第11話

 もし故意にSDカードの記録が消されていたのなら、大野の失踪時の記録を消したかった以外に理由は考えられない。


「走行記録は残っていましたか?」

「そっちはあった。別々のシステムだから犯人は気づかなかったのかもしれないな」


 犯人?梅島の言葉に何かが引っ掛かったが既に30時間以上まともに寝ていない俺の頭の動きは鈍かった。


「大野はどんな動きをしていたんですか?」

「それがな、おかしいんだ」


 梅島の声のトーンが落ちた。


「大野は芝浦ふ頭に行く前に横浜に行っているんだが新宿から迎車で移動しているんだ」

「横浜へ迎車で?」


 無線室から予約が入ったり、自分のお抱えの客を迎えに行くときメーターを迎車に入れて向かう。ただ、23区で営業するタクシーは23区と武蔵野市、三鷹市以外で営業してはならないことが法律で定められている。だが、乗車場所と降車場所のいずれかがそのエリア内であれば問題ない。例えば横浜に迎えに行って港区の芝浦ふ頭で降ろすことは可能だが、横浜で乗せて千葉で降ろすのは区域外営業で違反になる。


「そうだ。初台南から首都高速に乗って東神奈川で降りている。その後、瑞穂ふ頭で一時間ほど止まったままだ。そこからまた東神奈川から高速に入って芝浦で降りているんだがそこは回送で走っている。何をやってたんだ?あいつは」

「迎車で行ったのにキャンセルになって回送で都内へ戻ってきた可能性はありますが、瑞穂ふ頭で一時間も客を待っていたってのは考えにくいですね」

「車内映像が残っていればな」

「意図的に消されたとしか思えないですね」

「大野がやったのか?」

「それはわかりません。大野がカードの存在と場所を知っていたのか、もし知っていたとして自分の意思で消したのなら失踪も自分の意思だと考えられます。大野以外の誰かが消したのなら、大野の失踪には第三者が絡んできます。これまでに大野に事故やトラブルは無かったですか?」


 俺は自分がカードの位置を知った経緯を梅島に話した。


「詳しくは調べてみないとわからないが、クレームが一回あった記憶がある。ただお前みたいに大野がカードの位置を知ったかどうかはわからないな」

「そのクレームを調べられますか?」

「記録を見れば分かるはずだが、俺はコンピューターってのが苦手でな。明日、事務員に聞きながらやってみるがあまりおおっぴらには出来ないな。少し時間をくれ」

「お願いします。これで警察は動くでしょうか?」

「捜索と言う意味なら警察はまだ動きそうもない。やはり売上金がそのままだったことが腰を重くしているみたいだ」


 警察には期待していなかったし、大野のノートパソコンを調べる前に警察に動き出されたくなかった。千尋から委任されているとは言え、ノートパソコンの存在が分かったら警察に没収されるかもしれない。


「トランクの私物はどうでしたか?」

「大野の鞄がそのまま入っていたが財布や携帯電話は無かった、制服に入れていたんだろうな。道路地図と日報のファイル以外はタオルが一枚あっただけだ。荒らされた様子はない」

「会社はどう出るでしょうか?」

「所長は出来れば大事にしたくない感じだ。ただ乗務員たちが騒ぎ始めている。まぁ警察が来て大野の車をあれこれ調べてるのを見れば無理はないがな」

「警察に捜索願いを出すと?」

「いや、娘さんから警察にきちんと届けて欲しがっている」


 あくまでも会社主導では動きたくないようだ。


「大野の娘には私から話してみていいでしょうか?」

「そうしてくれると助かる。それとな、うちの所長がお前と会いたがっている。話をしてくれるか?」

「必要ですか?」

「そう構えるな。ただ信用するな。こんな小さな営業所に飛ばされてきた男だ」

「梅島さんは違うんですか?」

「バカ野郎、俺は栄転だよ」

「わかりました。明日の午後にでも伺います」

「公休か?」

「はい。休みの時にまで新宿には行きたくないですけどね」

「好きなんだろ?この街が」


 俺は答えずに電話を切った。時計を見ると21時になろうとしていた。

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