第20話

「あの野郎」


 鳩尾が疼き押さえようのない怒りが込み上げてきた。落ち着く必要があった。


 立ち上がってキッチンに行きグラスに酒を注いだ。俺が動くのを見たからか水槽の金魚が慌ただしく泳ぎ回っていた。まだ餌をあげていないことを思い出した。水槽の前に座り込み餌を入れるといつものようにすぐに食べ尽くしたが、水槽の前面を左右に泳ぎ水草の陰に入ることはなかった。


 暫くの間、俺はそこに座ったまま酒を飲み金魚の動きを見ていた。様々な思いと憶測が頭を混乱させようとしていた。私情は捨てて事実だけを冷静に見なければいけない。冷静になれ――。


 俺はパソコンの前に戻り動画の続きを再生した。運転していたのは間違いなくあの男だった。乱暴で横柄な運転に男の粗雑さが出ている。客はやはり大野の時と同じカップルで同じ経路で帰っている。


 最後の動画も同じ男の運転で同じ客が乗ってきていた。それは昨年のクリスマスの日付で乗車時間は深夜の1時を過ぎていた。クリスマスの夜と言うこともあってか最初の頃に比べると二人の親密度は明らかに上がっているように見える。この日は西新宿にあるタワーマンションに直接向かっていた。車寄せに着くと女は男にしなだれかかり、なかなか降りようとしなかった。


「クリスマスなのよ。朝まで一緒に居て」

「無理だろ、女房に殺されちまう」

「奥さんと過ごしたいのね」

「帰ったら2時過ぎだ、あいつはもう寝てる」

「だったら朝帰っても同じじゃない!」

「無理を言うなよ。さぁもう行け」

「ねぇ、来て、もう一回抱いて」


 女が男にせまりキスをしようとするが、男は顔を背けた。


「さっきやったばかりだろ?」

「もうバカ!帰る!」


 女は自分でドアを開けて降りていった。


「くそっ、終電に間に合わないじゃないか。おい喜べ、埼玉だ。急いでくれ」


 男は埼玉県の大宮の住所を告げてカーナビに設定させた。


「ありがとうございます」


 愛想よく返事をしたあの男は中野長者橋から首都高速に入り新都心で降りて男の自宅まで送っていた。俺は全ての動画を見終えて既視感を覚えたが感情が邪魔をしてその原因がわからなかった。


 思いがけない所で再び出くわしたあの男は、うちの会社のタクシー運転手だとわかった。大きな事故があった時、事故対策として事故時の映像記録を全社で回して見ることはある。しかし、事故でもクレームでもない映像記録を他の営業所から得ることはまずないことから、あの男は大野と同じ新宿営業所の乗務員である可能性が高いと考えられる。だがなぜ大野のパソコンにそいつの映像記録が保管されているのか。


 最初の記録は時期的に千尋が話していた大野の客とのトラブルのものだ。問題は残りの4つだ。俺は念のため全ての動画のバックアップを取った。最後の動画から運転していたあの男の顔を静止画で保存し携帯電話に取り込み、客の男が住所を告げる場面を再生し直して住所を聞き取りメモを取った。


 梅島に電話をかけたが繋がらなかった。明日は乗務だ。仕事を休んで調べたいこともあったが歩合制のタクシー運転手は乗務をしないと金にならない。All You Need is Cash金こそ全て――か。疲れきった身体にアルコールが回り蘭丸の声が聞こえてきた。俺はそのままソファで眠っていた。

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