシと勝負?それでワシに何の得がある。」

「私が勝てばその刀の青い石を下さい。」

「自分の事ばかり喋るな。ワシの質問は何だったか。何の得があるのかじゃ。」

そうか金か・・しかし先の贅沢(ぜいたく)馬肉料理で散財してしまった。

残る一分銀をジャラジャラさせてみた。

無反応。これでは足らんのだろう・・。

「うっとうしい奴じゃ。ワシは本を書かねばならんのじゃ。文章を考えるのが、これほど難しいとは・・トホホ。」書くのはホント難しい。同情します・・。鬱々(うつうつ)とした表情が深刻な悩みを表している。


ここから事態は急展開した。

「書いているのは五輪書ですか?」

「ああ。・・ヤヤッ・・なんでそれを知っている。」驚きうろたえる武蔵先生。

「ここに有ります。あなたの書いた五輪書。現代語訳ですが・・。世界的ベストセラーになったのですよ。オメデトウございます。」

老人はパラパラめくり、感涙にむせんだ。

「おう、これぞワシが書きたかった内容じゃ。これで悩み解決。是非とも譲ってはくれまいか。頼む、たのむ、タノム・・。」

おっ、形勢逆転。

「その、青い石と引き換えなら・・。」

「モチロンじゃ。ホレッ。」

いとも簡単に青石が手に入った。

「それは現代語訳につき江戸時代語に翻訳する必要がありますが・・。」

「なんの、なんの。大体わかる。サンキューじゃ。」

拍子抜けとも言えるが、実利に生きる武蔵との・・らしい取引となった。

結果、北斗はミッションクリアー。一方の武蔵は、死ぬ前に五輪書を書き終える事が出来たのであった。メデタシ、メデタシ。


「終わったぜ。」襖を開けて、爺様と面会。共に大喜びだった。妙な連帯感が湧き上る。勿論、剣豪レベルは最高まであと一息だ。

「これはインド・カシミール産の最高級コーンフラワーのサファイア。凄いね・・。」

さあ、六つ揃った。最後にこのダイヤを嵌め込んで・・


しかし、ダイヤが孔に納まる事はなかった。

「おかしいのう。」・・

「やっぱり、ニセモノでは?」

「こんなもの!お前にくれてやる。」ヤケッパチ気味にダイヤを北斗の手の平に押し込んだ。

「ウム。」腕組みの爺様は気を取り直して、筮竹(ぜいちく)をジャラジャラ・・占いを始めた。

「フムフムフム。」・・・そして告げた

「最後の石は義経じゃ。史上最強の剣豪、いや武神ヨシツネが持っておるぞ。」

ヨシツネか・・であるなら八艘(はっそう)跳(と)びの壇ノ浦かな・・。


しかし、押入れから飛び出して目に入ったのは、瀬戸の海ではなく五条大橋。

これじゃ牛若丸じゃないか。

・・・最後の舞台は義経の少年時代、京都であった。


橋のたもとに立つ黒い袈裟(けさ)をまとった僧侶。顔にどうらんを塗りたくり、まるで歌舞伎役者のように、ひときわ目立つ大男。バカ長い薙刀(なぎなた)を持って、人待ち顔でたたずんでいる。あれは・・弁慶?

思い切って男に問うてみた。

「何を待っている?」

「牛若丸だ。この前は不覚をとってコテンパンにやられてしまった。今日はボコボコにして千本目の刀を、あやつの黄金づくりの刀を頂戴しなきゃならないのさ。」出没場所は五条の大橋か清水寺というので、五条の大橋にヤマを張って待ち伏せしているのだという。


そこに現われた若い女性。ピーヒョロロ・・。横笛吹きながらこちらにやって来た。なかなか才能を感じさせる良い音色だ。

薄絹を頭にかかげているせいで顔が見えにくいが、色白の薄化粧、眉を細く、お歯黒を施した口元・・女性であろう・・。が腰には太刀を差しているかに見える。あれは、牛若丸か?

「待っておったぞ牛若。覚悟せい。」

薙刀を払う弁慶をヒラリとかわす牛若丸。どうみても一枚上手だ。アッと言う間に剣先を突きつけられ、降参する弁慶。

「助太刀いたす。弁慶殿。」と北斗がその場に飛び込んだ。

「牛若丸殿。貴殿にうらみは無いが、その刀に嵌め込んでいる石が欲しい。勝負せよ。」


「人違いでしょ。わらわも牛若を探しているのだ。」

ン?そういえば太刀は黄金づくりでもなく、肝心の石がない。刀の柄は虹色に彩(いろど)られていただけだ。

「最近、わらわの恰好(かっこう)を真似て京をうろつく不届きものが居ると聞いたので。こうして探しているのです。」ナーンダ。そうだったか。

突然、何か思いついたように女牛若の目が光る。皆で牛若丸を見つける為に連携プレーする事を提案して来たのだ。それは良い考え・・である・・。

弁慶が清水寺参道をマーク。女牛若と北斗は五条大橋で待ち受ける事にする。見つけ次第、弁慶はほら貝、女牛若は笛で合図するのだ。


待つ事・・一時(いっとき)。

弁慶のほら貝が響いた。

参道に向かうと、姿が見えない。既に清水寺の本堂に向かっているのだ。

参道の横に湯豆腐の暖簾があるが、恒例の腹ごしらえは省かざるを得ない。


本堂にたどり着くと、牛若丸がヒラリ、ヒラリと飛び廻り、弁慶を翻弄(ほんろう)。歌舞伎役者はケチョン・ケチョンに、やられっぱなし。最後の一撃を喰らうところだった。

弁慶は牛若丸に頭を下げて家来にしてくれと懇願(こんがん)、永久(とわ)の忠誠を誓っている。潔(いさぎよ)いといえば潔(いさぎよ)し。情けないといえば情けない。

お次は我等の出番。

ただ、見る限り、自分だけでは牛若のスピードについていけそうにない。流石(さすが)、鞍馬の天狗に手ほどきを受け、修行した成果であるなあ・・

と、感心している場合ではない。勝たねば帰れないのだ。勝たねば・・。そこでピンと来た。

隣の女牛若に共闘を持ち掛ける事にした。そうだ、ダイヤに女性は弱いと聞く。祖父が寛一お宮で話していた・・。

「これをやるので付き合わないか。値打ちモノかもしれないぞ。」ニセモノの可能性が高いので言葉を濁してしまった。これじゃ、説得力に欠けるなあ・・。

ブルーダイヤを一瞥(いちべつ)した女牛若「虹色のオパールなら付き合ってもいいんだけど・・。」

交際を申し込んでいるのではない。共闘ですよ・・。

「フン。いずれにしても共同で戦わないと、落せる相手ではなさそうね・・。」


「私の姿を真似るとは不届き千万。懲(こ)らしめてあげるわ。天にかわって御仕置(おしお)きよ・・。」同じ姿・恰好の二人が間合いを取り始めた。おお、シンメトリー。違いは刀の柄。牛若丸の黄金づくりの柄に橙(だいだい)色の石があしらわれている。


ジリジリした睨み合い。だが気は牛若丸のほうが勝っているように見える。早晩、女牛若が負けるだろう・・。

「助太刀いたす。」北斗参戦

前後を挟まれた牛若丸。それでも形勢は互角だ。さすが牛若丸!アッパレと敵を褒めている場合ではない。


「仕方ないわ。奥の手よ。」

女牛若が北斗を呼んだ。どうして?挟み撃ちの方が勝機を見いだせるだろうに・・。

「秘術。一心同体剣!」

北斗・女牛若の身体が同一化した。

北斗が二倍のスピードで剣を突きだす。当然疲れる。休んでる間、入れ替わりで女牛若が同じ二倍のスピードで攻撃を開始。それが一秒間に数回の割合で繰り返されるので、相手の牛若丸にとっては二人からダブって攻撃されているように映るわけだ。それも、猛スピードと感じるハズだ。

さしもの牛若丸にも焦りと疲れが現れ始めた・・。

最後は北斗の剣が牛若丸の喉元に、寸止め・・・勝負を明らかにした。家来にしてもらったばかり・・傍らの弁慶もビックリ仰天、口がアングリしている・・。


勝利の北斗。ただ、不思議な事に、一緒に戦った女牛若は忽然(こつぜん)と消えてしまっていた。何がおこったのか。

残ったのは女牛若の汗の匂い・・それは・・あの美少女剣士、武の発する汗のそれと同じ匂いだったのだ・・。

「お前は・・」その呼びかけは女牛若に届くはずもない・・。


黄金の刀の柄のモノは橙の石。それはそれは、鮮やかな琥珀(こはく)であった。おそらく牛若丸のサポート役、金売り吉次が東北・久慈産の最高級品を献上したものであろう・・。

石を手にした北斗が、剣の最後の孔に嵌め込んだ。これで剣豪レベルがマックスに登り詰めた。バンザイ!


「やりましたよ!」

北斗は爺様に北斗の剣を返す。柄には北斗七星に七つの宝石。

赤、橙、黄、緑、水色、青、紫が揃い、それを受けてか、刀身が虹色に輝きだした。ここに北斗の技能は極限に、そして爺様は莫大な価値のある宝剣を手に入れた事になった。


「別れの時じゃな。褒美(ほうび)をやりたいが、所望(しょもう)の品はあるかな?北斗の剣はやれんぞ。」

北斗は懐のダイヤを取り出した。「これは家宝でしょ。大事にすべきです。お返しします。ただ、オパールがあるなら代わりに頂きたい。虹色のハッキリ出ているヤツを・・」

「あるある。いいやつが・・。オパールは、ニセモノが多いがワシのは、ちゃんとしたホンモノ。だが、この宝石は石ではない。準鉱物だからな。日の目を浴びると、劣化が始まる。・・持てて一生涯。次世代に残す財産とはならぬぞ・・。いいのか?」

「結構です。」

「プレシャスオパールじゃ。時々水に濡らすのを忘れるでない。枯れるとひび割れを起こすからな・・。」

「有難う御座います。」

「して、そのオパール。何に使うのかな・・。ハハハ」爺様がウインクした。

思い出す。幼き日。自分がヘマをしでかしても祖父は「大丈夫。」とウインクして見せた・・あの日。


爺ちゃんの家を出て、空に向かってオパールをかざした。虹色にひかる宝石・・。あいつが好きな宝石・・。

すると、なんだろう。不思議が起こった。目の前に大きな虹のアーチが出現したのである。

アーチの先端が北斗の足元に来る。まるで橋を渡れと促(うなが)しているようだ。

北斗は虹の道を歩き始めた。登り、下る虹色のカーペット・・。

渡りきる直前。思い出した・・虹の向こうは異世界に繋がっている・・と聞いた事があるのを。

それでもなお歩いた。

虹のアーチを渡りきった時、視界が闇に包まれた。


闇に慣れると誰かが部屋にいる。

というか、ここは自分の部屋。

寝ているのは自分だ・・。夢の旅はここまで・・。

北斗は自分の寝る枕元に、そっと近づき

静かにオパールを置いて

フッ・・と消えた。

                                  完







 






 












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北斗の剣 シロヒダ・ケイ @shirohidakei

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