パズルのピース

第19話

 パソコンにインストールCDを入れ強制的に立ち上げるとデスクトップに動画と書かれたフォルダがあった。フォルダを開くと5つの動画ファイルが入っていた。どれも日付で名前が付けられている。一番古い物は昨年の6月の物だった。ファイルをダブルクリックすると動画再生ソフトが立ち上がり画面に動画が流れ始めた。


 それは大野の乗務中の記録で、大野がドアを開けて客を乗せる場面から始まっていた。車窓の外に見える景色は見慣れた歌舞伎町のラブホテル街だ。泥酔した初老の男と水商売風の着物姿の女性がもつれるように乗り込んできた。男はすぐに女を抱き寄せ女の首元から手を入れて女にキスをせまった。


「お客さん、どちらまで行きますか?」


 大野が迷惑そうな顔をしながらルームミラーに目線を向けて客に聞くが、客は答えずに戯れ合ってざれあっている。行き先を聞けずに発進できないでいると、後ろから来た一般車がけたたましくクラクションを鳴らした。狭い一方通行で避けることができない。


「お客さん。すいませんが行き先を教えて頂けますか?」


 再び大野が尋ねるが客はまだ答えずに後ろで抱き合いながらキスをしている。もう一度クラクションが鳴らされたが大野は発進できず、大野の目がルームミラーとフェ

ンダーミラーをいったりきたりしているのが写っている。


 後ろの車から二人の男が降りてきたのが見え、パッとルームランプが点灯し大野が引きずり出された。客は驚いて顔を見合せ、男が運転席側の外を怯えながら見ている。続いて客の女が肩を掴まれて車外に引きずり出された。女の悲鳴が聞こえる。血相を変えた男が何かを喚きながら座席を移動して外に飛び出していく。怒声が聞こえてくるが音声が悪く内容までは確認できない。


 暫くして頬の下が腫れ上がった客の男が怒りに満ちた表情で乗り、続いてネクタイの乱れた大野が運転席に乗り込み車を発進させた。女性は乗ってこなかった。


「おい貴様!!この野郎!〇×〇▲!!!」


 興奮してシートから乗り出し大野の肩を激しく揺さぶりながら男が喚き散らすが後半は解読不可能だ。大野は必死で運転しながら、


「申し訳ございません、申し訳ございません」


 と謝り続けている。


「車止めて会社に電話しろ!」


 大野は車を止めて電話をかけ、当直の者と話始めた。


「大野です。お客さんと、いえ、後ろの車とトラブルになってしまって、いまお客さんが会社に電話しろと言いまして、」

「代われ!」


 男が大野から携帯電話を取り上げ捲し立てる。


「お前のところの運転手は客に怪我をさせて平気なのか!どういう教育をしているんだ!訴えるぞ!この野郎!俺を誰だと思っているんだ!」


 映像はそこで終わっていた。俺は音量を最大にしてもう一度始めから再生してみたが大野が引きずり出された後、車外で何が起きていたのか音声からは確認できなかった。


 次の2つの動画も歌舞伎町のラブホテル街から乗ってきた同じ男女の記録だった。ファイル名から二ヶ月後の夏のものだとわかった。女の方は着物姿ではなく髪型も違っていたが同一人物だった。大野は乗せる前に気づいた様子で強ばった顔をしていたが、客は大野には気づかずそのまま乗ってきた。


 タクシー運転手は以前乗せたことのある客をわりと覚えている。それは同じ盛り場から乗って同じ経路で家に帰るパターンが多いということもあるが、客の話し方やその日の気分の様子など細かい所を常に気にかけながら接客を強いられるせいで、観察力が鋭くなっているからだ。


 客の方は都内に何万台と走っているタクシーの一つにたまたま乗っただけなのだから運転手の顔などいちいち覚えていないことが多い。あれだけのことがあったのだから大野の顔と名前をあの客が覚えていてもおかしくなかったが、二ヶ月と言う月日の経過とタクシーの集まる歌舞伎町という土地柄が大野の存在を忘れさせたようだ。


 映像では歌舞伎町の渋滞を抜ける間、二人が車内で戯れ合う様子が写っている。新宿駅の西口で女にタクシー代を渡して男が先に降りていた。男が降りて姿が見えなくなると女は大きなため息をつき西新宿までの経路を告げ放心したように外を眺めて無言になった。降車場所は西新宿に聳え立つタワーマンションの車寄せだった。2つとも同じ経路で終わっている。


 次の映像は更に二ヶ月後の10月の終わりの物だった。映像が流れ初めてすぐに俺は再生を止めた。パソコンの画面に俺の鳩尾に膝を叩き込んだあの男がハンドルを握って写っていた。

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