おののきメモリアル

 校舎の一階、生徒玄関。


「ん?」


 下駄箱を開けた啓示の目に、見覚えのない一通の封筒が飛び込んでくる。


「……何だ、これ?」


 手に取って、物珍しそうに眺め回した。


〈神野啓示くんへ〉


 ピンクを基調としたかわいい封筒には、これまたかわいらしい丸文字でそれだけ記されている。裏を見ても差出人の名はない。


「……」


 啓示は固まった。これはもしや、いわゆるひとつのラブレターではあるまいか。


「お、おぉお……?」


 歌舞伎役者っぽい抑揚でうなる。昂揚感が固形物になって、そのまま食道を逆流してきそうな気分だ。


「と、とりあえず……」


 変な破り方をしないように気をつけながら、封筒の中身を取り出す。


 さらさらと手触りのいい便箋を、そっと開いた。


 書かれていたのは、たった一行。



 校舎裏にある大きな木の前で待ってます



「……ふぁ、ふぁああああーーーー!」


 啓示はゴルフ場でミスショットした人みたいな声を上げた。


「大きな木の前で、待ってます……」


 待ってます、待ってます、待ってます……脳内で勝手にエコーがかかる。


「あれ? けーじ?」


 そこに、瀬奈がやってきた。


「おー、何してんだ? こんなとこで。露出か?」


 沙妃先輩も一緒だ。


「う、うわわっ!」


 啓示は超高速で便箋を折りたたんで封筒へ戻す。


「ん~? 怪しいなあ。なになに? あ、もしかしてラブレターとか?」

「う……わ、悪いかよ」


 興味津々ですり寄ってくる瀬奈に、ついそう答えてしまった。何たるバカ正直。バカバカ、俺のバカ。


「え? ほんとにそうなんだ。すごーい。で、何て何て?」

「校舎裏の、大きな木の前で待ってるって……」


 己のアドリブ力のなさを呪いつつ、渋々白状する。


「おー、あの伝説かー。そっかー、なるほどなるほど」


 納得の表情でしきりに頷くのは、沙妃先輩。


「伝説?」

「あれ? 知らないのか? けーじっち」


 意外そうに言いながら、さらに言葉をつなげた。


「あの大木の前で告白して両想いになったカップルは二十四歳で結婚して、将来は一姫二太郎に恵まれるっていう伝説があんだよ」

「み、妙にリアルですね」


 普通「永遠に結ばれる」とかじゃないのか、そういうのって。


「そーかそーか、そういうことならさっさと行け。ここで一気に嫁ゲットだ」

「え、ちょ、ちょっと、沙妃先輩!?」


 背中をぐいぐい押され、啓示は流されるように校舎裏へ向かった。


「……!」


 一人の女の子が、後ろ姿で佇んでいる。茜色の夕焼けに照らされたさらっさらのロングヘアーが、いかにも清純な女子高生という感じだ。


「あ、あの……」


 上ずる声を必死に抑えながら、呼びかけてみる。


「……」


 女の子は動かない。


「あの……君……?」


 さらに近づき、肩に軽く手をかけた、その瞬間。



 ぎゅるうん!



 女の子の首が尋常じゃない速度で回転した。


「うわああああああっ!」


 啓示は絶叫する。何、これ。吸い寄せられそうなほど綺麗な顔だが、動きがどう見ても人間じゃない。


「くっ!」


 とっさに踵を返そうとした。まずい。これはまずい。



 ぎゅるるるん!



 女の子は首に続いて胴体を反転させた。両腕がすぽんと肩から落ちる。ぽっかり開いた穴から大蛇のような物体が飛び出した。



 ひゅいいいん!



「う、うわっ!」


 ぬめっとした触手が、うなりをあげて啓示を捕らえる。


「ぐあああああああっ!」


 人智を超える力で、がっちりと固定された。


 足元で、がちゃんと重たい音が響く。


「!」


 女の子の下半身が回り、かかとからジェット噴射が始まった。


「あち、あちち! こら、やめろ! 離せって、おい!」


 啓示はいよいよ我を忘れて騒ぎ立てたが、何もかもが無駄、ムダ、むだ。


「システムとエレクトロニクスと嫌がらせのパイオニア、外崎エンジニアリングが発射十秒前をお知らせしまあす」


 機械的な、しかし何となく聞き覚えのある音声が耳に届く。


「ちょ! 待て! 発射って!」

「きゅうう、はちい、ななあ……」


 暴れる啓示をよそに、触手女子は飛行体勢に入った。


「ろくう、ごおお、よんん……」


 色鮮やかな唇が紡ぐ、あまりにも無慈悲で冷酷な、カウントダウン。


「さんん、にいい、いちい……」

「うあ、あ、ああ……」


 啓示は息を呑み、目を見開いた。俺は無力だ。何も、できない。


「ぜろおおお」


 機体がふわりと宙に浮き、啓示の足も地面との接点を失う。


「あ、あわ、あわ、あああ……」


 得体の知れない一人と一体が、ゆるゆると上昇を始めた。


 二階、三階を越え、やがて五階建ての屋上よりも高い位置へと上り詰める。


「う……う……う……」


 啓示はうめいた。もがくことはおろか、助けを呼ぶことすらできない。今、この拘束が解けたらどうなるか。そんなの、想像もしたくなかった。


(……ん?)


 ふと、人影が目についた。屋上、四角い時計塔のてっぺん。


「んんんんん!?」


 じっと、目を凝らす。


「……ふ」


 校舎の一番高い場所では、すね毛だらけの女司令官こと匡先輩が、厳かな敬礼のポーズを決めてきりっと啓示を見上げていた。

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